ある女
金払いの良い男は好きだった。家の猫を見に来ないか、としつこい男に連絡先だけ教えてあとはやんわりと交わしていくつもりだったが、急に男の態度が変わった。
まるで宝くじでもあたったのか、私がおねだりすると二つ返事で欲しい物を買ってくれる。こんな金づるは今まで会ったことがなかった。
絞れるだけ絞るためには、体を使うのも一つの手だ。他の女にとられる前に、唾をつけておかなければ。
約束された場所に建っているアパートはあまり良い物件には思えなかった。全くもって男の収入源は謎だが、今更この金づるを諦めるのは無理だ。一度高価なものに身を包まれてしまえば、前のレベルに落とすのは恥であるし、まるで自分の品格が落ちたように感じてしまう。
呼び鈴を鳴らす。数秒経っても返事がない。
もう一度押そうとしたところで、ドアが開いた。
「来たよー、って……誰?」
出て来たのは無精ひげを生やしたおじさんだった。しかし服装は、金づるの男がよく着ていたパーカーだった。深くフードを被っていて顔が見えないが、明らかに別の人間であることは分かった。背丈も違うし服のサイズもあっていない。
部屋を間違えたかと思ったところで、フードの男が顔を上げた。
「ひっ……!」
思わず尻餅をついて、男を見上げる。
片目がない。ぽっかりと開いた空虚な眼窩が、こちらをのぞいていた。血の一滴も垂れていない、ただの黒い穴。にんまりと笑った口には、歯が殆ど生えておらず、異様だった。
男は片足を引きずりながら、外へ出ていく。玄関に一人取り残された私は、我に返った。ひょっとして、強盗ではないのだろうか。しかし、だとしたら顔を見た私を生かしておく意味がないだろう。
震える脚で部屋に入る。もしここに死体でもいたら、今度こそ悲鳴を上げかねない。
しかし、質素な部屋の中には黒いスマホが一台転がっているだけだった。
見知らぬスマートフォン 霧氷 こあ @coachanfly
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