第21話 英雄の再誕㉑
「どこで知った?」
「誰だって知ってるよ。最近、やけに増えてるってことは。実際、貝介クンがそんな疲れてるってのは、そういうことでしょ?」
「どうであろうな」
貝介は目をそらし、言葉を濁した。容易に肯定するわけにはいかない。たとえ、それが周知の事実であったとしても。
「その『写し』が出回っているから、模倣者が増えていると言いたいのか?」
「そう、それも変な模倣者がね。危ない人たちが増えてるんでしょ?」
「どういうことだ?」
平賀アトミックギャル美の言いようにはなにか引っかかるものがあった。『危ない人たち』というのは、あの異様な模倣者たちの群れのことを指しているのだろうか。 そうだとしたら、平賀アトミックギャル美はなにをどこまで知っている? 貝介は平賀アトミックギャル美の顔を睨んだ。
平賀アトミックギャル美は笑う。
「顔怖いよ」
「俺の顔のことはよい。危ない人とはなんのことだ」
「『写し』の『写し』だって、ヤバい本の『写し』であることには変わりないってこと。あってる人が読んだら、発狂頭巾っぽくなっちゃうんだって。ほら、いるじゃん、ウチの幻影画みたらちょっと肩で風切ってあるいちゃう人とか。あれのもっとマジなやつってこと」
それは確かによくある話だ。実際、以前の発狂頭巾の模倣者には幻影画を見た後の昂揚で騒ぎを起こすものも多かった。だが、それはあくまで行動や態度に過ぎない。
「それとあの戦闘術の関係は……」
「あるんだよ」
平賀アトミックギャル美はにやりと微笑んで続けた。
「発狂頭巾のヤバさのヒミツは、発狂者だから力強かったり、イミわかんない動きすることじゃん? だから、『写し』で自分が発狂頭巾だって思いこんだら、発狂頭巾みたいに戦えちゃうってわけ」
「そんなことが」
「ないと思う?」
問いかけられて、貝介は黙り込んだ。平賀アトミックギャル美の言葉はにわかには信じがたい話だった。だが、最近の異様な模倣者の増加は何らかの要因があると考えるのが自然だ。
その理由が例えばその『写し』の影響だったとするならば?
「では、その大元の本はどこにあるんだ」
「それはわかんないよ。ウチも噂でしか聞いたことがないからさ」
平賀アトミックギャル美は首を振った。
「まあ、どっかの偉い人がヤバいときのために保管してる、って話は聞いたことあるけど」
「そんな本は捨ててしまえばよい」
貝介は古本屋の棚に積み上げられた物理草紙を見つめながら、吐き捨てた。読めば発狂頭巾に成る本など、危険なだけだ。
「なんかいるかもって考えちゃうんじゃない」
「そんなのがある方が危険なことになるのだ」
「それはそうなんだけどね」
平賀アトミックギャル美は肩をすくめた。会話が途切れ、短い沈黙が訪れる。その沈黙に割り込むように、厨房から馬鈴が姿を現す。
「お待たせしました。『柔らか矛盾あられ』二つお持ちしました」
慇懃な調子で、馬鈴は恭しく机の上に二つの皿を置いた。
「うおお! マジヤバ! めっちゃうまそうじゃん!」
叫ぶ平賀アトミックギャル美の声はやけに明るい声だった。
【つづく】
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