見知らぬスマートフォン

霧氷 こあ

ある男

 合コンはあまり良い結果とは言えなかった。今日はお持ち帰りしたかったというのに、終電だからと帰られた。唯一の救いは、家にいる猫を見に来ないかという誘いに興味を示してくれたぐらいか。


 戦利品ともいえる女の連絡先を確認してから、俺は鞄をソファーに放り投げて、ベッドに横になった。思ったよりも酔いがまわっている。明日は休みだし、このまま寝るのもやぶさかではない。


 重たい瞼がゆっくりと閉じていくさなか、鞄から飛び出した何かに意識が向いた。


「……あれ?」


 鞄から飛び出ていたのはスマートフォン。しかし、今俺の手元にもスマホはあるし、これが間違いなく俺の契約した機種だというのは交換した連絡先や壁紙、アプリなどから一目瞭然だ。ということは、ここに転がっているスマホは一体誰のだろう。


 酔っぱらっていたせいで、誰か他の合コンメンバーの荷物が混ざってしまったかと、重い腰を上げて転がったスマホを手に取った。


 カバーはついていない。背面は黒色。カメラは二つ付いている。どの機種なのかはあまり詳しくないのでわからなかったが、そこまで古いものでもない。傷もあまりついていないし、画面をタップすると時刻が映る。スワイプすると、ロックがかかっていないのかホーム画面に切り替わった。


「なんだ、これ」


 ホーム画面にあるアイコンが、よく分からないフォルダに区分されている。本来なら、電話や、検索アプリ、音楽などがありそうなものだが、そんなものは一切ない。フォルダには、頭部やら、胸部、腹部、など色々書いてある。そのうちの一つを押してみた。


「うわ、センス悪っ……」


 頭部フォルダを押すと、アイコンが無数に収納されていた。眼球、鼻腔、口腔など、『頭部』に該当する部位が羅列していた。更にそれらのアイコンをタップしてみると見たこともない漢字が画面を覆いつくした。神経や、血管の名前だ、と理解した途端、気味が悪くてスマホをソファーに投げ飛ばす。


 悪趣味なやつもいたもんだ。まるで――いや、止そう。他人のスマホなんて、どうだっていいじゃないか。俺はいま戦利品である女の連絡先の余韻に浸りながら、睡魔に身を委ねたいのだ。


 


       *



 俺はコンビニで、あまりの出来事に笑みを浮かべていた。

 

 例の黒いスマホは、バーコード決済が可能だった。知らないあいだにまた鞄に入りこんでいたスマホは、気が付くと決済画面になっていた。セルフレジで、何の気なしに翳してみたら、なんのことはない。普通に支払いが完了した。残高は表示されていないが、いったいいくら払えるんだろう。


 その後は、ちょっとした買い物のみならず、連絡先を交換できた女に貢ぐためにも活用した。どんなに高価なバッグやアクセサリーも、この黒いスマホ一台あれば事足りる。まるでブラックカードだ。


 羽振りが良ければ、女も寄ってくる。ついに今日このあと、女が家にくる。これは千載一遇のチャンスだ。


 俺はシャワーを浴びて、歯を磨きながら今となっては手放せない黒いスマホを見る。


「何か少し、アイコンが減ったか?」


 どのフォルダもじっくり見ていたわけではないが、画面を横にスワイプさせると空欄の部分がぽつぽつとある。前は全てぎっしりだった気がしなくもないが……。


 不意に画面が切り替わった。


 カメラモードだ。それもインカメラになっており、歯を磨いてる自分が映っていた。画面のアイコンを色々探っていたそのままの勢いで、つい撮影ボタンを押してしまった。


 カシャ。


 アプリアイコンが一斉にカタカタと震えだした。

 

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