第23話 武装マルチシーカー SGS-118B

「さて、覚悟はいいか? 坊主」

「寄ってたかって子供相手に、恥ずかしくないんですか?」

「仕事なんでね」


 オレの周りを囲む12人の大人の男。大したことのないのがほとんどだけど、二人ばかりそれなりの使い手も交じっているな。

 代表としてしゃべっているこの人は、多分二番手だ。


「それで、ご用件は?」

「……お前さんが『運び屋』だっていうのはもうバレてるんだぜ? 冒険者ギルドはイセリナのババアが嚙んでるから手がだせねえがな」

「なるほど。ある程度調査はできているわけですか」

「ある時から依頼が増えたからな。定期的に顔をだしていれば分かるもんさ」

「定期的に顔を出す程度に真面目なのですから、真面目に冒険者していれば良かったんじゃないですか?」


 このように子供の僕を囲むような仕事をしなくても十分食べていけるだろうに。


「目的の物は『コレ』ですか」

「! そうだ! それをよこせ!」

「おっと手が勝手に」


 パリン!

 オレは洗髪液の入った瓶を地面に落下させる。石畳の上に落ちた瓶は割れて綺麗に中身を散らしてしまった。


「ああ、もったいないですね。怖くてつい手から滑り落ちてしまいました」

「てめえ! そいつがいくらになるか分かってんだろうな!?」

「知りませんよ……だいたいどこのどなたが買ってくれるんです? 直接交渉をした方がいいと思うんですけど」


 たかだか洗髪液にいくらかける気なんだ。


「そもそもあなたたちもあなたたちです。どうせ貴族の方からの依頼でしょうけど、たかだか髪の毛を綺麗にするためのものに何を本気になっているんですか」

「う、うるせえ!」

「それにこうしてオレの手持ちはなくなったわけですが、どうするんです?」

「はっ! てめえを脅してもう一度用意させればいいだけの話だろ!」

「つまり、オレと一緒に冒険者ギルドに顔をだすと?」

「ぐぬっ」


 そういったところで、彼らは言葉を詰まらせた。


「今日のところは何もなかったということにして解散しませんか?」

「もういいだろウ? どうせ子供ダ。痛い目を見せれば従順になル」

「グラントさん」

「ガキを殴りたくないって言ったのはお前ダ。だから責任をもって任せたガ、このガキはこの通り抵抗してみせタ。もう交渉の時間はとらせンヨ」

「ちょ、待ってくだせえ! だいたいあんたみたいな強いのがこんなガキに」

「ガキとはいえ貴族の娘の護衛ダ。戦いの心得はあるだろうサ」


 なんか始まったんですけど。


「……それでもダメだ! そもそも、こんな子供に暴力を振るうなんてオレには! オレには!」

「鬱陶しいナ。お前ラ、こいつを黙らせロ」

「いえ、でもグラントさん」

「私の言うことが聞けぬト?」

「……あんたは確かにつええ、けどボリスのやつを殴るなんて」

「てめえも裏切る気か!」

「リーダーはこいつじゃねえぞ!」

「ただただつええやつの言うことを聞くだけのクズが」

「んだと!? 吐いた唾は飲み込めねえぞ!」


 なんか仲間割れみたいなのが始まったんですけど……。まあいいや、今のうちに帰ろう。


「あ、一応発信機を取り付けておきますかね」


 空間庫から小型の発信機を取り出して、念動魔法で相手のポケットに忍び込ませる。指先に乗せても分からないくらい小型な品だ。その分受信範囲は狭いが、王都くらいの広さならばカバーできる。

 これで相手の位置を調べれば、うまくいけばどこの貴族がこの洗髪液を狙っているのかまで分かるはずだ。盗聴もできるしね。






「あそこだね」


 屋根の上からこんばんは。隠密仕様のクラッドフィールドです。色彩迷彩と幻惑の魔法がかかったローブで全身を覆い、更に遮蔽物代わりに大きな煙突の近くに身を潜めています。

 ウォッチャー8000という手のひらサイズの片目スコープを使い、とある屋敷をのぞき込む。このウォッチャー8000は、ズームだけでなく目標までの距離も教えてくれる軍用スコープだ。拡大だけでなく熱探知や赤外線視覚、酸素濃度表示などの機能付き。

 距離の表示には1003メートル。これから使う武器の射程内である。

 発信機の動きを調べて、相手が出入りしている貴族の家を特定。間違ってはいけないので、盗聴も行った。


「ルクルット伯爵家、ねえ」


 発信機の位置を特定してもすぐに対処しなかったのは、お嬢様と同学年の人間がいる家ではなかったからだ。家同士のつながりはある程度あるが、やはりお嬢様の交友関係は学園が中心で、それ以外のお宅とのつながりはほとんどない。

 パーティーの一つにでも顔を出したら別なのだが、少なくとも洗髪液を使いだしてからお嬢様はそういった場に行っていない。

 結局、どこからかお嬢様の髪が美しくなったという噂を聞きつけてここの奥さんがそれを欲しがったが伝手もなく……と結論づけるまでに随分時間がかかってしまった。


「知り合いもいないし、なんか他にも悪いことをしている家っぽいですから。しっかりと対処させていただきますけど」


 盗聴している段階で現伯爵とその奥さんがまあなかなかの悪人と判明。家に勤めている人間もその悪事に当たり前のように加担をしていた。やっていることがやっていることだから、そういうのを許容できる人間しか残らなかっただけなのかもしれないが。

 まず依存性のある違法薬物の販売。他国から買い取ってそれを王都内でうりさばいている。

 それと奴隷の確保。王国では奴隷は犯罪者しかいない。それも重犯罪者のみだ。だが彼らの家の地下には多くの奴隷が捕らえられている。やはり他国から入手した奴隷達だったり、王国内からさらってきた者だ。


「爆撃の位置を指定しないといけないのが面倒なんですよね」


 幸いイセリナさんの伝手でルクルット伯爵家の屋敷の見取り図を入手することができた。屋敷そのものを大きくリフォームしていたり、極端に強固な素材を変えたりしていなければ対処ができるはず、である。


「この時間になると人の出入りも減りますね」


 伯爵家の人間と、彼らの『客』くらいしかいない。まとめて吹き飛ばしても心が痛まないのはちょうどいい。それに。


「これも護衛の仕事ですからね」


 今回はオレが狙われた。未遂だったが。場合によってはお嬢様が狙われていた可能性もある。そしてこのまま放置をしていたら、その可能性はどんどんと膨れ上がっていくのだ。

 幸い洗髪液の商品化は決まった。サイバロッサ領内のとある場所に工場を作るとのことである。

 もちろん貴族たちに優先的に販売する形だ。現物が手に入りやすくなればお嬢様が狙われることもなくなるだろう。

 オレにもロイヤリティが入るそうなのだが、それは村の父さんたちに渡すように言っておいた。イセリナさんのおかげでお金には困っていないし、わざわざ王都まで運んでもらうより、村に持って行ってもらった方が近いし安全だ。ついでに母さんにも洗髪液を届けてもらいたい。いつまでもフレイムトランぺッターの油を髪につかうのはもったいないから。


「ではそろそろ始めますか」


 空間庫から八機の飛行ドローンと、コントロール用のヘッドマウントディスプレイを取り出して装備。

 電源を入れて脳波コントロールで八機の飛行ドローンを宙に浮かび上がらせる。

 こいつは『武装マルチシーカー SGS-118B』だ。ソーサラー&ガンスミス社が開発した飛行式の攻撃ドローンである。攻撃方法は機銃、迫撃砲、レーザー照射の3パターンから選択できる。まずは迫撃砲の出番だ。

 コントロール射程は1200メートルのドローンにヘッドマウントディスプレイから脳波で指示を出す。

 八機のドローンのうち六機がオレの指示に従い暗い空を飛行し、目的地に到着後迫撃砲を発射。

 一機につき迫撃砲が六発、計三十六発の迫撃砲が発射される。一発当たり直径約7,3メートルの爆発が、屋敷を火の海へと作り変えていく。


「思ったより人的被害が少ないな」


 この世界の人間は魔法が使える人が多いし、そもそも頑丈な人間が多い。それでも爆発の直撃を受けたら死んでしまうと思っていたが、結構な数の人間が逃げまどっているのをヘッドマウントディスプレイで確認。役目を終えたドローンに帰還命令をだし、残った二機を現場へ向かわせる。

 新たに到着したドローンを通じて屋敷の状況を確認。三階と二階部分の壁や床が吹き飛んで、一階のとある部分が予定通りはっきりと見えるようになっている。


「機銃掃射」


 そこに見えるのは頑丈な鉄の扉。地下へと続く階段のある扉である。中の奴隷たちはこの状況でも外には出れないだろうが、逆に地下にいれば安全だ。

 残った二機のドローンに機銃掃射の指示。屋敷の救助に出向いた騎士や兵士たちが彼らを発見できるように、地下へと向かう扉やその周辺を徹底的に破壊して目立つようにしておく。


「これでミッション完了、だな」


 飛行ドローンに帰還命令を与える。それらを回収したら早く屋敷に帰ろう。夜中に屋敷からでていたら普通に怒られそうだ。

 翌日、学園ではルクルット伯爵家への襲撃と違法薬物の発見と違法奴隷の保護の話でもちきりとなっていた。

 みんな情報早いね? うちのお嬢様はポカンとしていますよ。





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