第6話 英雄の再誕⑥



 かつて、平賀エレキテル源内という男がいた。

 平賀エレキテル源内は希代の発明家であった。振動鉈、模造鰻、入りにくく抜けにくい割賦方式。驚くべき技術を、奇想天外の品物を、誰も考えもしなかった事業を、次々に発明していった。

 最期はけっして美しいものではなかったけれども、それでも彼と彼のエレキテルのサイバー江戸への貢献は、今でも語り継がれている。

 平賀エレキテル源内には一人の娘がいた。

 娘の名は平賀アトミックギャル美といった。


 平賀アトミックギャル美は父から発明の才能を大いに受け継いでいた。とりわけ大きな功績はまだ概念段階だった思考鏡の実用だろう。いまやサイバー江戸の住人のほとんどが装着している情報端末、思考鏡。その普及もまた、平賀アトミックギャル美の父親譲りの商才のもたらしたものだった。思考鏡を普及させるにあたって、平賀アトミックギャル美はもう一つの大いなる商品を作り出した。それが幻影画である。

 市場局の調査によると思考鏡の購入理由のおよそ半数が幻影画を見るためだという。

 発狂頭巾の人気と、それにともなう思考鏡の需要が高まるにつれ、一つの噂が巷に流れた。

 すなわち、発狂頭巾の幻影画を作成しているのは平賀アトミックギャル美に他ならないという噂だ。


「ってあれ? もしかしてそっちは八さんっだりするん? まじかよ。すげえな。どしたん馬鈴っち、この店そんな偉い人来る店じゃないでしょ」

「来るんだよ。うちみたいな静かで落ち着いた店にはよお」

「静かって、客いないだけじゃん」

「平賀アトミックギャル美さんはよくこのお店来るの?」

 けたたましくやりあう馬鈴と平賀アトミックギャル美のやり取りに、さりげなく割り込んだのは空夜だった。その声は静かで、顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。

「お、なになに? お姉さん、めっちゃ美人さんじゃん。本当にどうしちゃったのこのお店。明日は槍でも降るんじゃないの?」

「いや、こいつはあれですよ。うちの古本屋の方に時々来るだけなんですよ。そのついでにうちで執筆したりもしてるみたいですけど」

「そうそう、だってここいくらでも資料あるし、お客さんいなくて静かだし」

「そう、それじゃあ、ここで発狂頭巾作ってるんだ」

「そだよ。やっぱうち静かなとこじゃないと書けないしさ」

 平賀アトミックギャル美が頷く。

 貝介はらわたがカッと燃え上がるのを感じた。ゆがめられた発狂頭巾。ゆがめられた父の名。その元凶。平賀アトミックギャル美の柔らかな手を振り払い、鉈を握りしめる。

 怒りは躊躇いを燃やし尽くしていた。音もなく鉈が柄から抜かれ

「貝介さん」

 刀身は半ば抜かれたところで止まった。貝介の手は中途で抑え込まれていた。

「八、邪魔をするな。こいつが諸悪の根源だ」

 低く呟き、貝介は八を睨んだ。ため息交じりに八は言う。

「さすがに止めさせてもらいますぜ」

 貝介の右手は八の手によって堅く押さえつけられ、ピクリとも動かせない。


【つづく】

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