第4話 さらば『アムールアドニス』

「つまり、この位置までグラビトンフレアを運搬する必要があると?」

「そうでないとこの艦が時空震時に発生する次元の裂け目に重なってしまう可能性が高いです」


 しゃべり方が独特なDrウォンを早急に休ませ、ともにシミュレーションの開発をしたルージュに説明を求める。

 ルージュの説明によると、本艦とグラビトンフレアの位置関係が大事らしい。


「シミュレーションが正確なのであれば、の前提の話になりますが」

「怖いことを言うなよ。これしかあてにできないんだから」

「時空震の観測例が多くありませんし、最初から観測できていた事案になるとそれこそ少数でしたから仕方ありません」

「それはしょうがないさ」


 艦内のライブラリにデータが残っていたのだからむしろ幸運だろう。

 それよりも大事なのはグラビトンフレアの設置だ。宇宙空間というのは文字通り前後も上下も左右もあいまいな摩擦のない空間である。そんなところで一発のミサイルに停止をしていろといのは無理な話だ。


「まあな。とはいえそっちは解決できるだろう」

「どうなさるので?」


 特器倉庫に収められているグラビトンフレア。正確に予定の位置に置いておくには、発射して狙撃というわけにはいかないのだ。


「連中の置いていったアンドロイドを使う」


 脱出艇で逃げてきた人間たちの中にアンドロイドも多く含まれていた。脱出艇を運転していたアンドロイドもいるし、人間の世話役として一緒にきたアンドロイド、それと脱出艇が出るタイミングで近くにいたアンドロイドである。

 艦内備品である彼ら彼女らだが、見た目は人間だ。救えるのならば救いたいと思うのが人情だろう。

 だが小さな脱出艇で宇宙を漂うとなると話は別だ。荷物は彼らの食料や空気が優先になるし、重量も軽い方がいい。

 結果として脱出艇で共に逃げてきたアンドロイド達の大半が当艦へと残されてしまっていた。


「……いやな命令をする羽目になるな」


 だが人間と違い恐怖心を持たず、命令に従順なアンドロイドにしかできない仕事だ。グラビトンフレアをランチに乗せてランチをアンドロイドに運転させる。そのランチを空間跳躍のエネルギー放射予定地点で待機させるのである。


「そうなるとランチも一つダメになりますね」

「そっちはいっぱいあるから問題ないさ」


 あの中将閣下の置き土産だ。こちらは単操艦なのですが?


「ではアンドロイドを一体こちらに同期させます。名称はいかがなさいますか?」

「これから死にに行ってもらうんだぞ? ……元々の名称で呼んでやれ」

「了解いたしました」

「念のため誰もいない発着場を使うぞ。こんな状況下で馬鹿を起こすのが馬鹿な人間だからな」

「理解できかねますね」

「まったくだ。わざわざレッカー移動させるのが面倒だからグラビトンフレアはオレが空間庫で運ぶ。もろもろの手続きは省略だ。これ命令ね」

「了解いたしました」


 こう言っておかないと様々な書類に目を通さないといけなくなるし、そもそもグラビトンフレアの使用も本部からの許可が必要だ。そんなものをもらう暇はない。


「ですがグラビトンフレアの使用に関しては」

「移動させるだけだ。発射はしない」

「屁理屈ですね。了解いたしました」

「はっはっはっー」


 グラビトンフレアの使用には統一宇宙軍の本部の許可が必要である。だが移動に関しては本部の許可は必要なく、管理者の責任で移動させられる。

 空間跳躍のための魔導エネルギーの放射予定地点に置いておくだけである。

 一番難しい作業はアンドロイドがやってくれる。オレはただいつもの移動の時と同じように、空間跳躍の手順を踏むだけでいい。しかも船を動かさないでだ。

 こんなに簡単なことはオレじゃなくてもできるはずだ。


「艦長?」

「……ああ、すまん。思ったより緊張しているようだ」

「珍しいですね。しっかりしてください」

「……お前のやさしさに涙がでそうだよ」


 これだからアンドロイドは困る。

 それから正規の手順を色々とすっ飛ばして準備を完了させた。

 緊張こそしていたがイカやイルカ、クジラからの妨害もなく、タイミングがどうとか時間がこうとかそんなものもなかったのであっさりと空間跳躍のエネルギーを照射。

 そして発動する時空震。

 宇宙にヒビが入る様を初めて見た。

 空間と空間の裂け目が音もなく開き、そしてそれがそこら中に広がっていく。

 クジラが悲鳴を上げている? いや、幻聴のはずだ。宇宙空間で音など伝わってこないのだから。

 ただし静かに移動をしているだけに見えていたクジラの体に、ヒビが重なっているように見える。どうやら一矢報いることができたようだ。倒せるかは知らんが。


「-------――」


 誰かが何かを言っている気がするが、ぼやけた世界の中では何も聞こえない。光に包まれたのか、闇に覆われたのか。

 それすら判断できない形容しがたい世界が視界を埋め尽くしたと思った瞬間、オレ達は艦ごと転移に成功したのであった。






「クッソ! こうなったか! メインエンジン出力最大! 重力圏内から宙域空間へ脱出だ!」


 重力にひかれて落下するアムールアドニス。まさかどこかの惑星の重力圏内に転移したようだ。どんだけ薄い確率を引いたんだよ!


「メインエンジンの出力があがりません。魔導エンジンの出力不足もしております。重力圏内からの脱出は不可能です」


 そんな会話をしつつも、徐々に惑星に吸い寄せられているアムールアドニス。こりゃあ不時着待ったなしだ。


「発信ポットを射出! 救援要請を出せるようにしておけ! 艦はこのまま惑星に突入するしかないか。重力圏内での飛行はどうか」

「計測中……メインエンジンはもうダメですね。魔導エンジンの残エネルギー量を考えるに三十分が限界かと、魔導核の交換ができればもっともつのですが」

「メインエンジンが動かないんじゃ交換作業も行えないわな。仕方ない、どこか降下できる場所を探すぞ。それと宙海獣はどうか?」

「いくつかの残骸がセンサーにはおりますが、生存している個体は確認できておりません。共に重力圏内へ落下していっております」

「よし、そっちの危機からは脱したか」


 敵と戦いながら惑星にひかれる事態にはならなかったのは幸いだ。

 アムールアドニスは宇宙艦ではあるが、重力圏内での活動も可能な万能艦だ。とはいえやはり宇宙艦なので全長が長く重量もある。長時間の飛行は艦内のエネルギーをドカ食いするからあまり推奨されない。


「了解、地上部をスキャンします。着陸可能地点は海面と湖面くらいですね。水質の調査が行えていないので湖面を推奨」

「宇宙軍の施設や民間の発射場なんかは……」

「そういった文明レベルの施設は確認できておりません」

「だよな。まあそりゃそうだ。重力は?」

「1,02Gになります」

「そうか、じゃあ艦内の重力制御は必要ないな。空気はどうか?」


 人類は宇宙に飛び出し様々な星に進出しているが、それでも宇宙全体から見れば1%にも満たないレベルでの進出である。当然のように未開拓や未発見の惑星が存在する。


「大気が確認できております。すでに解析を開始しておりますが、入植可能な惑星の可能性は非常に高いです」

「ま、それは今後の調査次第だな。もっとも、この星から出られないのが難点だが」


 メインエンジンは交換が必要だと言っていた。さすがにメインエンジンなんか交換用にストックなんかないのである。メインエンジンの補助としている魔導エンジンならサイズが小さいので交換用のものがあるし、魔導核の在庫もある。

 だが魔導エンジンでは出力が足りないので、0,8G以上の重力圏内からの脱出は不可能だ。救難信号を送って救出を待つしかない。


「現在地は……」

「不明です。当艦のデータ上では同一の惑星を確認できておりません」

「未知の惑星なのはしょうがないとして、未知の星系じゃないといいがなぁ」


 オレの言葉にルージュは首を振る。ま、そりゃあそうだわな。


「とりあえず現状把握も必要だが、お仲間達に着艦の許可を出して休んでもらうことにするか」

「よろしいのですか?」

「あんまりよろしくないが流石にな」


 単操艦だが部屋数は豊富だ。ずっと張りつめていたのだからみんなベッドで休みたいだろう。


「残った人数は22人だっけか」

「はい」

「じゃあ希望者にはアンドロイドを一人一人につけてやれ。残ったアンドロイドはすべてメンテナンスチームとファームチームに合流、艦内整備に当たらせてメインエンジン以外の治せる部分を全部直させてくれ」

「湖面着陸になりますので艦の底部外装は治せませんが」

「あ、そうだったな。まあできる範囲で頼む」

「了解いたしました」


 オレとルージュの会話を聞いていたレッドが救助艇にアナウンスを、赤がアンドロイド達に指示をだしている。


「出迎えにブルーと青を向かわせてくれ。部屋割りは任せる。青にはサカタ准将をこちらまで案内するように指示を出してくれ」

「了解いたしました」

「艦の状態と外の状況の把握が最優先だな。艦の方は……エンジン以外はダメージ受けてないんだな」

「電磁バリアと魔導バリアが優秀でしたので。艦外部の情報確認のため各種観測ドローンを飛ばしたいと思います」

「許可する。水質の調査を念入りにしてくれ」

「了解しました」


 整備されていない惑星に、三キロメートル級の船がしっかりと着陸できるような平地はなかなか存在しない。どうしても起伏があるからだ。だから海面や湖面といった水上に着水するのだが、その水が厄介である可能性がある。

 海面かと思って着水したら、それは巨大なスライムだったなんてことまであるのだ。まあかなり稀な例だが。

 しばらくはドローンから送られてくる情報に目を通す時間になる。大気があり空気がある、つまり空気を生み出す何かがいるということだ。

 惑星というのは様々だから空気を生み出すのが植物とは限らないが、植物が一番多いのは事実。

 そして植物が多ければ虫や動物が、もしくは人や魔物がいる可能性がでてくる。

 さまざまなデータが出そろい始め、艦内部の状況も含めて問題が次々と浮き彫りになってくる。特に一つの問題がオレの表情を曇らせた。

 もうなんか最悪が続くな。くっそ。恨むぞ神様。

 そんな作業をしていると、青がサカタ准将を連れてきてくれた。


「ブルックリン少佐、よくやってくれた」

「いえ、サカタ准将が背中を押してくれたおかげです。差し迫った命の危機は脱しましたが、予断を許さない状況です。どうぞおかけください」


 軽く握手を交わし、副長席で申し訳ないが椅子に勧める。准将が座るのを確認し、メインモニターに宇宙から落下してきたときにとった映像や現在の周辺環境のデータを表示させる。


「ふうむ、未確認の惑星……であるか」

「そのようです。この周辺に限ってですが、大気は安定しております。サプリで対応できるかと」

「メインエンジンが修復不可能とのことだったな」

「ええ。さすがにあれは各メーカーがブラックボックス化しておりますから。表層的な部分の修理やメンテナンスはアンドロイド達でもできますが、根源的な部分は情報開示がされておりませんので」

「さっきの、何と言ったかな? あの科学者は」

「Drウォンですか? 彼もエンジンは専門外と言っておりましたね」


 確認したが無理だと言っていた。仮りに知っていたとしてもできるとは言わないかもしれないが。


「となると惑星からの脱出は困難か」

「惑星に落ちる前に救難ポットはだせたので、近くの基地にいつかは信号が届くと思いますが」

「まあいつになるかは分からぬな。食料状況はどうか?」

「ファームエリアもありますのでそれなりに。ですが単操艦ですので農場のみの運用しか……」


 ファームエリアというのは文字通り農場である、艦の中央部分の最も広い範囲に設置してあるエリア。田畑や牧場などが設置できるようになっており、艦内の空気を循環させる役目とクルーのための食料の生産の役目を担っている。このエリアを艦内に作ることが義務付けられているため、宇宙艦というカテゴリの艦は巨大になっているのである。


「ふうむ、となると……艦外活動が必要になるかもしれぬな」

「そうですね。ですが、それ以上のものが必要になりそうです」

「む?」

「こちらのデータをご覧になってください」


 そこに映し出されたのは魔導エンジンに使われている魔導核のデータだ。


「これは、魔導核か?」

「ええ、本日運用していた魔導核の魔力が残り少なかったので新しいものと交換をしました。そして艦内での魔導充填機にセットしたのですが、ほとんど魔力が回復いたしません」

「なんだと!? まさかこの星は!」

「ええ、限りなく魔力濃度が低い星のようです」

「なんということだ……精霊が生まれる前の星か」

「そのようですね」


 大気がある惑星としてみると、かなり珍しい部類になる星だ。惑星自体が生まれてからそんなに経っておらず、生命の営みが若い星なんかに見られる魔力の薄い星。

 開拓がしやすく、入植しやすい星ではあるが今のオレ達の状況からみるとかなり悪い状況だ。


「この艦の魔導核はどれだけ持つのだ?」

「クルー全員の生活と艦の維持というだけであれば一年。艦を移動させる必要がでてくれば移動距離によりますが、場合によっては魔導核をひとつ使い切ってしまうので再計算が必要になりますね」

「その間に救助がこなければ」

「ええ、サバイバル生活待ったなしです」


 そしておそらく、救助はそんなに早く来ないだろう。


「オレは艦を守る義務があります」

「うむ。分かっておる。私も基地艦で、何人もいたお飾りの人間ではあるが副長だったからな」

「明日、全員に説明をします。そのうえで艦を捨て、外で生活できる準備に入らせます」

「うむ。幸い一年近く時間があるのであれば仮説基地の建造も行えるだろう。資材はケチるなよ?」

「当然です。オレの家にもなるわけですからね」


 艦長は可能な限り艦の維持と保全をしなければならない。これは宙域間を航行する船のすべての艦長に課せられた使命だ。

 その艦で何があったのか、どのような航海をしてきたのか。どのような未知の存在にでくわし、どのように全滅したのか。それを後世に伝える役割がある。

 それはクルー達の命よりも、そして自分の命よりも重い使命だ。

 艦内にはファルム中将の残していった単操艦とは思えないほどの資材と備品が残っているし、オレの空間庫の中にも色々と残っているな。これらを使えばかなり長い間生活ができるだろう。

 ファームエリアの農作物、種なども大量に確保でき、アンドロイド達も一旦同行させる。

 湖の近くには他の生物を襲う危険な肉食生物も多く発見されたため、湖から続く川に沿った平地に基地を建設。徐々に生活の基盤がそちらに移された。

 この名前も決まっていない惑星に我々が辿り着いて約九か月。農地も無事に開拓でき、狩りで生計が立てられるようになった。

 そして同時に、アムールアドニスの魔力核も最後の一つが陰りだしたのであった。


「現艦長タケオ=ブルックリンの命により、完全休艦状態への移行を開始する」

「了解いたしました。完全休艦状態への移行を開始いたします」


 魔力の温存のため、すでにアンドロイド達は休眠状態になっている。そのため今作業を行っているのはオペレーションチームのレッドとメンテナンスチームのダークだけだ。


「完全休艦状態になると、半年に一度の半覚醒を除いて起動は不可能になる。残りは、分かるな?」

「はい艦長。救援が確認でき次第基地に連絡いたします」

「ああ、頼む」

「……艦長、また」

「……ああ、レッド。艦を頼む」


 水面の浮かんでいた巨大な宇宙艦からあらゆる光が消え、水上に浮かぶために稼働していた重力制御もカットされ、徐々に湖に沈んでいく。

 着任して三年程度だったが、濃密でいて充実していた生活をさせてくれたオレの戦艦。職場であり家であり、誇りだった。

 涙で視界が歪む。

 仲間達に支えられ、オレは新たな家への帰路についた。

 ああ、なんかむしゃくしゃするな。狩りにでもいこう。なーに、武器はあるし魔法もある。爆散させなきゃ食えるしいいだろ?





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