第20話 英雄の再誕⑳

 口に出した問いかけは時間稼ぎに過ぎない。

 貝介の頭の中では、発狂頭巾に関する疑問がぐるぐると渦を巻いていた。

 どうして? どうして父が発狂頭巾に成ったのか。

 そのようなことは考えたこともなかった。父は発狂頭巾であり、発狂頭巾は父であった。その事実を知ったときからそれはずっと不変の事実だった。

 発狂頭巾でない父が存在したなどとは、頭に浮かんだことさえなかった。

「そう、で、物理草紙なんだけど」

 平賀アトミックギャル美は懐から細ぶちの思考鏡を取り出すと、貝介の記録端末に探肢を接続する。貝介は今度は止めなかった。止めるだけの余裕はなかった。ただ、何も言わずに自分も思考鏡を装着して、促されるままに記録端末に接続することしかできなかった。

「思考鏡着けてよ」

 平賀アトミックギャル美が自分の思考鏡を操作すると、記録端末を経由して、貝介の思考鏡にいくつかの図が表示された。

「なんだこれは」

 表示されたのはいくつかの物理草紙の表紙だった。その表紙にはそれぞれ、躍動する姿勢の発狂頭巾が描かれている。だが、どの発狂頭巾の絵も貝介は見たことのないものであった。

 貝介は発狂改方として常に最新の情報を仕入れて、頭に入れている。正式に発行された物理草紙はもちろんのこと、押収された海賊版の物理草紙の内容もしっかりと記憶している。だが、今思考鏡の画面に表示されているのは、どれもまったく覚えのないものだった。

 画像の中の一つに目が留まる。その画像には見覚えが阿多。以前、巨漢の模倣者が懐に隠していた物理草紙だ。直後に娘の模倣者が現れて、奪い去られ、その後謎の影によってらに持ち去られた物理草紙。

「ね、これでしょ」

 貝介の視線を読み取ったのか、思考鏡の画面の中、物理書籍の画像の下で、戯画化された平賀アトミックギャル美が表紙を指差しながら飛び跳ねた。

「この物理草紙たちは?」

「さっきの話に戻るんだけど」

 そう言うと平賀アトミックギャル美はそっと貝介に顔を近づけた。端正な顔が間近に迫り、貝介は胸が不快になるのを感じた。

「これはあくまで噂なんだけど、君のパパはある本を読んで発狂頭巾に成った、という話があるだよ」

「本?」

「そう、読むと発狂頭巾に成る本」

 貝介は思考鏡の中で眉をひそめた。平賀アトミックギャル美は何を言っているのだろう。もしや目の前の娘自身も発狂頭巾の狂気を頭に宿したのか?

「まさか、そのようなはずはなかろう。父は自ら発狂頭巾になった」

「ふうん」

 思考鏡の半透明の画面越しに、平賀アトミックギャル美が貝介の目をのぞき込んでくる。貝介は目をそらす。自分の息が浅くなっていることを自覚する。意識してゆっくりと息を吐く。先ほどの疑問が蘇り、不快な感触に膨れ上がった腹が息苦しい。

「そう? それじゃあ、そうなのかもね」

 平賀アトミックギャル美はそれ以上追及することはなく、ただ肩をすくめて言葉を続けた。貝介は少しだけ息がしやすくなるのを感じた。

「それがこの物理草紙だというわけか?」

「ううん、これはただの写しだよ」

「写し?」

「そう、本物はどこかにあって、これはそれの写しのそのまた写し」

「それじゃあ、これを読むとどうなるんだ?」

「それはキミの方が知ってるんじゃないかな? 最近増えてるんでしょ? 発狂頭巾の物まねする人」

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