黒い蟻の脅威

第30話 説得

「今日は皆さんにお伝えしなければならないことがあります。国の存亡に関わる可能性のあることになりますので、しっかりと聞いてください。それではライオネル様、お願いします」


 普段の学園のスタートと違い、先生が深刻な顔をして騎士服の若い男性を連れてきていた。国の存亡に関わるとは、随分と仰々しい言い方をする。


「ライオネル=ウェルス上級騎士である。情報に敏い者はすでに聞き及んでいるかもしれないが最後まで聞いて欲しい」


 手にカンニングペーパーを持ってなければ完璧なんだけどなぁ。


黒蟻虫人ブラック・アントがファオン山脈で発見されたと報告があった」

「!」

「そんな!」

「北の……どこでですか!?」


 黒蟻虫人、厄介な魔物だ。規模が大きければ確かに国の危機になりえる魔物だろう。


「静かに聞きなさい。ライオネル様、続きをどうぞ」


 にわかに騒がしくなった生徒たちに先生が注意を促す。歴史の授業でも出てくるレベルの魔物の名前に生徒たちが動揺するのはしょうがないかもしれない。


「現在冒険者ギルドに依頼をかけて正確な位置を割り出しているところだが、目撃証言から見てソンブル領かイグナス領が近い位置だ。どちらかの領内の可能性がある」


 北方の領地だ。どちらも山脈のふもとの広い平地を保有している領で、小麦の栽培が盛んな地域だ。


「黒蟻虫人は魔物のランクは最大でAランク、弱いものでCランクだ。Cランクのものでも全身が硬い甲殻に覆われており、金属製の鎧を着た戦士を相手にするようなものだ。BランクとAランクの黒蟻虫人は更に硬い甲殻に覆われていて攻撃魔法の効きも悪くなる。群れとしての危険度でいえばAからSランクだ。奴らはとにかく数が多いからな」


 確かに。でも厄介な点はそれだけではないんだよね。


「それぞれの領で目撃証言があり、それが虚言でないことが判明したことで我々騎士団も防衛と魔物のせん滅のために出撃することになった。だが今回は手前側とはいえ山脈に入らなければならず、また黒蟻虫人の巣穴の位置も特定できていないため、広い範囲に展開しなければならなくなった」


 どこにいるのかがまだ分かっていないから、騎士団もここで陣形を組むという場所を特定できていないんだろう。しかも山脈の調査ともなると、冒険者たちも負担が大きい。


「そこで国は戦力を集めている。単刀直入に言おう、騎士団への参加を求めるため、私はこの場にいる」


 ライオネル様の言葉に生徒たちがまたざわめき始める。


「もちろん強制ではない! だが戦力は可能であればだしてもらいたいし、それが無理であれば資金の提供でも構わない。君たちの屋敷には多くの戦力が眠っているのを我々は把握しているからね」


 各屋敷に配置されている自領や王都で雇った護衛騎士や兵士たちのことだろう。確かに彼らをかき集めることができれば、相当な人数になる。


「出撃する人数を把握したうえで、兵站の準備もある。時間は少ないが3日後の朝までに決めて欲しい。それぞれの屋敷にも詳しい通達が行くが、ご当主や上位者が不在の場合は結局君たちが判断しなければならないので先に学園で伝えることになった。各自貴族の子として、国を守る者としてしっかりと考えて結論を出してほしい」


 そう言ったうえでライオネル様の話は終わった。先生たちの中にはすでに北方行きが決定している方もいるらしく、今日の授業はなしとなる。


「クラッドフィールド」

「お嬢様、いけません」

「なぜだ! お前は護衛だからか!?」

「そういうわけではありませんが、うかつな発言はおやめください。詳しくは屋敷でお話します」

「私はむぐ!」

「黙ってください」


 不敬だがお嬢様の口を慌ててふさいだ。

 うちのお嬢様は戦闘への意欲が高いし正義感もある。だから行くと言い出すのはわかっていたが、それを他の貴族に聞かれたら『絶対に』行かなくてはならなくなる。

 護衛として以前に、死ぬ確率の高い人間に行ってもらうのは危険なのだ。






「私は行くぞ」

「「「 ダメです 」」」

「……反対されるのは分かっていた。だが国の危機に立ち上がらずして何が男爵家の人間だ!」

「それでもいけません」


 口を塞いで無理やり黙らせたからか、ずっと不機嫌だったお嬢様をなだめもせずに屋敷に戻った。

 すでに通達が来ていたらしく、フォルクスさんたちも事態を把握していたので一緒に反対してくれた。


「こういう時のために剣の腕を磨き、魔法を習得してきたのだぞ!」

「アリアンナ様の言い分は分かりました。ですが今回は何を言っても許可はだしません」

「お前たちの許可などいるか!」


 分かってはいたけど、全然お嬢様が引いてくれない。

 でも残念ながらお嬢様に出られては困る。お嬢様よりも周りの護衛の被害が、だが。


「僕は黒蟻虫人と戦闘経験があります。だから言いますがお嬢様。国のためを思うならお嬢様は現場に出てはいけません」


 あいつらは本当に厄介なんだ。


「どういうことだ?」

「足手まといです」

「なんだと!?」

「お嬢様の武器がハンマーやメイスでしたらここまできつくは言いませんでした。ですが今回は相性が悪すぎます。レイピア、と言いますか刺突系の武器では連中に効果的な攻撃を与えられません」

「甲殻にはじかれるんだろう? 関節ぐらい狙える!」

「存じておりますが、関節を刺しても連中は止まりません。むしろ武器を刺すことが隙につながります。連中は腕が四本あるのですから」

「う……」


 黒蟻虫人は1,5メートルから2メートルくらいの大きさの二足歩行で歩く蟻の魔物だ。

 主な攻撃方法はかぎ爪と牙、魔法は撃ってこないが、蟻酸を吐いてくる個体もいる。


「レイピアや剣で戦う場合は一撃で首を落とさなければ反撃を覚悟しなければなりません。しかも首を落としても奴らはしばらく動きます。適当に手を振るって周りに攻撃を仕掛けてきますから、背後から切らねばなりません。」

「う……」


 人と名前がついているが、人型の魔物ではなく虫型の魔物なのだ。そして魔物だから当然生命力も高いので、首を落とされてからも動いていられる時間は虫のそれより長い。


「一対一ならばBランクの戦士級でも倒せるでしょう。ですが今回は数が多く乱戦になりやすいんです。そんな中で確実に相手の命を奪えるほどお嬢様の腕は高くありません」

「一対一ならば、私でもやれるのか?」

「Aランクの親衛隊級は無理でしょうがその下は行けるでしょうね。お嬢様は最近かなり腕をあげられていますから」


 もっともAランクの親衛隊はあんまり巣穴からでてこないけど。


「であれば、私でも戦力になるのではないか!」

「相手は群れるのが当たり前のタイプの魔物ですよ? どうやって一対一に持ち込むんですか? あとお嬢様はそもそも連戦するには体力が足りておりません」

「ぐぬ……」


 お嬢様も十分に鍛えられているが、連続して魔物と戦い続けられるほどのスタミナは持っていないのである。

 以前から指摘していたことだから、オレの言葉に苦い表情がかえってきた。





「それと、連中の厄介な点は数や生命力、甲殻だけではないんです」


 これは実際に戦闘したものにしか分からない苦労だ。


「そうなのか? 武器なんかも使わないんだろう?」

「結局は虫ですからね」


 手はかぎ爪になっているから小さな物を持てるようになっていない。大きなものなら抱えて運べるけど。


「連中の厄介な点は、見分けがつかないところです」

「見分けがつかない?」

「一番多い兵隊級がCランク、次に強い戦士級がBランク、親衛隊級がAランクで、女王蟻は……素材やら魔石はAランクですが強さはBランク。見た目が全然違う女王蟻以外は正直見分けがつかないんですよね」


 巣の中には他にも役割のある黒蟻虫人がいるけど、兵隊級と見た目も強さも変わらないから除外だ。

 女王蟻は特別大きいし特徴的なお腹もしているから絶対に分かる。でもそれ以外はそこまで極端に差がないのだ。


「兵隊級だと思って攻撃したら親衛隊級でした、攻撃が全然通じません。みたいなことになるから全部親衛隊級だと思って攻撃しないといけないんですよ。だから常に攻撃は強くいかないといけないので疲れます。そもそもCランクの兵隊級でも甲殻はそれなりに硬いですし、数も多くて連戦になるから武器がもたないんですよね」


 先ほども触れたけど、親衛隊級は巣穴の奥にいることがほとんどだから外ではそこまで気を付ける必要はない。だけど全くいないわけでもないので、あえてこういう言い方をすることにした。


「武器の問題もでてくるのか」


 特にレイピアは刺突武器だ。お嬢様のは斬撃も行えるように刃も付いているが、普通の剣と比べると細くて頼りない。

 もちろん一般的なものよりもいいものを持っているけど、やはり専門の武器と比べると弱いのだ。


「ハンマーとかメイスで叩き潰すのが一番いいんですけど」

「人間サイズの魔物だぞ? 簡単に叩き潰せるかよ」

「え? あ、そっか」


 フォルクスさんからツッコミが入った、つい村の基準で考えてしまった。


「まあこんな理由ですので、お嬢様は行ってはいけません。連戦するには体力が足りず武器ももたない、Aランクの親衛隊級と戦うには実力が足りない。そして護衛の我々はお嬢様を守りますが、満足に戦えるのはオレとフォルクスさんだけ。他のメンバーは怪我なり死ぬなりでどんどん離脱します。そしてそんな貴族のご令嬢がいたら、周りは嫌でも守らなければならなくなります。オレが足手まといになると言ったのはそういう意味です」

「……そうか、やはりダメか」


 オレの説得にお嬢様も納得がいったのか、少し弱気になった。


「経験者の言葉は重みが違いますな。アリアンナ様が出陣されて、結果として国に迷惑を掛けたらサイバロッサ家の立場も悪くします。ここは自重をお願いします」


 そこに畳みかけるようにフォルクスさんが頭を下げる。ここで家の名前を出すあたりがいやらしい。


「分かった。今回は諦めよう」

「ありがとうございます」


 鍛錬や修練、戦いに関しては口に出したことを守られる方だ。オレも同席していたマーサ様も直接その言葉を聞けてホッとした。


「私がいけないとなると、他の戦力の貸し出しか資金援助か。資金の方は……」


 そう言いながらもお嬢様はマーサ様に視線を向ける。まあお嬢様が管理しているわけないよね。


「お屋敷の維持費用や緊急時に使うお金は十分に預かっておりますが、国の一大事に支払うような金額は任されておりません」


 視線を受けたマーサ様が首を横に振る。どのくらいのお金が必要なのか分からないが、マーサ様の動かせる範囲内の金額では済まないらしい。


「だと戦力の貸し出ししかないな」

「となるとウチから出せるのは……経験者のクラフィと、実力で言うとオレくらいか。旦那様に許可を取りたいところですが、時間がないですな」

「あの、フォルクスさんでも」

「分かってる。オレもAランクの相手はごめんだ。Bランクでも連戦は嫌だしな。まあうまく立ち回るしかないだろ? 他の奴を出しても死ぬだけなんだろ?」


 フォルクスさんでも親衛隊級の相手は無理です。そう言おうと思ったが本人も分かっているようだ。


「フォルクスでもきついか」

「体力はアリアンナ様よりもありますがね」

「ではせめて武器を見に行きましょう。王都に来てからいい職人に会えましたから紹介しますよ」


 フォルクスさんの武器はそこまで悪いものではない。ただ今回は耐久性に優れたものが必要。できれば用意したい。


「ああ、それは助かるな」

「そうか。うちの予算からは……出せるか?」

「武器の相場は分かりませんのでなんとも、ですがまあそこまで高価なものを選ばなければ問題ないかと思われますが」

「先日オレが買った短剣で15万でした。剣だと……高くても5倍くらいですかね?」

「そのくらいでしたら問題ございません」

「普段使いもしたいので自分で払いますよ。でも手持ちの金じゃ足りないんで貸してください」

「わかった。ではお父様へ手紙をだすか。領までとなると二週間はかかるな。お父様へは事後承諾になってしまうか」


 手紙の運搬は乗合ギルドや冒険者ギルドなんかがやってくれる。今頃大忙しになっていそうだ。


「グリフォンライダーを雇っても往復で五日はかかる。どうやってもお父様には連絡がつかないな」


 お嬢様が不安そうな顔をする。


「こう言っては何なのですが、当家が田舎の男爵家で助かりましたね。もっと上の位階だったら出す兵士も二人じゃ納得してもらえないだろうし、金なら数千万の支払いになりますから」

「フォルクス殿?」

「おっと失礼」


 フォルクスさんとマーサ様とのやり取りに少しだけ場が和む。

 黒蟻虫人の相手は今回で二回目。村の近くに出たときは村人総出で対応したけど、とにかく時間がかかった。

 それと名前こそ違うけど、あの手の魔物の大氾濫は統一宇宙軍時代にもあった。比較的多い任務である。

 場所や状況にもよるが、相手に航空戦力がなければ空爆。航空戦力がいる場合はそれらを排除してから空爆だ。

 空爆で巣穴の周りを片付けたら魔導ミサイル部隊やスナイパー部隊が地上の撃ちもらしや巣穴からでてくるのを討伐。

 巣穴から追加の量が減ったら突入部隊が突入して巣穴内部の調査と殲滅。

 中が完全に片付いたら内部調査を行って資源になりそうなものの回収、いつの時代でも地下資源の出番はあったのでそれらの産出量が多い場合は採掘基地に作り変えられることもあった。

 基地化もせず、資源回収もすんだら最後の仕上げ。他の魔物の巣穴になったり、ダンジョン化を防ぐために内部から爆破である。





======


カクヨムコン10に応募中です。

作品のフォローと☆レビューが順位に関係してそうな噂を聞くので、それらが欲しいです。ぜひお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る