第7話 グラスマーク

「フィル、ストップ!」

「なにかあった?」


 イッポの声に従って足を止める。

「なんだよこれ……」

 信じられないものを見たようにイッポはその場の地面を見ていた。状況を話すように目線を向けると、僕を見て頷いてくる。


「ここ、魔法の跡だらけだ……キモいくらいに」

「そんなにすごいの?」

「かなりね。ちょっと酔いそう……」


 イッポが嫌そうに顔を歪める。よほど強い魔力の反応があるのだろう。僕は何も感じないが、イッポの表情を見てその異常さを悟った。


「ディアさんの話だと、ここはシルテベートさんの持ち場か。戦士の彼は剣を使った戦術がメインで、魔法はあまり使わないはずじゃ……」

「でもすごいよここ。精神干渉魔法が何重にもかけられてる」

「へぇ……なるほどね」


 精神干渉魔法とは、文字通り生き物の精神に作用して効果を発揮する魔法のことだ。僕も教科書に載っている程度の知識しかないが、例えば幻覚を見せて怯えさせたり、命令に従わせて味方を襲わせたり、魔法とその活用法は多岐にわたる。


 普通の攻撃魔法とは毛色が違い、精神干渉魔法を使用すれば、使用者による個々特有の魔法の跡、通称”グラスマーク”が残る。つまりグラスマークを詳しく調べれば、ここで誰が魔法を使ったかまで特定できるのだ。もちろん時間が経てば跡は消えてしまうけれど、今はアインスの事件から一週間程しか経っていない。魔法の痕跡は色濃く残っていることだろう。


「これが誰のものかわかれば話が早いんだけどね」

「だよな〜」


 そこまで呟いて、僕はあることに思い当たる。僕が暮らす東の国では、魔法が使える者全員のグラスマークが記録され、管理されている。僕やイッポももちろん含まれていた。もし西の国でも同じことをしているなら、ここのグラスマークと照合して何か情報が得られるかもしれない。


「城に戻ればグラスマークの記録書があるかもしれないけど……イッポこれ覚えてられる?」

「むり」

「……だよなぁ」


 しかしそれもなかなかうまくはいかない。ここにあるグラスマークは今この場ではイッポにしか見えず、記録に残すことも難しい。城に記録書があったとしてもそれを見る頃にはイッポの頭から今見たグラスマークは消え去っていることだろう。


「心配には及びませんよ」

「?」


 突然後方から僕らに声がかかった。勢いよく振り向くと小柄な人間が誇らしげな表情を浮かべてこちらを見ている。


「こちらにグラスマークの記録書がございますので」


 ふんすと鼻を鳴らしてその人物はさらに胸を張った。僕は一度イッポと視線を交わす。顔を勢いよく横に振っているところを見ると、イッポも知らない人物らしい。


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