第10話 疑問の解消

「じゃあ改めて、クラッドフィールド。領主のボイルド=サイバロッサだ、こっちが娘の」

「アリアンナ=サイバロッサ、13歳だ。よろしく頼む」

「クラッドフィールドです11歳です。領主様、お嬢様。よろしくお願いします」


 領主様はボイルド様。位は確か男爵だ。背はそれなりに高いな。緑色の髪が光に映えるイケメンさんである。

 そして娘さんのアリアンナお嬢様。父親譲りの緑色の髪に、可愛さが残りつつもどこか凛とした気配をもったポニーテールの女性だ。


「顔合わせはこのくらいでよろしいですかな? ではクラッドフィールドはこちらでお預かりいたします」

「まずはどの程度良識があるかの確認からですわね」


 挨拶もそこそこに、突如現れた老紳士な執事さんとどことなくベテラン臭を醸し出しているメイドさんに背後を取られたっ!? いつの間にっ!?

 ちらりと領主様に視線を送ると、何やら苦虫をかみ砕いたような表情だ。お嬢様はあからさまに顔色を青くしている。


「お、お手柔らかにお願いします」

「それはクラッドフィールド次第かの」

「ええ、ええ。サイバロッサ家の人間として恥ずかしくないレベルに仕上げなければなりませんからね」

「二人とも、頼むよ」

「「 お任せください 」」


 そう言って連行されるオレ。クラッドフィールド君であった。


「……字はなかなか整っておりますな」

「単語を知らないのはしょうがないにしても、ペンがちゃんと使えるのは意外です」


 まずは文字の読み書きの確認だ。村ではそもそも文字の読み書きなんてほとんど必要ないし、そもそも本自体もあんまりない。

 とはいえ母さんにある程度教わっていたので文字や数字は書ける。単語の綴りなんかは日常的なものでも知らなかったり間違って覚えていたりだった。この機会に色々覚えるつもりだ。

 ただし紙もインクもそれなりにお金がかかるらしいので、単語は木札で確認し、文字は地面に書いて覚えるといった形式である。まさかの青空教室。


「色々と小器用な子のようですな。これは楽ができそうですわい」

「ええ、ええ。とはいえこれからですね」


 挨拶のマナーに食事のマナー、礼儀作法に手紙の書き方や楽器のレッスンなど。文字と単語の習得と併用してそっちも勉強させられるらしい。

 詰め込みすぎじゃない? しかもこのバイオリンみたいなやつを弾けと?

 お昼ごはんにさっそく食事のマナーの習得を? 村ではどうだったかって? パンは手掴みでいいですよね?

 午前中の授業が終わり、午後の時間。騎士の訓練場に連れてこられた。

 護衛として体を鍛える時間も設けられているらしい。正直もっと単語を覚えたいところだが、仕方ない。


「とはいえお前さんがある程度使えるのは分かっているがな。まずはどのくらいの実力か見せてもらう。レイモンド、相手をしてやれ」

「うっす。クラフィ君、よろしくね」

「よろしくお願いします」


 木剣を渡されたので、それを構える。うーん、レイモンドさんはちょっと前かがみな感じがするなぁ。


「はっ!」


 にらみ合っていてもしょうがないので、こちらから剣を振るう。レイモンドさんの正眼に構えた剣に対し、横から叩きつけるような一撃だ。

 きっちり剣で抑えてくれる。向こうはこちらの攻撃でだいたいオレの力がどんくらいか把握できたかな?


「せいっ!」


 反撃が来たので身を捻ってよける。受けるよりも反撃が早く行えるからね。振り下ろされた剣を上から叩いて、相手の剣を地面に落とす。


「ありゃ」

「すっぽ抜けちゃいましたね」

「……まあこんなものか。次はフェード、お前だ」

「うす」


 次のお相手は少し体が大きいな。とはいえ構えを見た限り怖さはない。レイモンドさんよりは力がある、程度の相手か。

 その後も人を変え剣を振るわされる。うーん、騎士ってこんなもんなんか? まだ過重魔法も解いてないし身体強化もしてないんだけど。


「ば、ばけものっす……」

「や、君らが。何でもないです」

「はっはっはっ、そりゃ勝てないわな。実力も場数も違い過ぎる」


 大笑いをするのは面接の時にいた大柄のおじさん。


「団長?」

「そいつはサンラッカ村の狩人の家系だぞ。こいつに勝てるなら冒険者として大成できるわな」

「え? そうなんですか?」

「なんでお前が驚いてるんだ?」


 だって外の事なんて知らないもん。


「サンラッカの狩人ってのは、ようは黒い森の番人だ。多種多様な魔物を相手にして生き残り、人間の領域を魔物から守る守護者の一族だぞ。いわゆる戦闘のエリートだ。まあサンラッカ村のことなんてうちの領でも一部の人間しか知らないけどな」

「……そうなんですね」

「だからなんでお前が驚いているんだ?」

「や、だって初耳ですし。確かに父さんとかダズおじさんとかミリアおばさんフォルクス爺ちゃんとか無茶苦茶強いなぁーとか思ってましたけど」


 そりゃあ大人連中とオレとじゃ実力が違い過ぎるから比較にならないし。


「オレの見立てじゃ、お前さんは4,5級の冒険者程度の実力がありそうだな」

「それがどの辺に位置するのはわかりませんが……ちなみにうちの狩人連中はどのランクなんでしょうか?」

「それこそランク最上位の、更に上澄みだろうな」

「上澄みかー」


 そりゃあ強いんだろうなぁ。そっかーぁ。


「てなわけで、お前さんの実力は血筋で証明されているわけだ。面談の時に即採用になった理由はどっちかといえば」

「どっちかといえば?」

「思ったより礼儀正しかったことだな」

「……なるほど」


 言葉遣いに気を使ったけど、正しかったようだ。

 それとうちの村の狩人の家系は強いらしい。まあ確かに黒い森を持ち回りとはいえ単身で管理している人が何人もいるんだ。弱い訳はないか。


「大人になったら自然とあのレベルになれると思ってました」

「もしそうなら今頃魔物は淘汰されてるだろうな」


 そういえば狩人の人たち以外は……あれ? 狩人以外のみんなもかなり強いぞ?


「ああ、サンラッカ村のレベルがおかしいのか」

「そう言っているんだが?」

「知りませんでした」


 村から出た時って、父さんと買い出しに出たぐらいだから他の村の様子とか見てたわけじゃないし。村の外から人が来たなんて話もほとんどなかった……。


「たまに村の人間が外に出てくるが、お前さんみたいな子供が出てくるのは珍しいな」

「父が世界を見て来いと」


 嫁さん探してこいと言われましたが、あんまり吹聴したくない。


「知りませんでしたといえば、聞いてもいいですか?」

「おう、どうした?」

「この護衛の話おかしくないです? 普通専門の人間を、騎士の息子とか育てるんじゃないですか? それこそ二年とか三年かけて」

「あー。うん、気づくかぁ」


 そりゃあね。領民から募るは、まあそれでもおかしな話だとは思ったけど人材がいないなら分からない話じゃない。でもあと二ヶ月で礼儀作法やらマナーはともかく、護衛としての最低限の能力を身に着けさせるってのは無理な話だ。


「育ててはいたんだがなぁ」

「死にました?」

「ぶっちゃけたな!? まあ多分そうなんだが」

「前にいて今はいないなら、行方不明か死亡のどちらかだと思ったんですが。合ってるみたいですね」


 他に理由は……あ、領主様のとこから何か盗んでたりして処分を受けたなんてのもあるか。


「それなりに腕がいい奴だったんだがなぁ。仲間の冒険者とダンジョンに潜って帰ってこなかったらしい」

「なるほど」

「ぶっちゃけるとそこのレイモンドの弟だ」

「……それは申し訳ないです」

「いやいや、というかお勤めが待っているのに無茶をして帰ってこれなくなったウチのバカのしりぬぐいをさせているんだ。こっちこそごめんねー」

「……なんとも返しにくいですね」

「元々気に食わないクソガキだったうえに、お袋を泣かせたんだ。あいつのことは許さんよ」

「はあ」

「……仲悪かったんだよ」

「ゾンビになって化けてこねーかなぁ。そしたらぶった切れるのに!」


 本当に仲悪いな!


「他に気になることとかはあるか?」

「いえ、特には」

「そうか。何かあったら聞いてくれ。わかっちゃいたが実力は十分だ。明日からは護衛のイロハを叩き込んでやろう」

「分かりました」


 護衛かぁ、訓練きつかった記憶があるなぁ。






「ではお嬢様、よろしくお願いします」

「ああ、手加減はしてやろう」


 礼儀作法なんかを中心に手ほどきを受けていた日々が続き、護衛のイロハに関して正直レベルの低い講義というか、体を張って守れ! 手足がちぎれても守れ! 何が何でも守れ! と脳筋な講義を受けて辟易していた今日この頃。

 今はお嬢様と剣を交えております。

 13歳のお嬢様は、2歳も年下で体も小さいオレに守られるのがどうにもお気に召さないようで。


「はぁ!」

「……」


 うーん。まあ普通の剣だ。オレの基準が村の基準だから、というわけではなくここで他の騎士や兵士の皆さんと訓練をした上で普通の剣だという結論になる。ただ少しばかり力が強いかな? くらいの感想だ。


「くっ! この!」

「お姉さま! 頑張ってください!」

「おねえさまー!」


 ちなみに領主様の坊ちゃま方二人も観戦に来られている。中々にやりにくい。

 身を躱したり剣で受けたりしていると、だんだんとお嬢様の剣が雑になってきたな。あまり強く受けると手首を痛めるかもしれないからここは受け流す剣で。


「この! なんで! 反撃して、こない!」

「? オレは護衛ですから」


 護衛対象に怪我をさせるなんてとんでもないことだ。


「この! お前も! そんなことを!」

「いえ、だってお嬢様の剣はそれなりに鋭いですから。怪我をさせずに取り押さえるのは骨が折れそうですので」


 そう。お嬢様は騎士団の面々と比較しても『普通』レベルの剣なのである。13歳の女の子が大人の騎士団員の普通レベル。

 剣の腕は普通かもしれないけど、女の子としては普通ではない。


「は? いや、でも怪我を恐れていては訓練にならん!」

「……これ、訓練だったんですか?」


 オレの実力を自分で試すんだ! としか言われていないのですけど。

 っつ! 障壁!


「っ! バカにするなっ! 何!?」


 お嬢様の声と共に発動したオレの障壁魔法が飛んできた火の魔法を受け止める。

 同時にオレの肩にお嬢様の鋭い一撃が入る。いってぇ。木の剣でよかった。でも守ったぞ。


「ほお、その状況で良くもアリアちゃんを守った。しかし無詠唱の壁とは……無属性魔法というのもなかなか馬鹿にはできないようだ」

「お父様!?」

「領主様……」


 いつから眺めていたのか、領主様がこちらに手を向けていた。あの人の悪ふざけのようだ。


「クラッドフィールド、いいのが入ったが」

「お嬢様、曲者です」


 これは仕返しが必要な案件だろう。剣での試合の最中に横やりを入れてくるなんて非常識極まりない。

 とはいえ相手はこの領で一番偉い貴族様だ。まともにやり返してはいけない。

 念動の魔法を使って木の剣を一本こちらに引き寄せつつ、手持ちの剣を領主様に放り投げる。


「……確かに曲者のようだな! お父様! ご覚悟を!」

「ちょ、アリアちゃん!? これはクラッドフィールド君のテストであって」

「問答無用! はあ!」


 オレに対しての剣よりも明らかに鋭い攻撃が領主様に向かっておりますが? まあいいや、もっとやれ。肩すっげえ痛かったんだもん。

 一応魔法で怪我したところを活性化させて回復を試みる。即座にはい回復とはいかないが痛みは早めに引くし、すぐ万全の状態と変わらず動かせるようになる。


「障壁、障壁、障壁」


 やはり領主様も剣をかなり扱える人のようだ。団長ほどじゃないにしても、お嬢様よりは遥かに格上である。うちの兄さんと同レベルくらい? そこで領主様の剣の通り道や、足を置く位置を予測して小さな障壁を張って嫌がらせをする。兄さんにもやったけど、これ間合いも狂うし結構きついんだよね。


「うわ、これはやりにくい! クラッドフィールド君の仕業か!」

「そうです。ご覚悟を」


 オレも剣を持って接近。とはいえオレがやるのはあくまでも防御。お嬢様に向かう剣をこちらに向けさせるのが目的だ。


「良く分からんが隙あり!」


 とはいえ流石に貴族の親子。父親の頭に叩き込むのではなく、バランスを崩した隙に剣を差し込んで首元に突きつけて終わりだ。

 うーん、オレだったら頭に叩き込んで更に追撃をするな。でないと反撃がくるから。


「や、った! お父様から一本とった!」

「いや、ずるくないかい? クラッドフィールド君の援護ありきだったじゃないか」

「ミシェルと組んでも取れなかった一本だ! クラッドフィールドのおかげだな!」

「喜んでいただいて何よりなんですけど、肩の治療に行っていいですか?」

「「 あ 」」


 活性魔法で治療はしているけど、すぐに体を動かしたからまだ痛むんだよ。村から持ってきたばあちゃんの軟膏を塗れば秒で治ると思うけどね。

 そのあと、領主様から謝罪を受けた。うん、まあ別のタイミングならいいけど剣を振ってるときはやめていただきたい。

 それとお嬢様やお坊ちゃま方に少し懐かれました。訓練もそっちに呼ばれる機会が増えたんだけど……お坊ちゃん方も元気で可愛らしいですね。





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