第21話 箱庭とらんた~ん

 ブロストウィル学園。貴族の子たちの学び舎であるこの学園だが、もう一つの顔がある。

 それは『魔法研究機関』だ。

 貴族の子たちの中でも家や領を継がない人間たちの就職先の一つで、騎士団に入るよりも安全なため人気である。

 もっとも入るにはそれなりの魔法の才能と、魔法に関する知識が必要なためそれなりに狭き門だ。

 そしてこの研究機関で研究されたものは、学園内の図書館に保存されている。つまり学園を出入りできる人間であれば、閲覧することが可能なのであった。


「空間魔法による転移の理論ね」


 転移魔法は統一宇宙軍時代でも存在していた魔法だ。実際に使おうと思えば使えるだろう。A地点にある物質をB地点へと瞬間移動させる魔法で、理論的にはそこまで難しいものではない。

 ただ統一宇宙軍でもそうだが当時の各星系の管理していた法律ではどこも禁止していた魔法だ。

 単純に危険だからである。物を瞬間移動させる過程で、B地点に異物があった場合、そこにあった異物を空間ごと削り取ってしまうのだ。これは空気中のあらゆるものも含んでいる。そこに何かあれば、生物がいたら人がいたら。

 確実に何もないと分かっていても、何かを巻き込む可能性を常にはらんでいる魔法である。ゆえに禁術扱いになっていたし、オレも覚えなかった。


「だからこその空間跳躍魔法なんだよね」


 空間跳躍魔法は空間と空間をつなげる穴を生み出す魔法だ。これは隙間なく穴が広がるので、何かを巻き込むことはない。もちろんセイーフティとして、何かを巻き込みそうなときには発動しないようにもなっている。


「他にはないかねぇ」


 いままであまり時間が取れなかったが、オレに適性のある無属性魔法と空間属性の魔法で、この世界特有のものがあるかもしれない。そう思って調べている最中である。

 念動や障壁は便利すぎるので、とりあえず無属性は後回し。物珍しさもあって空間魔法のお勉強というわけである。


「ディメンションバースト……危ない魔法を考えるやつもいるな」


 個人のレベルで出せる程度の威力で時空震が起きることは『ほぼ』ない。ただ観測されたことがあるかないかでいえばあるのだ。宙域空間ではないとはいえ気軽に試していい魔法ではない。

 空間壁。便利ではあるけど障壁で今のところは十分だ。空間に作用する分こちらのほうが防御力は高いが、消費魔力の桁が違う。

 時空斬? みんな同じこと考えるんだよなぁ。空間ごときることで相手の防御を無効化するってやつ。これもとんでもなく魔力を消費するのに、やっていることはSBランスと変わらないのだ。普通に斬った方が早い。

 空間庫は文字通り物質を保管して置ける倉庫だ。オレは内部の空間の時間は止まっているけど、この間イヴリン様が準備した魔法の袋のように中の時間はそのままのものが一般的。まあ広大な宇宙を数か月どころか数年も旅する可能性のある生活をしていたのとそうでないか違いだろう。

 ……時間を止めておくっていう発想がないのかもしれないが。


「名前は違えど似たような効果の魔法ばかりだな」


 使い手が少ないからか研究されている内容も少ない。だから他の魔法と比較しても、蔵書の量が少ないのはしょうがないだろう。


「はこ、にわ?」


 空間魔法の一風変わった使い方を見つけた。


「これは、そういえばあったなそんな考え方も」


 宙域航行中には使えない魔法だったのと、惑星外勤務が多かったので習得していなかった魔法。小世界生成魔法だ。ここでは箱庭というらしい。

 小世界生成魔法で生み出した世界と現実世界をつなぐ扉は固定化されるのだ。一度閉じれば別のところに作ることが可能ではあるが、術者が小世界の中にいる間は扉を閉じることができない。常に移動している宙域航行中や、ステーション上で扉を作ると、扉が宙域に漂う結果になりかねないのだ。

 それに人の出入りがある場所だから時間停止の設定もできない。

 だからオレは覚えなかったし、軍には使い手もほとんどいなかったな。


「いいね、覚えてみることにするかな」


 マニアックな魔法だったが、惑星内で生活をしている今の俺にはピッタリの魔法だ。

 実際に試してみることにしよう。






「まず用意するのが……専用の魔導核か」


 さすがに図書室で空間魔法をためすことはできない。自室に戻ってから作業をすることに。

 オレが写してきた研究所には魔石に空間属性の付与を行うというものだ。魔石そのものを魔道具化せず、そのまま魔力で属性を上書きする原始的な方法である。さすがにそれ通りにするつもりはないな。


「空間属性の魔方陣はどこに載ってるかな……」


 魔法関連の書物は空間庫の中に入っている。どこぞの誰かさんが自分の星の改造をしたあとで図書館を作るつもりだったらしく、歴史書から料理本まで雑多に本が入っているのだ。魔法関連の書物も当然入っている。

 電子媒体のものが基本だったが、本で読むのも面白い。


「空間跳躍の魔導核はこれで、空間保全のための魔導核はこっちと……」


 今回使うのは空間保全のための魔導核だ。オレの空間庫にも入っている魔導核である。


「なるべく純度の高いのがいいな」


 ここは奮発して、宇宙軍時代に獲得した魔物の魔石を使おう。いっぱいあるし。


「この魔力純度、たまりませんなぁ」


 この星の魔物だと、いまのところこの純度の高い魔石にお目にかかってはいない。

 もちろんそれなりに強い魔物もいるが、やはり広い宇宙の中でも指折りの魔物だ。統一宇宙軍でも警戒レベルの高い魔物というのはやはり格が違う。


「よし、失敗したくないからちゃんとやろう」


 魔石加工用のくぼみの大きさを変えられる専用の固定台をだし、そこに魔石をセット。魔方陣を透写させる照明に魔方陣をセットして、魔石の角度を変えて最適な位置を決める。

 それができたら魔石に写った線を専用の魔ペンでなぞるだけだ。固定化魔法を使わなければ失敗してもやり直せるが、慎重にやっていく。


「なつかしいなぁ」


 軍で工兵として活動していた時期にはこういう作業も多かった。随分と色々な研修を受けたものだ。


「……こんなもんかな」


 魔石を動かして角度を変えたりし、魔方陣にゆがみや問題がないかを確認する。

 うん、問題なさそうだ。


「それじゃあ次は、オレの自前の魔力でだな」


 次は小世界生成魔法。長いから箱庭に合わせるか。箱庭を作成だ。

 これは空間の中に自分の魔力で隙間を生み出し部屋を作成、そこを固定化させてさらに出入りできるようにする魔法だ。


「とりあえず、入口と……部屋をイメージだ」


 空間に黒い出入口ができる。空間の中には何もない、光もだ。だから出入口は真っ黒になってしまう。


「らんた~ん!」


 軍の備品の中には民生品もある。このらんた~んはその一つだ。まあただのランタンである。速水家電製のキャンプ用品。登録者の魔力に反応してオン/オフができるから手に持たなくてもつけられる。調光・調色機能もついているけどこれは本体のグリップ操作が必要。

 虫よけ機能も付いておりキャンプだけでなく様々な野外活動で活躍するヒット商品である。

 そんなランタンをいくつも取り出し、部屋に置いていく。


「しかし、狭いな」


 コンテナハウスを置きたいのもあるけど、手持ちの武器の試射場とかも作りたい。

 手持ちの武器の中で個人で使えるレベルのもので最大射程のものは……。


「奥行四キロはないといけないのか」


 轟雷Xだ。スナイパーライフルの有効射程距離が確か三千八百メートル弱、個人で運用できる武器の中でも当時最高峰のスナイパーライフル。これはオレが個人で所有している武器で、保持使用許可を取っていた数少ない武器の一つである。

 軍の備品は轟雷Xの量産モデル。射程が三千五百メートルのタイプのもの。


「ま、広げられるだけ広げるか」


 手に持った魔導核に魔力を込めると、部屋が急激に広がりはじめる。とはいえ入口周り以外はランタンがないので真っ暗である。

 部屋ではなく、だだっ広い暗い空間ができあがった。さすがに暗いから大型照明機を取り出してつける。


「よっこいせ」


 それと広くなったのでコンテナハウスを空間庫から取り出す。


「さて、どうするか」


 射撃場に解体場、それと肉の熟成場は最低でも必要だな。浴室とサウナも。いっそプールとか作っちゃう? 他には何が必要かな……一応治療設備を入口付近に準備しておくか

 まずはサポートドローンから作るか。お掃除とかしてくれるし。


「アンドロイドの方がいいんだけどなぁ」


 アンドロイドも何体か空間庫に眠らせているんだけど、それを制御するマザーコンピュータがないのだ。

 サポートドローンと違って言語を操り、人と同じように動けるアンドロイド。自ら思考することもでき外見も人とほぼ同じ。しかし残念なことに、人の形では容量不足なのでマザーコンピュータに接続されたコントロールユニットが必要なのである。

 ラジコンと同じシステムなのだ。

 脱出艇程度の大きさのものでも搭載はされているが、それでも五十メートルクラスの乗り物だ。さすがにその大きさとなるとオレの空間庫の入り口を通らない……更に魔力の増えた今なら入りそうだけど。

 流石の中将もマザーコンピュータ単品でなんて手に入れてなかったし、そもそも転生して持ち物引きつぎとか思いもしなかったから……ああ、オレのバカ!!





 早速とばかりに機械用の3Dプリンタを使いサポートドローンのパーツを作って、一台組み立てた。オレの腰くらいの高さのモニター付きバケツが元気に走り回っている。

 魔導核で動く発電装置を後で作るつもりなので、こいつは電気で動く充電式のものにしておいた。


「よし、では一号。二号以降の生産に入り給え」

「!」


 オレの指示に従い、準備したパーツを起用に組み立ててくれる。機械だからオレより組み立てるのは早い。

 とりあえずサポートドローンは四号まで作成させる。

 サポートドローンが組みあがる前に彼らのための発電装置と充電装置の作成に取り掛かろう。


「まあ番号を入れて材料入れて待つだけなんだけど」


 こちらはドローンを作成したものではなく、大型機材用の3Dプリンタである。でかいものをつくるためのものなので、更にでかい。二階建ての一軒家くらいの大きさだ。

 プログラムされているものならば建物から重機まで作れる優れもの。作れないのは重火器や一部の軍法に触れるもの、それと魔導核くらいではないのだろうか。

 ゲッキョンゲッキョン、ガッキョンガッキョンとそれなりに大きな音が鳴るのは仕様とはいえ少しばかり鬱陶しいが、動いている証拠でもある。

 パーツが完成すると組み立て図がモニターに表示される仕組みだ。とはいえサポートドローンが全部やってくれるからオレ自身がやることはあんまりない。

 ただし発電装置の核となる発電機の部分、こればかりはオレにしか作れない。この部分は魔導核の仕事だ。しかも機械用なので大型の、この空間を作ったときに使ったような小型の魔物のものではなく、大型の魔物の物でかつ同じく高純度な物で作らなければならない。


「……資材はいくらでもあるが、流石に希少な魔法鉄なんかは少ないな」


 強欲な中将殿とはいえ、通常の資材資源と違い希少な魔法鉄やレアアースなんかは数が用意できなかったようだ。まあそれでもオレ個人で使うには十分すぎる量があるけど。

 建物や機械を作る分にはそんなにいらないが、今後魔道具を作ったりすることを考えると自前で用意できるようになっておきたい。


「代用品を探さないといけなくなるかもしれない」


 まったく同じ成分の品が用意できるのが一番だけど、なかなかそうはいかない。成分自体が違っても品物の特性が似たようなものであれば代替品として使えるようになっているものも多数存在する。

 広い宇宙空間の中では『〇〇星系の××惑星の△△山でしか算出しない』とかいう金属も珍しくなかった。とはいえ逆に広すぎるのが宇宙だ。同じ構成の金属ではないが同じ特性を持っているものもそれなりに見つかったりするもので、代用品・代替品の考え方は結構広まっていたりしていた。


「お、流石に早いな」


 サポートドローンが組みあがったので、それぞれにバッテリーを入れてあげる。


「「「 ! 」」」


 モニターに『!』のマーク。全員問題なく起動したようだ。


「一号から三号は発電装置のパーツを取り出して組み立てやすいように準備、三号は資材が足りなくなったとき補充すること。四号は浴場の準備だ」


 コンテナハウスの中のお風呂はどうしても小さいのだ。せっかくだから大きいお風呂に入ろう。


「ああ、出してなかったな」


 四号のモニターが『?』だった。屋外活動用のコンテナ銭湯を設置、温水と浄化機能のために魔導核に魔力を込めておく。

 四号は即座にコンテナ銭湯の中に入り込んで、色々とセッティングをしてくれる。


「あ、すまん。一人分で良かったわ」


 あるだけ全部タオルを並べていた四号、そんなにいらんわな。ごめんて、モニターに『怒り』のマークをださんでくれ。




「クラッドフィールドくん、こちらに」

「はい?」


 マーサ様?


「どうかしましたか?」

「これは、確認するべきか注意するべきか。本当に迷ったのですが」

「なんでしょうか?」

「いえ、君が若いことも。それに元気であることも重々承知をしているのですが」

「はあ」


 とか思っていたら思いっきり顔をつかまれた。


「この髪質は反則ではありませんか? 最近特に綺麗に、ああ! 指もこんなにすんなりと入るなんて! 何を使っているんです!?」


 やべ! お風呂入れるからってついシャンプーとコンディショナー使ってたんだった!


「狩人の秘薬だとしても独占は許されませんよ!?」

「痛いです! 譲りますから! 出しますから!」


 か、髪に効く魔物素材って何かあったっけ!? どうやって誤魔化せばいいんだ!?

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