第5話 英雄の再誕⑤
貝介の手が鉈の柄を握る。八が鳥沼を机の影に隠れさせ、その前に空夜が立ちふさがり、叫ぶ。
「何者だ!」
「え、あ、うっわマジで? お客さん!?」
「なんじゃあ!」
厨房から叫び声がして、どたばたと馬鈴が店の様子を見に駆けてくる。客室の惨状を見て、もう一度叫ぶ。
「なんじゃあ!」
「あ、馬鈴っち、ちーす」
乱入者は場違いなほどに陽気な声で、巨体の店主に笑いかけた。
「って、なんだ。ギャル美か。ちーっすじゃねえよ。お客さんいるんだから、あんまり騒ぐんじゃねえよ」
フライパンを構えて客室に飛び込んできた馬鈴は、乱入者の姿を見て呆れた声を返した。
貝介は鉈を握ったまま、改めて乱入者を観察した。
乱入者はひどく陽気な笑顔を浮かべた若い娘だった。小麦色に焼けた肌に、鮮やかな青色の髪の毛、頑丈で動きやすそうなわりにやたらと肌を露出した服装。目には赤縁の薄い思考鏡を装着している。貝介は眉をひそめた。苦手な類だ。
「ん? ん? んんんん-?」
娘は身構えたままの貝介をちらりと目線を送ると、つかつかと貝介に近づいてきた。その歩みはあまりにも無防備な足取りで、貝介の手の内の鉈などまるで気が付いていないかのような気軽さだった。
気がつけば娘は貝介の間合いの中にいた。ためらい。娘は何も警戒していない。もしも害をなすものであれば……
「えー! もしかしてキミ、貝介さんだったりしますぅ!?」
貝介の思考は耳を聾する叫び声で阻害された。貝介は軽いめまいを感じた。
「なんだ、お前は!」
遠のきかける意識を必死に手繰り寄せながら、貝介は怒鳴り返す。
「マジか、すげえ! 光栄じゃん、うちめっちゃ会いたかったんですよ」
娘が手を伸ばしてくる。ガンガンとする鼓膜の痛みに貝介の反応が遅れる。貝介が鉈を抜こう素とするよりも速く、娘の柔らかな手が貝介の右手に触れる。娘の手はそのまま握りしめると、貝介の手を力強く握りしめぶんぶんと振り回した。
少し遅れて貝介はその行為が握手であることを悟った。
「ギャル美、貝介さん困ってんじゃねえか、やめろよ」
慌てた口調で馬鈴が割って入り、二人を引きはがした。
「えー、いいじゃん、だってずっと会いたいって思ってたんだから」
「ちょっと、おめえは黙ってろ」
口をとがらせる娘を一喝してから、馬鈴は貝介に向き直った。
「いやあ、すみませんね。貝介さん。うるさい奴でして」
「どなた? そちらの素敵なお嬢さんは? もしかして馬鈴さんの彼女さん?」
少し面白がるように微笑みながら、空夜が馬鈴に尋ねた。
「や、全く全然、そういうんじゃないんで。すみませんね、姐さんも。騒がしくしちゃって。いや、こいつはうちの常連で……あー、もしかしたら名前くらいはご存じかもしれないんですが」
「あ、ちょっと待ったちょっと待った。自分で言うから!」
娘が馬鈴の声を遮った。
「うちの名は平賀アトミックギャル美っす。発狂頭巾の幻影画ってのをつくってるよ」
底抜けに明るい声、はじけるような笑顔で娘はそう名乗った。
【つづく】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます