奴隷商人ですが、うちの可愛い娘たちを売る気はありません
はるのはるか
第1話 奴隷商人の朝
「──あっさだよーーー!!!」
「ぐふっ!?」
ドタドタと走ってくる音が響いた直後、腹部に強烈な刺激が襲ってきた。
勢いよく飛び乗ってきた少女の身体は、そのまま俺の上に覆い被さるようにして両手両足で包んできた。
「あっはは、私とラナンが合体しちゃったー!」
朝早い時間帯であるのにも関わらずキャッキャと騒いでいる。
「こらレミ、ラナンが可哀想だろ。起こしてやるんだったらもっと優しくしてやりな」
半開きのドアの向こうから顔だけを見せて、ピンク髪の少女レミに注意をした。
「ねぇナナぁー!ラナン起きないまだ起きない〜!」
「起きてる起きてる。だからそうやってグリグリ押し付けてくるな」
いつも通りの最悪な寝起きから始まった俺の一日は、こうして騒がしい周りに囲まれている。
「ラナン、もうすぐで朝食できるから。顔洗ったら来てね」
「おう、ありがとナナセ」
「…ん」
少しだけ微笑んで行った。
「ほらラナン、顔洗いに行くよっ」
「……それくらい自分でできるって」
窓から外を覗くと、王都では見ることのできない緑の大自然が広がっている。
たかだか副業を始めようというだけで、王都から歩いて一日もかかる辺境のこの地に引っ越してきたのだ。
とはいっても王都にある家を売り払ったわけではない。
お金はある方だから、別宅ということでこの家を買った。
周りには大自然しかなく、ここら一帯の土地は全て俺のものだ。
だからこんな屋敷みたいな家を建てることもできたわけで。
俺はこの家で、彼女たちと共に生活をしている。
事の発端は知人から勧められた商売業だ。
今ある仕事に加えて、一つ面白い副業があると言われて流れるままに始めた。
それが、奴隷商人の仕事だ。
「──おはようございますラナン様」
「あっ、おはよ〜ラナンっ」
「おはよう、ラナンくん」
俺が一階へ降りてくるなり、皆して朝の挨拶をしてきてくれる。
「おはよう、みんな」
そして彼女たち5人は、俺の管理下にある奴隷なのだ。
「「「「「「いただきます」」」」」」
全員で唱えて朝食タイムが始まる。
箸を持って、最初に味噌汁へと手を伸ばす。
毎日朝食を用意してくれるのは、ナナセともう一人、この中で最年長のシラユキだ。
とは言っても18である俺の一個上というだけで、唯一のほぼ同年代が彼女だ。
「ラナン、今日も美味しい?」
普段はクールで大人びている性格のナナセだが、こうしてたまに可愛い一面を見せてくれると、俺としては癒される。
「あぁ、今日もナナセの料理は美味しいよ。シラユキも、いつもありがとな」
「ふふっラナンくんにそう言ってもらえて嬉しいです」
こちらは上品なお姉さんといった表情だ。
真っ白い長髪と優しい微笑みは、もはや聖母と言っても過言ではないほどに綺麗だ。
「──ねぇそこっ!席が近いからってイチャイチャしないで!」
一番端に座る俺と対角線上で一番遠いところに座っているサクラが俺に向かって叫んできた。
「別にイチャイチャはしてないよ」
「してた!絶対してたんだからっ!私だって……ラナンとイチャイチャ、したいのにっ!」
俺は怒られているのか甘えられているのか、いったいどっちなんだ。
「あーはいはい分かったから朝食の時間に騒がしくしないの」
「で、でも……っ」
「ラナンとなんてこの後にいくらでもイチャイチャできるでしょ。今は我慢、分かったサクラ?」
「……うん」
ナナセがサクラを説得して落ち着かせる、これもいつもと変わらない光景だ。
みんなの箸の使い方が上達しているのを見ると、なんだかここが日本であるかのように見えてくる。
この世界に転生した身としては、ぜひこれからもっと日本の文化を取り入れたいと思っている。
「ラナン様、今日のご予定は?」
俺の隣に座っているリンが聞いてきた。
「今日はなんと、初の買受人が来ることになっている」
「おめでとうございますラナン様!ついに買ってくれる客が現れたのですね」
「あぁ、と言ってもどんな奴かはまだ何も分からないんだけどな」
奴隷商人を始めて、はや5年という歳月が経過した。
こんな場所だからというのもあってか、誰一人として買いに来る客はいなかった。
だから今日は初めての売買取引をする。
「えーでも私、この家を離れたくないなぁー」
レミがそんなことを言った。
「リンはそんなにラナンから離れたいんだ?」
ナナセが冗談混じりにリンを揶揄った。
「そっ、そそそそんな訳ないじゃないですか!!私はただ、ラナン様の事業が進むことに対する祝福をしただけで、離れたいだなんて……そんなの、思うわけないじゃないですか……っ」
「あっ……ごめ」
思わぬ方向へといってしまった事態に戸惑いを隠せないナナセ。
「分かってるよ、リンがそんなことを思っていないことくらい。だから泣くなよ、な?」
「……はい。……ごめんなさいっ」
「謝ることないって。あー……もう、ほらリン。大丈夫だから」
手に持っていた箸を置いて、リンの頭を自らの胸に抱きしめた。
5年前から、この中で一番の泣き虫だったリン。
凛としていて落ち着いている女の子だったからリンという名前をつけたのだが、大きく外れてしまった。
やはり彼女たちに囲まれていると、何かしらの出来事が起きるから飽きることがない。
まだ一日が始まったばかりだというのに、朝食の段階からこれだ。
今日は午後から買受人が来ることになっている。
それまではいつも通りに過ごせばいいだろう。
奴隷商人というのも案外暇ではない。
ただ商品を扱って売ればいいというものではなく、ケアをしなければいけない。
よく食べさせ、教養を身につけさせて立派な奴隷にすることで価値も上がっていく。
一般的な奴隷をあまり知らないが、うちの娘たちはよく育ってくれている方だろう。
「よし、いつでも来ていいぞ」
家の前の広々とした庭で、木剣を持ってそう叫んだ。
俺の合図とともに、全速力で同じく木剣を持ったレミが駆け飛んできた。
小さい体格であるが故に力はさほどないものの、スピードのある連撃がレミの持ち技だ。
「速度を上げることに意識しすぎて一撃一撃に重みが感じられないぞ」
全力で攻撃を仕掛け続けているレミにアドバイスをしながら、そのすべての攻撃をいなしていく。
剣はあまり得意ではないため、そこまで深くを教えることはできないが、それでもレミは独自にスタイルを確立させて成長してくれている。
正直言って、レミの剣技は同世代であれば上位に匹敵するほどのセンスがあると思っている。
今はまだ非力な部分も、体格ゆえのリーチの短ささえも、得意のスピードで補えるほどに、レミは速い。
「はいっ、そこまでだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます