第42話 スラッグAS900
「実戦で試したい?」
「ええ。前回は黒蟻虫人の親衛隊を二十体ばかりに後れを取りましたので。リベンジではありませんが、今の力がどの程度か確認をしておきたい気持ちもございます」
「せっかくご用意いただいたこの子も、実際に敵に振るわなければ拗ねてしまいますわ」
「や、武器は拗ねないと思うよ?」
リハビリとして二日ほど箱庭で時間を過ごした二人。そろそろ解放するために北方に向かおうかなと思っていたんだけど、実戦で力を試してみたいと言い出した。
「今の二人なら黒蟻虫人なんか敵じゃないと思うけど。そもそもSBランスがあるんだし」
刃こぼれせず切れ味が落ちない、それでいて伝説級の武器と同様の切れ味を誇るSBランスだ。黒蟻虫人の親衛隊級の甲殻だろうとも、真正面から切り裂ける。
本人の希望でサーベルには斬撃強化と強靭化の魔導核を、ハルバードには形状変化と斬撃強化、それと重量変化の魔導核を取り付けたのでそちらで戦っても同じ結果になるはずだ。
「……まあもっと手ごわい敵がいる場所にいるから、戦うのはいいけど」
「ほう!」
「どちらにいらっしゃいますの?」
「黒い森だけど」
「なんと!?」
「……存じ上げませんわ」
バルバトスは黒い森を知っているらしい。
「知ってるんだ?」
「ええ。人類の管理外の土地、ダンジョンが多く存在し、魔物の氾濫が常に起きている地域ですな」
「そんな場所がありますのね」
「国内だけでも何か所もございますよ? まあ魔物たちはその場で争い続けておりますから人類の生存領域にはなかなか足を向けませんのでこちらから手を出さなければ一生かかわりを持たない土地でございますが……なぜこのような地に?」
「君たちを起こすのに人のいないところで活動したかったのもあるし、探している土地もあるし」
「探している土地? ならばお手伝いいたします」
「ですわね。主君たるクラフィ様が求められている場所であれば、我らも共に向かうのが必然たるものです」
「簡単に言うなぁ……まあ助かるけど」
ここらは本当に魔物が多いし、その魔物一体一体が強いのだ。なかなか先に進むのも困難なので、人手がいるのは助かる。
「ちなみに土地というのは?」
「ここらの機械やドローンたちを動かしている電気は魔導核で生み出してるんだけど、これらの魔力は無限じゃない。今はオレの魔力でまかなっているけど、稼働させる施設が増えれば増えるほど魔導核の魔力の消費が激しくなるからそのうち賄いきれなくなるんだ」
「ふむ」
「個人の魔力で、これだけの明かりやゴーレムを……」
魔導核は効率がいいからね。とはいえいつかは限界が来る。手持ちの魔導核はまだたくさんあるけど、できるだけ自然界の魔力でやりくりしたい。
「これらの魔導核を充填するための充填設備を作りたいんだ。この箱庭の中はオレの魔力でかたどった世界だから充填設備はおけない。地脈とか霊脈とか龍穴とか、呼び名は色々あるけれどさ。星の魔力の流れが太く交差する地点の近くでそういった設備が作れる平地や台地があれば確保したい」
「近くでよいのですか?」
「少し分けてもらうだけだから。たぶん余剰魔力だけで十分だ」
充填効率を考えるとそういった土地の直下のがいいが、あまり強力な魔力の流れは体に害を及ぼしかねない。
そうやって生まれるのが精霊付きのエルフと呼ばれる種族だったり、ドワーフと呼ばれる種族だったりするからだ。
「それで、黒い森なんですの?」
「ダンジョンが多く生まれる土地っていうのは、魔力の流れが地表の近くを通っているからだ」
「なんと。では突然ダンジョンが生まれるのは……」
「魔力の流れが変わって魔力が集中する場所ができたからだね。地震とか隕石の墜落とか川の氾濫とか。そういった自然現象が原因で一か所に魔力が溜まるようになるのが準備段階だ。そこに魔力を吸収して蓄積する機能をもった鉱石があればダンジョンコアになるし、その魔力を取り込み続けた魔物はダンジョンマスターになってダンジョンを生み出すんだよ」
「……我が主は博識でございますな」
「やはり古から続く知恵者の家系……」
「狩人だっつうの」
知恵者の家系ってなんだよ。
「森の中の移動は、やはり時間がかかりますな!」
「それに、敵が強いです! わっ!」
「黒い森ですからね。しかもうちの狩人連中が手を出さないほど奥地ですし」
「「 敬語! 」」
「……うい」
結局二人の力を本格的に借りることにした。
主君うんぬんは別にしても、この深く険しくあほらしいほど魔物がいる森の中を探索するのであれば一人では厳しい。高威力の武器は音がするものが多いからなかなか魔物をかいくぐって使うのも難しいのだ。
バルバトスはSBランスが気に入ったようでそちらで戦っている。サーベルは腰に刺したままだ。
ベアトリーチェはハルバートだ。重量変化で加重させ、敵を切り裂き吹き飛ばしている。
元々得意な雷の魔法を武器にまとわせて戦っていたらしい。SBランスはそもそも魔法の剣であり、エンチャントができないのでハルバートで戦うことに決めたらしい。
「しかし、それも強力な武器ですな!」
「支援助かりますわ!」
「どーも」
前衛二人がしっかりしているのでオレは中衛後衛ポジションである。
二人が前線で戦っている際に、追加される魔物を銃で仕留めているのだ。使用している武器は『スラッグAS900』アサルトライフルだ。スラッグ社が開発したアサルトライフルタイプの魔導銃で、SGS-08Aの次に配備数の多い魔導銃である。魔導核を交換する弾倉交換タイプだ。
SGS-08Aとは違い、単発モードと連射モードを使い分けることができる。弾数はこちらの方が少ないが、単純に射程距離が長いのと貫通力が高い。さらに弾速も早く正確性も上。ようは威力が高いのである。
屋内や森林のような遮蔽物の多い場所ではSGS-08Aの方が本来は運用に向いているのだが、今回は二人が戦うことも目的となっている。なので連射モードと単発モードを選べるこちらを使うことにした。今は単発モードで運用している。二人の殲滅速度を超えるほどの数や、単純に強敵がでてきたら速射モードにするつもりだ。
「武器が良いのもありますが、かなり余裕がございますな」
「ブラッドセンチピードってAランクでも上の魔物ですわよね? わたくし単独で倒せてしまいましたわ」
「ベアトリーチェ、あれはブラッドセンチピードではなくSランクのクラウニングカオスだ。勉強不足だぞ」
「申し訳ありませんわ」
「オレも知らない魔物なんですけど。なんかの素材になるのかな」
「甲殻は加工が難しいのでなかなか。魔石と毒くらいですな」
毒はいらないなぁ。
「それよりも巨壁蛇ですぞ。こいつの肉はなかなかにうまい! Bランク程度の魔物もおるもんですな!」
「まあダンジョンから無尽蔵に出てくるみたいだからね」
いくつあるか分からないけどダンジョンがそこら中にあるのだ。低層からは弱い魔物も当然出てくる。
そういう連中は強い魔物の餌になるか、うまく森から逃げ出すかのどちらかである。
「箱庭にぶちこんでおくから貸して」
「あのゴーレムたちは優秀な働き手ですな! 解体どころか仕分けに加工まで任せられるのですから」
「うん。だからオレには部下がいらないんだ」
「「 それはありえません 」」
声をそろえて言うなし。
「我が主よ、この先で空が見えそうですぞ」
「ですわね。気を付けていきましょう」
「了解。一応リロードしておく」
黒い森は木々が高く、葉がかなり茂っていて昼間だというのに夜のように暗い。らんた~んを浮かしながら進まないといけないレベルだ。
そんな中で、時たま空が見えて明るくなっている地点がある。
周辺の地形を確認することができる格好の場所ではあるのだが、だいたいが何かしらの魔物の手によって作られた空間だ。
つまり強い魔物の縄張りなことが多い。
「あれはっ」
「コーンヒーロー……」
「実在しておりましたのね」
五メートル近いサイズの、とうもろこしがそこには鎮座していた。
上部から大量の白いひげを鬣のように生やし、強靭な葉がその体内の粒を守る。
上方から伸びる日の光を全身に浴びながら足を組んで切株に腰掛けているそれは、まるで吟遊詩人の歌う英雄の歌の一フレーズだ。
「……美しいですわ」
「まさに、神の生んだ芸術品」
「あんなものが実在するなんて……勝てるのか?」
しかし、興味はそそられる。
見た目はとうもろこしに細い手足が生えただけの存在だ。しかしあの美しい存在は、世界三大美獣に数えられるほど有名な魔物だ。
懸賞金額はもはや伝説と化し、正確な金額がどれなのかは分からない。かつて運よく粒を一粒手に入れた男は大貴族になり、その血筋は王座にまで届いたという。
「さて、伝承は知っておりますな?」
「うん」
「存じております」
「よろしい。私が参りましょう」
「バルバトス、お前でダメならば……」
「相手に敬意を、ですぞ」
「バルバトス様、頑張ってくださいまし」
バルバトスはSBランスを腰に下げ、代わりにサーベルの鞘に手をかける。
しかしまだ抜かない。
「我が名はバルバトス! 主君に命を懸けて仕える騎士である! ヒーローよ! 我の力をぜひ受けてくれたまえ!」
バルバトスが名乗りをあげると、コーンヒーローはこちらに顔(?)を向ける。
バルバトスの顔を見た後小さく頷き(体を傾け)その細い手足で構えを取った。
「いざ! きえええええええええええい!」
「はっ!?」
「うそ、ですわよね?」
渾身の一撃を放ったと思われるバルバトス。正直見えなかった。それほどの一撃だ。
そんな一撃を放ったバルバトスが、片膝をついてうなだれている。
「……ここまで、か」
「バルバトス様!」
「まだだベアトリーチェ!」
思わず駆け寄ろうとするベアトリーチェだが、それをつかんで抑える。
コーンヒーローが動いているからだ。
ゆっくりとバルバトスに顔を向けたその葉が下りていき、三粒もの大きなコーン粒がバルバトスの前に落とされた。
「三粒!」
「史上最高ではないのかしら」
「……感謝を!」
バルバトスが言うと、コーンヒーローの姿が掻き消えた。どうやらこの場から去ったらしい。
「生涯最高の一撃、ここまで評価されたっ」
「おめでとうございます、バルバトス様」
「今日こそお前を助けて良かったと思った日はないよ」
「ほっほっほっほっ」
しかし三粒か。どう調理しようか。この星で最高のポップコーンを試すのは確定だが、残りの二粒はどうしよう。
「と、今のうちに周りの確認だな」
木々の生い茂った黒い森の中。木の上にも当然危険な魔物が隠れているので、こういった日の入る空間は非常に貴重だ。
消耗しているバルバトスがいるので、今日はここまでだろう。魔物の侵入を防ぐ結界の魔道具で周りを守る準備をしつつ、空撮ドローンを使って周辺の状況をカメラで捉える。
軽く周りを見て、やっぱりしばらく森だな。魔物にドローンが襲われる前に撤去させる。
「どうですの?」
「まだ何も。このまま北東へ向かう感じで進むつもりだよ」
あまりにも広大すぎて、先に何かあるかが分からない。
航空機が使えればいいんだけど、飛行する魔物も普通にいるから使えないんだよね。
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