第20話 お嬢様の失敗
「なんでこの授業を選んだりしたんですか……」
「今更こちらで剣を教わってもしょうがないだろう?」
「そうでしょうか……」
学園が始まりひと月ほどたつと、学園生活に慣れある程度派閥もできあがるころに始まる授業がある。
選択授業だ。魔法、剣、ダンス、音楽、裁縫、絵画などなど。いくつ選んでもいいが、最低でも一つは選ばなければならない。
お嬢様のことだから剣を選ぶのかと思っていたのだが、選んだのはまさかの音楽。
「まあ、確かに今更剣を習ってもしょうがないですね……」
「男共相手に加減をするのも面倒だしな」
「それは思っていても口には出さないでください」
実際普通の授業の時で剣を振るう授業もある。男性は結構本格的で女性は護身術程度のレベルのものが。
ぶっちゃけた話、うちのお嬢様は学園で指導なさっている先生よりも腕が上だ。
領都にいたころから実力が高いのは分かっていたが、最近メキメキと腕があがってきている。護衛リーダーのフォルクスさんも舌を巻くレベルだ。
実直な性格のお嬢様は、そんなレベルの低い剣の授業を我慢するのがしんどく我慢できない。
授業の時は護身術の域を超えて普通に素振りをするし、模擬戦と称してオレに切りかかってくる。先生も放置である。
「中には強そうな人もいますけどね」
「まあ勝てないレベルのものは……正門のところの二人と、ジャネット先生辺りか」
「正規の門兵を比較対象に入れないでください。あと一部の生徒の護衛の中にも腕利きがいますからね?」
「そうなのか?」
「ええ。実力を隠している者がおりますね」
この人は随分と強いな、とかなんとなく分かるからね。とはいえあくまでもなんとなくだけど。
それと正門の二人なんか、学園ではなく国が用意した本気の護衛兵だと思います。もちろん毎日同じじゃ人じゃないのでたまに実力的に不足している人がまじっていますが。国の騎士団所属の騎士でしょうね。
「しかもジャネット先生は相手をしてくれない」
「算学の先生ですよ?」
決して剣で勝負を挑む相手ではない。
「それに剣は家でできるが、音楽はできぬではないか」
「やっても構わないんですよ? オレが楽器を弾きますから」
「私が楽器を奏でたいのだ!」
「そっちがしたかったのですか」
「うむ!」
「ではこちらをどうぞ」
「うむ! うん?」
オレの楽器をお嬢様に渡す。だって楽器なんて急に用意できないもの。
「お前はどうするのだ?」
「今日はお嬢様の練習にお付き合いしますよ。ヴィーレ、扱ったことあります?」
「ないな!」
ヴァイオリンみたいな楽器だ。お嬢様に渡しつつ、持ち方を教える。
そもそも楽器を持っていたらオレが把握しているはずだ。男爵家とはいえ、お嬢様の身の回りの物はそれなりにいい物が用意されているのだし、そういうのを運ぶのもオレの仕事なのだから。
「では借りるぞ」
「ええ。音階の確認もしていきましょう」
その辺ができるレベルの生徒ばかりが集まっているのかもしれないけど、うちのお嬢様に無茶を言ってはいけない。この人は多分楽器なんて満足に触ったことなんてないだろうから。
授業が始まる前から、各々生徒たちが楽器を奏でたり声を出したりしている。うん、自由だな。
そしてとうとう授業の時間。先生が到着した。
「今年も多くの紳士淑女に集まって、嬉しく思いますわ」
そこから始まる先生の音楽に対する情熱とうんちく。いわゆる雑談である。
「そして最後には作曲を自身でしていただて、それを提出していただくことで今期の授業を終わりとする予定ですの」
「はへ?」
そんな中の爆弾発言。すでにうちのお嬢様は先生のマシンガントークでポンコツと化していたのにトドメの一言。
「ど、どどど、どうしよう!? まさか作曲を! 私が曲をつくるのか!?」
「作らないといけないみたいですね」
そういう授業なのだから。
「いや、できる、のか!?」
「それを学ぶのが授業なのかと」
「今から楽器を覚えるレベルなのだぞ!」
「そうですね、頑張って覚えましょう。精いっぱいフォローしますから……ダンスレッスンに追加で楽器の練習ですか……剣を振る時間を更に減らすしかないですね」
「!」
「せ、」
「せ?」
「せんせいに別の授業にしていいか聞いてくる!」
「あ! ちょっとお嬢様! 待って! 落ち着いて! そういうのはオレがやりますから! というか普通に変更できますから!」
何とか落ち着かせたお嬢様を座らせる。選択授業はいつでも変更可能だが、流石に授業中にはい変更という訳にはいかない。
後日手続きをとり、しっかりと剣の授業を選択させました。
「……まあ、いいか。もっと練習は必要だが残してまでやらせる必要もあるまい」
「ありがとうございます」
先生の言葉に、お嬢様は綺麗なカーテシーと共に言葉を返す。
パチパチパチパチパチ、と周りのクラスメートも拍手をしてくれる。オレも泣きそうである。
何度目かのダンスの授業。あまりにも上達が認められないと最終的には放課後居残りで練習をさせられるのだが、それが始まる前になんとか合格点をもらえた。
「それとクラッドフィールド、よくやった。目覚ましい上達ぶりだ。とても最近覚え始めたとは思えん」
「ありがとうございますっ!」
オレの努力が報われたぁ! 従者として来ている生徒を手放しでほめてくれる先生というのは珍しい。
「とはいえあくまでも合格点ギリギリだ。アリアンナ嬢は今後も練習を続けるように」
「はい」
「それとクラッドフィールド以外とも練習をした方がいい。ダンスというのは千差万別、人によって踊りの癖が違うからな。次の授業からはクラッドフィールドではなく生徒の中からパートナーを選ぶぞ」
「はい」
できれば弟さんたちにできるようになってもらいたいですね。
「クラッドフィールド。お前も今後はダンスの授業にでるように」
「はい。はい?」
何をおっしゃられるのですか?
「慌てて覚えたのだ。すぐに忘れるぞ? そうなってはアリアンナ嬢の練習相手が務まらなくなるではないか。それにせっかく覚えたのだからもっと体にしみ込ませるべきであろう」
「オレ、護衛なんですが……」
「騎士であろうと踊りの機会がないとも限らん。むしろ礼法に広く精通している者の方が護衛としては好まれる。執事や秘書などは言わずもがなだ。クラッドフィールドは今後も踊る側で授業にでるように」
そう言われても、困るのですが。
「それと他の者たちも覚えたければ参加して構わん。明らかに才能がないもの以外には教える。主人の役に立ちたければ覚えておいたほうがいいとだけは言っておこう」
この先生は生徒思いのいい先生だ。
次のダンスの授業がくるまでは、本気でそう思っていました。
実際は背の調整の効く便利なダンスパートナーとして使われるだけでした。色々な高さの厚底の靴が用意されていたんだぜっ!
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