狩人の子 クラッドフィールド

第5話 狩人の子

 とまあそんな波乱万丈な人生を送っていたオレであるが、その後のサバイバル生活で亡くなりました。

 や、天寿を全うしたんだよ?

 現地の人間との交流とか、神様的な部族に祭り上げられたりとか色々あったけど。とにかくあのあとはあの星で生活をし、結局老衰で死亡だ。

 そして今、新たな人生を歩んでいる。以前と比べると随分と文化レベルの低い世界だ。最新鋭の道具が手巻き式の糸巻き器なレベルの世界なのだから。

 オレの新しい名前はクラッドフィールド。サンラッカ村の狩人であるジークリンドの息子。11歳になる元気な男の子だ。


「しっ!」


 森の中、兄さんお下がりの弓でお手製の矢を放つ。ターゲットは二足歩行で走り回り、木々の枝なんかも飛び回るキックバード。一メートルくらいのサイズの茶色い鳥の比較的弱い魔物だ。

 今日はこいつで三羽目だ。ばあちゃんとこに持ってってまた食べ物と交換してもらおう。

 っと、こりゃあ?


「……妙な気配がするな」


 ここはオレの住んでいるサンラッカ村の近くの森の浅い位置だ。それも中間よりももっと手前。

 だけど森が妙に静かになってきた。なんかいるか?


「一応確認しておくか」


 村にはオレよりも強い人がいるが、それでも対処しきれないほど強い魔物が来る場合だってある。

 状況を確認して、村に報告しに戻らないといけない。場合によっては外に出ている狩人達を呼び戻さないといけなくなるからね。

 キックバードを空間庫にしまい、弓を片手に気配の強いところに向かう。

 念のため太い木の近くを走り、即座に上に逃げられようしなければならないのは気をつかうし、気配をなるべく悟られないようにかつ風向きに気を使いながら移動は骨が折れる。


「うわ、マッスルディアか。でっかいなぁ」


 視界に入ったのはマッスルディアと呼ばれる鹿の魔物だ。毛皮越しでも分かる筋肉質なその体が名前の由来。草食の魔物だが凶暴性格が悪い。自分より小さな生き物を嬲る傾向にあるため、こいつの通ったあとにはゴブリンやコボルドといった小型の魔物の死骸が多く見つかる。


「……やっとくか」


 性格に問題があるが、視界に入らなければ問題はない魔物だ。それに人や魔物の群れに自ら向かっていく魔物でもないから放置でもいいのだが、こいつはとにかく美味いのだ。

 血抜きをしっかりして熟成させれば、そのお肉は絶品である。保存食にも向いているため、冬のごちそうになるのだ。


「内臓も美味いんだよなぁ」


 全部ではないが、一部の内臓も食べられる。というか新鮮なうちにしか食べられない珍味だ。洗うのに時間がかかるため一部の主婦からは不評だが、味を知っている酒好きにはたまらない一品なのだ。村で声をかければ確実に手をかしてくれる人間が出るだろう。何人か顔がすでに浮かんでいる。


「さて、ではさっそく」


 弓を構えて、矢を放つ。顔の近くに飛ばしたその矢にマッスルディアは当然気づき、こちらをにらみつけてくる。


「ほら、こっちこいよ」

『ブマアアアア!』


 怒りの表情でこちらをにらみつけてくるマッスルディア。元々陰湿な性格の魔物だ。自分より小さい生き物にバカにされているのが分かって怒ったのだ。


「単純でいいねぇ」


 身体強化の魔法を体にかけて、木の枝へと飛び移る。そのうえでマッスルディアが通りやすい道を通って誘導だ。この森はオレの庭みたいのものだから、どこをどう進めばいいかは頭の中に入っている。

 そして目標地点に到達したところで、足を止める。


『ブモオオウ』


 野太い声を出してこちらを威嚇してるマッスルディア。とはいえもうこいつは詰んでいる。


「ほんじゃ、罠起動っと」


 ロープを切ると、地面から輪になったロープがマッスルディアの後ろ足にそれぞれ絡みついて持ち上げる。さあ逆立ち頑張ってくれ。


「とはいえ、そこで終わりだけどね」


 ロープは父さんが持ってきた植物系の魔物のツタで作られたロープだ。マッスルディアよりも強力な魔物の素材なのでこいつが引きちぎるなんてことはできない。

 慌ててもがくマッスルディアをしり目に、その首筋に同じく紐を括り付けた矢を三つほど放つ。


『ブマアアア!』


 深々と刺さった矢を、紐を引っ張って抜く。こうすることで生きているうちから血抜きができるっていう寸法だ。


「ほんで、のろしを炊いてっと」


 それなりの血を失ってもマッスルディアは強い魔物だ。簡単には死んでくれないのである程度弱ったらトドメが必要だ。それに野生動物がそれなりにいるこの森でこのまま放置してしまえば、虫や他の動物、魔物に食い荒らされてしまう。

 大きさが大きさだから空間庫に入れないと運べないが、一応家族以外には秘密にしているからなぁ。


「あ、こっちも血抜きしておこ」


 先ほど確保しておいたキックバードだ。どうせ村から応援がくるんだから、こいつも加工できるだけしておこう。

 定期的に聞こえてくるマッスルディアの悲鳴をBGMにキックバードの加工をする。羽は矢尻に使えるが、肉が食える部分以外は特に使う部分がないキックバード。まあ足の爪をナイフに加工できたりはできるが……別にナイフって消耗品じゃないからぶっちゃけ余ってるんだよなぁ。


「おうクラ坊、またでっけえの獲ったな」

「お、ダズおじさんじゃん。フィル兄さんにソーネ姉さんも」

「こいつは大物だなぁ」

「クラフィ、また一人で危ないことをして」


 ダズおじさんは父さんのいとこでフィル兄さんはおじさんの息子さん。ソーカ姉さんはうちの兄さんのお嫁さんである。ちなみに全員狩人だ。うちは狩人の家系だからね


「キックバードも取ったよ? 爪いる?」

「「「 いらない 」」」

「だよねー」


 どのご家庭でも余っているようだ。


「まあドリーんとこに一応持ってけ。みんな最初に確認にいくのはあそこだからな」

「りょーかい。あ、フィル兄さん気を付けて。まだ生きてるから」

「え? あ、ほんとだ。トドメさす?」

「おねがいー」

「了解っと」


 フィル兄さんが腰に下げていた剣で逆立ちしていたマッスルディアの首を綺麗に切る。相変わらずいい腕をしている。


「自分でやりなさいよ」

「剣ないし」

「持ち歩きなさいって言ってるの」

「あんまり森の中でじゃらじゃらと持ち歩きたくないんだよね。一応短剣は腰にさしてるけど」


 ソーカ姉さんが言いながらキックバードの羽毛をはぎ取ってくれる。


「大物はこっちで片付けていいのか?」

「うん。キモ、楽しみにしてるよ」

「坊も通だなぁ。まあかあちゃんには言っておくよ」

「うちの母さんはあんまり好きじゃないからなぁ。父さんは大好きなんだけど」

「オレもダメな。食感が好きになれない」

「まあ内臓ってだけで食べたがらないやつは多いからな」

「お酒に合うのに」

「姉さんはほどほどにね、あんまり見えないけど妊婦さんなんだから」

「はいはい、分かってますよ」


 姉さんはまだ目立っていないが妊娠中である。だから父さんたちと一緒に狩りには出ないで村で手仕事をしていたはずだが……たぶん飽きてこっちに来たんだろうな。

 ダズおじさんとフィル兄さんが手早くマッスルディアを処理してくれる。僕より体が大きい分やはり手際がいい。


「んー、この辺はまだ大丈夫かな」


 罠の場所は定期的に変えているが、どうしても同じような場所を順繰りしてしまう。そうなると獲物を加工したときに出たゴミも同じような場所で処理することが増えてしまうのだ。


「よっと」


 無属性の魔法で地面に穴を掘る。ちなみに地属性の魔法のが効率はいいが、オレには使えないので無属性の念動で代用だ。

 マッスルディアの血も地面ごとひっくり返して埋める。血の匂いが大量に残ってしまうと他の生き物に影響がでるので結構深めに掘らないといけない。


「相変わらず便利だな」

「手が汚れないのがいいでしょ」

「そういう意味じゃないと思うけどな」

「あのねクラフィ、穴を掘るって結構重労働なのよ?」

「それはそうね」

「頭も埋めたれ」

「了解。地面においてよ」


 角の取られた頭を渡されそうになったが血だらけだから受け取りたくない。


「なんで狩りをしたお前よりオレのが血で汚れてるんだ……」

「フィル兄さんも覚える? 簡単だよ?」

「意外と魔力使うんだよな、それ」


 あ、もうできるのね?


「だな。ぶっちゃけ地属性の魔法で動かした方が効率いいぞ」

「そっちが使えないんだよね」

「まあしゃあないわな。それも才能だ」

「親父もクラフィも魔法が使えるのがうらやましいよ」

「あたしも簡単な火なら起こせるくらいなのよね」

「帰るか」

「あれ? 魔法の袋は?」

「そういえば。誰か持ってきた?」

「親父は?」

「誰か持ってくると思って」


 何のために呼んだんだと思ってるんだよ。


「まあこんな時のための息子だ」

「オレかよ。まあ運ぶけどさ」


 そんな話をしつつ、獲物を簡単に加工、片付けを行う。獲物が大きいので時間こそかかったが、無事に完了。今日は早めに家に帰るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る