第18話 肉のダンジョン

「指名依頼、ですか?」

「ええ。内容を伝えるわね」


 屋敷でいつものように過ごしていると、イセリナさんが訪ねてきた。初めてのことだ。

 なんでもオレに指名依頼が入っているらしく、それを伝えにわざわざ来てくれたらしい。


「なんとなくどこからの依頼か想像つきますけど」


 冒険者としての知名度が全然ないオレに指名を入れてくる人なんて限られている。


「相手はサンドフェルズ侯爵家からね。冒険者としての活動をする際に指導と護衛、それと総合的にフォローしてほしいとのことよ」

「やっぱり……てか受けれるわけないじゃないですか」


 すでにお嬢様の護衛の仕事についているのだ。


「そうよねぇ。クラフィくん、何か気に入られることでもしたの?」

「前回のしびれマンタの時にフォローをしたくらいですが、こう言ってはなんですけど特別なことをした記憶はないんですけど」

「そんな感じよねぇ。後半の護衛の話も聞いたけど、特別に何かをしたって話は聞かないし」

「しいて言えばしびれマンタから助けたことですけど……別に戦った現場を見せたわけではないですし」

「戦っている姿に惚れた、とかなら分かりやすいんだけど……」


 そう言いながら僕の頭の先から足元までゆっくりと眺めるイセリナさん。


「子供なのよねぇ」

「そりゃそうでしょう」


 まだ11歳だぞ。今年12歳になるけど。


「格好良さより可愛さが際立ってしまうわね」

「かわいいもやめて欲しいんですけど」


 男の子ですので。


「あ、それと冒険者ランク目当ての可能性もあるわね」

「え?」

「彼女たち、9級なのよね。だからダンジョンの入場許可がまだ出てないのよ。でもそこに6級のクラフィくんが混ざれば入れるじゃない? そっち目当ての可能性も考えられるわ」

「あ、そういうのもあるんですね」

「困ったことにあるのよねぇ。実際一人は7級以上の人間が一緒だったら管理ダンジョンなら入れるもの。結構それで無茶をする子がいたりするのよ」

「それはそれで不味いですね」


 お嬢様のお友達が無茶をするのはできれば止めたい。ただでさえコミュニケーションがうまくないお嬢様が、普通にお話ができる数少ない相手なのだ。相手の方が圧倒的に立場は上だけど。


「……むう、そう考えると安易にお断りするのも不味いのか」

「何? 何かまずいの?」

「こう、男爵家と侯爵家の関係とか……」

「気にしないほうがいいわよ? そういうのは使用人が勝手に動くと逆にこじれるから」

「なるほど。ではお嬢様と一緒に一度お話を……」


 ……ダメだ。お嬢様も一緒に行くとか言いかねない。というか絶対に一緒に行くって言いだすに決まっている。


「マーサ様に連絡を」

「ところで、お嬢様ってあの子かしら?」


 そこには近くの部屋からこちらをのぞき込んで、口元が弧月化しているお嬢様。

 玄関先でしゃべるんじゃなかったぁ!!






「今日はよろしくお願いしますわ」

「ああ、よろしく頼む」

「お願いしますね」

「「「 お願いします 」」」


 イヴリン様、うちのお嬢様、カリンカさん。護衛チームの面々である。


「ほーっほっほっほっ! 待ちに待った日が来ましたの! 楽しみですわ!」

「ああ! 腕がなる」

「まだしびれマンタもいますから、気を付けないとですよ」


 やはりしゃべるのは女性陣のみだ。

 ちなみに残りのメンバーはオレとお嬢様の護衛リーダーであるフォルクスさん。イヴリン様のところの護衛の騎士の人が三人。それと目立たないがメイドさんもそれぞれ二名ついてきている。


「思ったよりも大所帯になったがな」

「それは我慢していただかないと」

「アリアンナ様のお力は知ってますが、俺らも仕事なんで」

「それは、分かってはいるさ」


 お嬢様は弟君たちが成長なされれば立場が変わる可能性があるけど、立派にサイバロッサ男爵家の跡取り候補である。

 そんなお嬢様を子供の護衛一人に任せてダンジョンに飛び込ませるなんて真似はできない。

 さらにサンドフェルズ侯爵家のご令嬢であるイヴリン様までいるのだ。正直この倍の人数が護衛についていても驚くところではない。

 ちなみに今日行くのは王都の東の街、シフェルド領の山の中腹にある人によって管理されているダンジョン。

 通称『肉のダンジョン』である。

 下層から食用に適したブルブルや片足鶏、黒羊などの魔物が出る。中層にはビークオックスやフレイムイーグルにブラッドヴァイパー。下層に行く予定はないが、下層にも強い代わりに美味しい肉になる魔物が多くいる。

 くそ、今度一人で入ってやる。


「クラッドフィールド、調理は任せるわよ?」

「準備はしてきましたのでご安心を」

「ふふ、油も入手できたし完璧ですわ!」

「そんなに美味しいのか」

「熟成させた方がおいしいんですけど、まあそれなりには」


 今日のオレは冒険者だが冒険者としての役割は任されていない。ただのシェフである。

 前もって魔物のリストとお金を渡されて、調理道具と調味料を用意しておけと言われたのである。なので本当に色々と用意した。ナタ作成で忙しいトンカッケに追加で頼んだお鍋なんかもあったりする。

 そしてそのためにダンジョンの近くの街で一戸建てをひとつ借りたほどだ。ついたらメイドさん方が4人がかりで掃除をする予定らしい。


「料理人も雇えばよかったのに」

「即座に食べれる料理が知りたかったのですの!」


 オレの狩人としての知識をあてにしているらしい。や、狩人としての調理だと焼くくらいでそんな時間のかかる調理なんかしないので期待されても困ります。


「では出発ですわ!」


 イヴリン様の号令の下、馬車がゆっくりと走り出す。オレはもちろん馬車の外で馬に乗って警戒だ。





 ダンジョン前のギルド出張所で手続きをし、ダンジョンの門兵にあたたかく見守られながら中に入る。

 ここ『肉のダンジョン』は地上に大きな門があり、門の中をくぐると草原が広がり遠くに森が広がって見えるダンジョンだ。

 ダンジョンとしては珍しい一層のタイプで、管理をしているのはダンジョンマスターではなくダンジョンコアだ。

 統一宇宙軍の時代にもいくつものダンジョンを見てきたが、ダンジョンコアの管理タイプのダンジョンが大体人の手で管理できるタイプのダンジョンだ。

 ダンジョンマスターがダンジョンを管理している場合、そのダンジョンマスターの系列の魔物が多く出るダンジョンになり、その頂点に立つダンジョンマスターは王様気取りだ。人の管理の手の届く存在ではなくなることが多い。

 おおむねそういうダンジョンはマスターが駆除されてしまう。そのあと外からコアをもちこまれて管理されることが多かった。


「さっそくいますね」

「ええ。カリンカ!」

「いや、私が行く!」


 お嬢様がレイピアを片手に滑るように駆け出す! そんなお嬢様に片足鶏も気づき……当然のようにぴょんぴょんとその片足を交互に地面につけて逃げ出した。


「「 あ! 」」

「お嬢様……片足鶏は正面から向かっていくと全力で逃げるので横から行くように言ったじゃないですか」


 魔物の特徴を教えたでしょうに。

 思ったよりも距離が開けられてしまったので、お嬢様は立ち止まる。


「……すまない」

「ま、まあしょうがないですわ! 次よ! 次にいきますわよ!」

「そ、そうですね!」


 しょんぼりするお嬢様をお二人がフォローしてくれる。いい人たちだ。


「あんまり離れないでくださいね」

「す、すまん」


 そんなお嬢様は突然走り出したことをフォルクスさんに怒られている。そら注意も入りますわ。


「罠のないダンジョンって話ですが、それなりに草が茂ってますからね。突然何かが飛び出してきて対応できないってなっても困ります」

「ああ、気を付けよう」


 昨日魔物の特徴とか話をしていたときはどこかフワついていたけど、戦闘モードの今ならしっかりと聞き入れてくれる。うちのお嬢様は戦闘に関連付けることができると、物覚えも良くなるのだ。


「お嬢様、次がいますよ」

「……ああ!」


 再び、風のように大地を駆けるお嬢様。先ほどと違いきちんと周りの背の高い雑草にも気を配っているようだ。

 片足鶏の横に素早く移動し、腰を低くしてレイピアを煌めかせる!


「ふっ!」


 凛々しくも雄々しいお嬢様の一撃。見事に片足鶏の首を掻き斬った! うーんお見事。


「では預かりますので、狩りを続けてください」


 受け取るのはオレの仕事だ。イヴリン様から預かった魔法の袋に入れる前に、食事に必要のない部分を素早く切り落としてコンパクトにする。ついでに念動魔法で無理やり血を体外に出して血抜きも終わらせる。

 今日のオレのメイン装備は短剣ではなく包丁だ。短剣も腰に差しているが。

 つけタレの入れた革袋に入れて魔法の袋の中に片付けた。この魔法の袋は荷馬車一台分くらいの大きさで時間も止まらないタイプだからあまり容量は大きくない。

 たんまり油が使えるし、コンテナから衣も持ち込んだしつけタレも特性品だ。今からよだれがとまらなくなるぜよ。


「随分と手慣れているんだな」

「狩人の子ですから」

「そ、そうか」

「まあ、この格好じゃそう見えないですかね」


 今日は使用人の服だから。


「そういうわけじゃあないんだがな、うん」

「? そうです?」


 よくわからないけど、サンドフェルズの護衛の方はすぐに離れてしまった。





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