第17話 ダンスレッスン
「……どうしようクラッドフィールド、ピンチだ」
「お嬢様、せめて人のいないところで。というか家に帰ってから弱音は吐いてください」
クラスメートにクスクス笑われていますよ?
「だって、無理なんだ! 覚えきれるわけがない!」
顔を赤らめて涙目で言ってもダメです。
「開き直らないでください。それと皆さん覚えられておりますので諦めないでください」
「むう、お前はずるいぞ」
「オレのも詰め込み教育の産物ですから褒められたものではないですよ」
そんな会話をしているのは礼法の授業中。お嬢様方貴族のご子息ご息女の皆様はダンスをし、オレたち従者はそんな皆様方のために音楽を奏でるのである。
ちなみに音楽に造詣の深い貴族の子も当然いる。彼らは選択授業と称し別で受けるのであってダンスはダンスで覚えなければいけないのである。
「アリアンナ嬢、授業中ですよ?」
「う、すいません……」
「小さい子に頼るような真似をしないように」
「小さい……」
そりゃ他の従者より小さいけどさ、というか従者の人らって大体17,8歳くらいなんよ。急遽用意されたとはいえそりゃあ11歳は小さいよね。
「運動はできると聞いていたんだ、あとは動きを覚えるだけいい。音をしっかり聞いてタイミングに合わせて体を動かすだけだ。簡単とは言わんが、できないことはない」
「先生……」
先生、うちのお嬢様はその動きを覚えるというのができない方なんです。最近気づいたんですが、この人は戦闘関連以外の部分がポンコツなんです。
思わず涙がちょちょぎれてしまう。
「こうして、こうして」
「口ではなく体を動かすことに集中なさい」
「……」
「あ、あの。アリアンナ嬢? 顔が、その……」
「な“に“か“?」
「いや、大丈夫だ。気のせ」
「静かに!」
「す、すまない!」
ザイード様、うちのお嬢様が本当に申し訳ありません。あとで菓子折りの一つでもお届けしないといけなそうだ。
「クラッドフィールド、楽器を置いて前に」
「はい?」
「君も覚えなさい。そして家でアリアンナ嬢の練習相手をつとめなさい」
「……はい先生」
簡単に言ってくれるなぁ! くそ、録画機器でも持ち込んでやろうか!? いままでも見ていたけど覚える気で見てなかったから全然頭に入ってないし。
「クラッドフィールド、すまない」
「いえ、これも仕事です……たぶん」
「私語は慎みなさい。では音楽を」
こうしてダンスを教えてくれる先生は当然貴族だ。しかも学校で礼法の指導を任せられるほど、信頼の厚い高位の貴族。先ほどから熱心に指導をしてくれるのは男性の先生、横でニコニコと笑顔を崩さない女性の先生もどこぞの良家の奥様だ。
お二人とも動き一つ一つが洗礼されており、ダンスの際にはどこか光るエフェクトのようなものが見える気がする。
先生方が絵になりすぎて音楽のレベルが追いついていない。まあ生徒の連れている従者達はまだ子供だからしょうがないかもしれないが。
「……分かったか?」
「角度を変えて何度か見てみたいです」
「では今日は好きな場所で自由に見なさい。次はエドガー、パートナーにイヴリン嬢。クレイン、パートナーにフランシア嬢。ボルボロス、パートナーにサフィーネ嬢だ。お互いに手袋を忘れずに」
「「「 はい 」」」
どうやら先生は個別に指導する方にシフトするらしい。オレには見て覚えろってことっすか。いいですよ、今のうちに記録(盗撮)用のコンパクトカメラだして撮影しちゃうもんね。
「……オレのがお嬢様より小さいんですけど、大丈夫ですかねこれ」
男性がリードするのはまあ分かるんだけど、どうにも男性のが体が大きいの前提のダンスに見えるんですけど。練習になりますかね?
「……帰りに私の部屋に寄るといい、ブーツを用意してやろう」
「厚底してごまかせと。了解です」
「もちろんお嬢様のためです。手配は致しますが、なかなかすぐに……とは行きませんよ?」
「よろしくお願いします。オレも先生に言われるまで気にもとめてなかったですから」
「もう少しお嬢様に気を配りなさい、と言いたいところではありますが……結局君は護衛ですからね」
「はい。一応先生も紹介できる方がいるそうなのですが、あまり一人の生徒に加担するのは良くないらしいので最後の手段にするようにと」
「それは……まあそうかもしれませんが……ちょっと違う理由でしょうね」
「そうなんですか?」
「先生は伯爵家の方でしょう?」
「あ。なるほど……」
サイバロッサ家が男爵家だから同格以下しか紹介ができないのか。
「とにかく事情は分かりました、報告ご苦労様。お嬢様は運動ができる方でしたので失念してましたね」
先生からありがたい指導を受けたその日、メイド長のマーサ様にお嬢様のダンスレッスンの状況を報告した。
靴を借りに行ったときに可能であればダンスの指導できる人を雇うのが貴族らしいものだと教えてもらったので、マーサ様に相談である。
旦那様と奥様が領都にいるので、本来はお嬢様自身に報告することではあるのだが、実際にこの屋敷を取り仕切っているのはマーサ様なのでこの人選に間違いはないはずである。
「クラフィくん、ダンスの習得のほどはどうなのですか?」
「教わったばかりですから……今日から頑張るつもりです」
「頼りにしていますよ?」
「勘弁してください……」
マジで集中して覚えないといけない気がしてきた。
「なんでもうできてるんだ!?」
「頑張りましたので」
おかげで寝不足です。
昨日のうちに小型カメラで録画(盗撮)しておいた動画を何度も見返し、男性側のパートを全力で覚えました。狭いわけではないのだが、ダンスをするには窮屈な自室で朝方までバタバタと踊りましたよ。近くの部屋の人たちに迷惑をかけたかもしれないが……まあお嬢様のせいにすればいい。
先生のお手本もそうですが、生徒の中には明らかにレベルが違う方もいらっしゃったのでそういう方を参考に必死に練習しました。
厚底の靴のせいで足がだいぶ疲れています。
「くっ、こんな試練があっただなんて」
「前から分かっていたことですよね?」
「ええ、もちろんです」
マーサ様もダンスレッスンができるわけではない、しかし楽器を奏でることはできるので音楽を担当してくれている。僕に指導をしてくれた方だから当然のようにこなしているね。
久しぶりの楽器らしく少々ぎこちないですとは本人の談。とはいえ学園に通っているオレを含めた従者たちと比較はできない程度に上手である。
「護衛ってなんなんでしょう」
「言うな!」
「気にしてはいけませんよ?」
オレはどこに向かわされているんだろうか。
「お嬢様、動きは鋭すぎで音からズレています」
「むう、こうか?」
「さらに鋭くしてどうするんですか……」
この人は決闘でもする気なのだろうか。
「もっと柔らかく、です」
「柔らかくと言われてもだな……」
「僕の足を踏まないでください」
厚底の靴だから歩きにくいのだ。お嬢様も倒れそうになるから慌てて支える……なんてこともできずに一緒に倒れてしまう。ふんばれないのだ。
「む、難しい……」
「ホントですね」
お嬢様の相手は難しい。
「! すまないクラッドフィールド、平気か?」
「たぶん大丈夫です」
足はひねっていない。大丈夫そうだ。
「や、肘が入った気がしたんだが」
「あ、そっちでしたか。痛いですけど平気です」
「そ、そうか」
「ですから休憩には入れませんよ?」
「くっ!」
このやり取りも何度目だろうか。
「早く指導できる人に来てもらいたいです」
「奥様をお呼びした方が良かったかしら」
「お、お母さまを呼び出すなんてとんでもないぞ!」
とんでもないらしい。厳しい方なのだろうか? 遠目で見たことしかないから分からないや。
「とにかく、練習あるのみだ。付き合ってもらうぞクラッドフィールド!」
「ですから、そう言っているんです」
「うっ」
威勢はいいのだが、どうにもダンスレッスンから逃げようとする気配も感じられる。
「このままだとオレの課題も増えそうだ……」
主の失態は従者の失態。学園の……というか貴族的な考えだ。主が何かしら成績に問題があった場合、当然従者は主に付き合わなければならないのだが……そこは教育機関、ただ待たせるのではなく従者にも課題が与えられるのである。
ただでさえ自由に動き回れる時間が少ないのに、さらに減るのは嫌だ!
「お嬢様、頑張りましょう」
「う、うむ。分かっている」
「どちらにしろ夏の社交界シーズン前に覚えきらないといけないのですから」
「嫌なことを言うなお前は!」
そこで恥をかきたくなければ必死に覚えてください。
「まったく。もっと早く相談してくれればよかったですのに」
「す、すまない。こう言っては何だが、イヴリン嬢に頼ってしまうのは違う気がしていたのだ」
「構いませんわ。そのためのお友達ですのよ?」
マーサ様のツテではなかなかダンスレッスンが可能な方が見つからないらしい。まあマーサ様自身が貴族ではないからどうしても難しいのだろう。難航していた。
そんな折りに、授業の際の出来があまりにも酷いと手を挙げてくれたのがイヴリン様である。
本来侯爵家のイヴリン様が男爵家のうちのお嬢様に時間を割いてくれるなどあってはならないことだが、イヴリン様も冒険者としてこっそり活動している程度には変わり者だ。このくらいは何とも思わないらしい。
「クラッドフィールドには以前世話になりましたし、恩返しもかねておりますわ」
「恩返しだなんてとんでもないです」
「何かあったのか?」
「以前ちょっと」
サンドフェルズ侯爵家から正式に感謝のお手紙を個人的に受け取った。護衛料もと言われたが、そちらは冒険者ギルドからもらっているからお断りをしたんだよな。なんか二重に報酬をもらうようで悪いことをした気分になる。
「まずですわね。合っておりませんの」
「合って?」
「ええ、カリンカ。相手を」
「はい……」
なんかカリンカさんが男性パートを踊るようだ。イヴリン様の手を握ると、緊張した顔をしている。
「ダンスの時の気概のことですの。先生方はダンスを通してお相手との気持ちを確かめるだの恋愛につながるだのといいますけど、そんなことはありえませんわ」
「ありえないのか!」
うん。まあありえないとオレも思ってはいました。
「そうですわ。ですのにお相手と通じ合えなどと言われても無理ですわ。ダンスとは得意と得意の擦り付け合い! お互いの意思のぶつけ合い! 戦いであり決闘なのですわ!」
「そうだったのか!」
違うと思いますよ!?
「さあ音楽を! 情熱的なのを頼みますわ!」
「は、はぁ。分かりました」
言われるがままに課題曲の一つを弾く。
「お、おお!」
「ダンスなのはダンスなんですが、これは……」
イヴリン様がカリンカさんをぶん回している。とでも表現すればいいのだろうか。ステップも基礎的なものだし、体の動きも洗礼されている。そこは流石は侯爵令嬢といったところだろう。お嬢様とは比較にならない仕上がりだ。
カリンカさんも振り回されつつも付いていっている。日常的に練習相手は彼女だったのかもしれない。
そんなこんなでとんでもな踊りを披露しつつ、クルクルと回転をして最後ポーズを決めるイヴリン様。お見事です。
「素晴らしいな!」
「あれを真似されるんですか?」
カリンカさん疲れ切ってますけど。あ、シャーリーさん飲み物準備してますね。
「よし、やるぞクラッドフィールド!」
「無理です。靴が割れます」
厚底靴を舐めないで欲しい。
「カリンカ、お相手をなさって差し上げて」
「す、少し休憩をください……」
「大変ですね……」
そのあと、カリンカさんはさらに大変な目に合うことに。
お嬢様は戦いのスイッチが入ったらしく、ダンスをしながらカリンカさんを突き飛ばそうとしたり投げ飛ばそうとしたり、しかもそのたびに「そうですの!」とか「素晴らしいですわ!」とかどこぞの侯爵令嬢が喜ぶものだから……お嬢様の教育に悪いので一日でイヴリン様のダンスレッスンは解散になったのは言うまでもない。
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