第2話 訪客者
距離を取り、ストップを言い渡すとレミは木剣を捨ててこちらに飛びついてきた。
「ラナンっ私の剣どうだった?」
「すごい良かったぞ。前よりも少しだけパワーが増しているように感じた。何かやってる?」
「ラナンが家でやってるキントレ?っていうのを私もやってるんだよ!」
「おぉー、そりゃ偉いな。さすがレミだ」
「むふふ〜」
顔をグリグリと俺の胸に押し当ててくる。
これは余程上機嫌だな。
頭を撫でていると、小動物のような可愛さがある。
身体も小さいから実際小動物そのまんまなのだが、その中でも猫らしさがある。
顎下を撫でてやると表情がこの上なくリラックスしたものになる。
この世界に猫はいないが、レミから存分に癒し成分を感じることができる。
「〜〜〜っ、ねぇラナン?」
「ん、なんだ」
「私って奴隷なのに、なんでこんな事してるの?」
俺の腕の中で寛ぎながら甘い声でそんなことを言った。
「私他の奴隷のこと知らないけどさ、バカな私でも分かるけどさ、奴隷って武器とか持っちゃダメなんじゃないの?」
レミの言うように奴隷が武器を手に持つなんてことは普通であれば有り得ないことなのかもしれない。
戦う技術を持ってしまえば主人となる者に危害を加えてしまう恐れだってある。
奴隷はいつだって主人に従わなければいけない。
不当に奴隷を所持し違法な扱いをすることは禁止されているが、それでも奴隷に人権がないという考えが俺は嫌いだ。
「……おい、俺の顔を潰すな」
両手で俺の両頬をむぎゅっと潰してくる。
「あははは、ラナンの顔が潰れてるー」
「やめろお前、回すな回すな──…あ」
視線の先、遠く離れたところに人影が見えた。
庭の向こうからこちらへ歩いてきている。
「──ラナン様」
俺の元にやってきたリン。
「大丈夫だリン。まだ客じゃない」
およそ一年半ぶりに見る、懐かしい顔だ。
「お久しぶりです、先輩」
近寄ってくるなり笑顔で挨拶をしてきたのは、本業の方での俺の後輩アンナだ。
「……ラナン、誰………」
いつの間にか俺の腕から離れて、俺の背中に隠れているレミが警戒心マックスでアンナを見ている。
「お前たちには前に一度だけ会わせてるぞ?俺の仕事の後輩だ」
「知らない……」
おそらくまだ俺にすら心を開いてくれていなかった頃だったから、覚えていないのも仕方がないか。
「レミちゃん、だよね?私はアンナ、覚えてないかな……?」
目線を合わせるように膝を曲げて優しく話しかけようとするアンナだが……
「っ……!」
隠れるというよりも俺の背中に抱きついて顔を埋めてしまっている。
「リン、レミのこと頼んでもいいか?」
「はい。任せてください」
俺とアンナは少し離れたところにある庭の柵に寄りかかるようにして、顔を合わせた。
「──それで、何か用件があって来たわけじゃないんだろ?」
服装はラフな私服で、特別アンナの表情が暗いわけでもない。
「そうですね、先輩にはなんでもお見通しですか」
「当たり前だ。何年お前と一緒にやってきたと思ってるんだ。これでも一応は大事な後輩として面倒を見て来たんだぞ?」
始めての年下の後輩ということもあり、気兼ねなく話せるアンナを直属の部下にするためにとにかく育てようとした結果、有り得ないくらいに成長してみせた。
「ふふっ……それもそうですね、忘れてました。先輩はお変わりないようで安心しました」
「お前も、前会った時とあまり変わってないな」
「外観はそうでも、腕は以前よりも増していると自覚しています。先輩に追いつけるのも時間の問題かと」
微笑んだ顔で宣戦布告のような言葉を投げつけてくる生意気な後輩だ。
「順調にやってるか?悩みがあればなんでも聞くぞ」
「……そう思っているのなら早く戻って来てください」
げんなりと肩を落とす仕草をするアンナ。
「先輩の気持ちが痛いほど分かりましたよ。誰も私の言うことをまともに聞いてくれません。最終的には力で言い聞かせるしかないなんて……」
「年上の部下に指示することほど面倒臭いものはないからな。お前に俺の気持ちが理解できたようで嬉しいよ」
「それだけじゃありませんよ!上層部のお堅い人たちだってこの私の言うことに一切耳を傾けようとしないんです。これってもうあんまりですよ。いったいどうすれば聞いてくれるんですか?!」
普段はクールな性格のアンナが声を荒げて愚痴を吐き出している。
後輩に頼られるというのはやはり嬉しいものだ。
「そりゃあ……やっぱり力で分からせるしかないだろ?」
「えぇ…………なんですかそれ、全然参考にならないです。そんなの先輩にしかできないじゃないですか」
ドン引きといった顔をされてしまった。
「お願いですから、できるだけ早く戻って来てください。私一人ではどうにもなりませんし、私は先輩の後ろで先輩の指示を聞いて動く方が良いです」
それはアンナの最大限譲歩した上での、俺に対する切実な願いのように聞こえた。
「……なるべく、な。まだいつになるかは俺にも分からない」
「あの子たちがいるから……ですか?」
あいつらを置いてここを離れることなんてできるはずもない。
「ちょうど今日、一人来るらしいんだが…──」
そんな時に、家の方からサクラが慌てた様子で走って来ていた。
奴隷商人ですが、うちの可愛い娘たちを売る気はありません はるのはるか @nchnngh
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