第19話 料理人なクラフィ君

「このサイズになるとちょっとここじゃ無理ですね」

「そうですの? もったいないですわ」

「苦労して倒したのだから、できれば無駄にはしたくないな」


 お嬢様方が倒したのはビークオックス、体長四メートルにもなる牛の魔物だ。

 可食部位も多く、人気のある牛肉。ここのダンジョンで簡単に手に入るが、王都やこの地から離れた街などでは高級な牛肉とも扱われる一品である。


「魔法の袋にこれ以上入らないんですよ」


 片足鶏と違い、大物は簡単に解体ができない。特にビークオックスは皮も角も骨も価値があるから捨てる場所があまりないのだ。


「むう、倒しすぎたか」

「仕方ありませんわね! わたくしたちが強すぎでしたわ!」

「もっと内容量の大きい魔法の袋を用意できれば良かったのですが」

「無茶言わないでくださいよ……」


 魔法の袋のサイズは荷馬車一台分程度の大きさ。それでも貴重品には違いないのだが、半日近くダンジョンに入っていれば獲物でいっぱいになってしまう。


「オーク、一匹捨てますか? あんなにお肉あっても食べきれないでしょう」


 三匹確保してるし、持ち帰れないのはしょうがない。時間停止も付いていないから痛んでしまうのも止められない。あとでこっそり回収したいところだけど勝手には離れられないし、ここはダンジョンに還ってもらうしかないだろう。


「それはそれでもったいないですわね」

「でもこいつは今まで倒していないのだから、持ち帰りたいな。お父さまもこいつの肉は好きなんだ」

「お肉にしか注目されてませんけど、皮も高く売れますからね?」


 カリンカさんだけ現実的だ。


「仕方ありませんわね、オークを捨てましょう」

「了解です」


 魔法の袋から半分黒焦げのオークを取り出して地面へと置く。この大きさなので解体もしていないから、すぐにポイできる。


「こいつはもう少しコンパクトにしないと入らないですね。少しお時間をいただいても?」

「ええ」

「休憩にしよう」

「ではこちらを」


 魔法の袋の中に入っている植物製の水筒をカリンカさんに渡す。


「じゃ、ちゃっちゃかやっちゃいますか」


 首元から裂いて血を流させつつ、毛皮と体の間に短剣を通す。念動の魔法でビークオックスを持ち上げつつ回転させ、目線の高さを常にキープだ。

 血が広範囲に飛び散らないように地面に穴を開けておくのがポイントである。


「地面に置ければもっと楽なんだけどなぁ。ダンジョンに還るタイミングがよくわからないんですよね」

「そもそも普通は現地で解体するもんじゃねえからな?」


 護衛の人のツッコミが鋭い。

 まあ血の匂いで他の魔物がきたりするから普通はやらないわな。


「このために連れてこられたようなものですから」

「……お前も大変だな」


 そう思うなら代わってください。






 ダンジョンから無事帰還をし、前もって借りておいた民家に戻る。


「では調理をしますかね」


 とはいえ大物が多いからこんな民家の台所で調理ができないサイズの肉もある。前もってそれは分かっていたから、お庭に竈とか大きい鉄板、それに机も用意しておいたのでそこで調理をする。


「まずオーク肉は、野菜と炒めるかな」


 トンカツはこの間食べたし。

 貴族の食卓に並べられるような彩り鮮やかな食事は用意できないと前もって言っているからそこは我慢してもらう。

 大きい鉄板に薄切りにカットしたオーク肉を適当に並べて、同じく何種類かの野菜をカットして鉄へらでかき混ぜながら焼き上げる。

 味付けは唐辛子に似た野菜があるのでそれを中心に辛目に味付け。

 それと塩とゴマ、味噌にワインも加える。ああ、焼き肉のタレを使いたい。


「いい匂いですね」

「お皿にどのように盛り付ければ映えるかしら」

「結構な量を作られるんですね」

「護衛の方々も食べられるからでしょう?」


 女性陣がこちらに集まってきた。こら、お嬢様方のお相手をして差し上げなさい。


「護衛の人らの分に関しては好きに持って行かせてください。お嬢様方の分の盛り付けはそれぞれにお任せしますね。あ、味見もご自由に」

「「「 はい 」」」


 はいはい、まず味見からですね? 全員でお皿を手に持っているから分かります。

 鉄板の角に肉野菜炒めを集めておき、鉄製の蓋をかぶせておく。

 下の方は焦げるかもしれないが、それこそそういう部分は護衛の連中の分にしていいだろう。


「続いては、こちらっと」


 オークの肉とビークオックスの肉を叩いてミンチ上にして作るのは合いびき肉だ。ミートチョッパーなんて素敵なものがないので、護衛の一人に一生懸命包丁で叩いてもらっておいた。

 力がいる仕事だから男性に任せたけど、こういった作業をしたことない人だったからか何度も確認を求めてくれた。おかげでいい感じの出来である。

 みじん切りにした野菜をお肉に混ぜて、タネを作った。ぺったんぺったん空気を抜いていく。

 大人も子供も大好きなハンバーグである。

 ビークオックスのステーキも作るけど、この機会を逃すわけにはいかなかった。


「前回は思いつかなかったから……」


 ウォーオークのトンカツを作ったときに、ハンバーグにするという考えが浮かばなかったのが悔やまれる。あの名前の分からない大型の魔物、顔が牛っぽいから牛肉でいいのだろうか?


「それと、イヴリン様リクエストの唐揚げも同時にだね」


 油を温めるのには時間がかかるから竈には前もって火を入れておいた。

 片足鶏のもも肉は引き締まっており、とても美味しい。つけダレにつけこんでおいたので、下味もばっちりだ。前もって準備しておいた特性の衣につけて油で揚げる。


「なんと贅沢な」

「いい匂いです」

「クラフィくんって、料理上手なんだね」


 やはりメイドさん達が控えている。完全に味見待ちだ。







「クラッドフィールド、腹が減ったぞ」

「こんないい匂いをさせるなんて、我慢ができませんわ」

「すいません、流石にちょっと……」


 お嬢様方+カリンカさんだ。メイドさん達に目配せしてどうにかしてもらお……。


「あつ、うま!」

「はふ! はふ!」

「あふい! でもおいひい……」

「いきなりですか、しかも正面突破ですか」


 油は落ち切ってない。相当熱いぞ?


「水を」

「ご、ご準備します!」

「自業自得ですね」

「お前たち、先に食べてずるいぞ」

「毒味が必要です!」

「酒もあれば完璧なんだが」

「屋敷の外なのが悔やまれるな」


 護衛組みの大人たちががっかりしている。ダンジョンで護衛の仕事をし、そのあとはこの借りた家の警備だ。屋敷と違って警備体制ができているわけではないので、お酒を飲める環境ではない。


「そうか、屋敷の外か」

「なんですの?」

「イヴリン嬢、屋敷の外でまで礼儀正しく食事をする必要があると思うか?」

「……それは、そうですわね。このようないい匂いを嗅がせられて我慢するのもしんどいですし」

「言い訳してますけど、皆さんすでにつまみ食いしてますからね?」

「「 味見だ! 」」

「「「 味見です! 」」」

「「「 毒味だ! 」」」

「皆さん勝手ですね」


 ちゃんと一品一品作るつもりだったんだけど、もうバーベキュー形式でいいんじゃないか?


「じゃあ好きにしてください。でも完成前のものは食べないでくださいね。お腹壊されても困りますから」


 今蒸してる最中のハンバーグとか。あとこのあとは簡単な煮込み料理も出す予定なのだ。


「パンとサラダもご準備がございますから、そちらもお召し上がりくださいね?」

「随時食べるのはいいですが、流石にお掛けください。すぐに配膳しますので」

「お飲み物はワインでよろしいですか?」


 メイドさんが机とイスにお嬢様二人を誘導する。うんうん、せめて座らせてあげてくれ。


「その揚げ鳥を多めに頼む!」

「わたくしは調理中のそれが気になりますわ!」


 声を抑えてくださいはしたない。






「食べすぎた……」

「ええ、でも料理ができると聞いていましたが、まさかここまでとは……」

「後半は焼くか煮込むかのどっちかでしたけどね」


 ハンバーグと唐揚げが売り切れた段階で、もはやバーべーキューである。一応ポトフもあったけど、入っているのはソーセージじゃなくて肉塊だったし。

 しかしポトフは失敗だった。やっぱり熟成させたお肉の方が美味しい。


「クラッドフィールドは良い料理人だな!」

「オレは護衛ですよ、お嬢様」

「そうであった!」


 忘れないでください。


「でもどこで覚えたんだ? 私は料理なんてさせてもらったことないぞ!」

「そりゃあそうでしょう。料理人のお仕事を奪わないであげてください」


 貴族のお嬢様なのだから。まあお菓子くらいなら作られる人もいるらしいけど。


「むう」

「オレは田舎の出身ですからね。子供のころから母の仕事を手伝わされていましたよ」


 森の中を走り回れるくらい体力と弓の腕が手に入るまでは、子供の仕事は基本的に村の中での仕事ばかりだ。

 魔物の解体を含んだ料理や裁縫、屋根や家屋の補修なんかも子供のオレの仕事である。田舎ではなんでもかんでも一人でできるように何かと仕込まれるものなのだ。


「オレだけじゃなく、メイドさん方の中にも色々とできる人が多いらしいですよ?」

「ほほう?」

「そうなのね?」


 お嬢様方の視線がメイドさんたちに向かう。うん、そっちに集中していてくれ。オレはそろそろご飯が食べたい。


「カリンカも料理はできますのよ!」

「イヴリン様、あまり吹聴するようなものではないですから!」

「わたくしの専属料理人ですのよ!」

「ああ、魔物食の……」


 毒を持っていたり、普通の動物だと食べれる部位が食べれなかったりその逆があったりと、魔物の解体と調理にはそれなりに専門の知識が必要だ。

 カリンカさんはそういったものをしっかりと勉強されているんだろう。オレは村で教わった知識が中心だ。

 ……毒は慣れろって父さんに言われて食べさせられてたから、オレはあんまり向いてないかもしれない。


「それを言うならシャーリーさんはお茶や裁縫がお上手ですし、マーサ様はそれこそなんでもできますよね」


 お嬢様から離れたところでお口をもごもごさせているシャーリーさんに視線を送る。

 お嬢様付きのメイドさんで領都から連れられているから、能力的にも優れている人なんだろうと思う。

 屋敷を取り仕切る立場にいるマーサ様なんかは別格だが。


「裁縫……」

「裁縫はわたくしも苦手ですわ」

「お嬢様、頑張ってください」


 ダンスの件だっていまだに解決していないのに、これに追加で裁縫とかは勘弁してもらいたい。というか裁縫は流石に手伝えません。村で布団を直すとか破れた服を補修するとかのレベルとは違うんですから。




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