第3話 危機的状況

「交換作業完了いたしました」

「ロックオン完了しております」

「拡散魔導砲、発射!」

「発射します」


 艦首の主砲口から魔導エネルギーが放出される。ぶっといビームである。

 そのビームは途中で分裂し、ルージュがロックオンした宇宙イカの群れに吸い込まれてそれぞれに直撃していく。

 誘導性が高く威力も十分。素晴らしい。


「敵勢力の約0,02%の撃滅に成功」

「嬉しくない報告をありがとう。魔導核の交換を。また拡散だ」

「了解です」

「副砲もすべて展開、下がり撃ちでイカを狙え」

「すべてですか? 実弾もございますが」

「効かなくとも軌道くらいは変えられるだろ。出し惜しみはなしだ。とにかく艦を守る行動をしろ」

「了解です」


 オペレーター達から指示を受けたメインコンピューターがせわしなく処理を行う。

 その間にも味方の戦艦が徐々に数を減らしていくのが分かる。くそ、数が多すぎだ。


「コーラルリーダーが轟沈! 救難信号が複数!」

「脱出艇か。数は?」

「二十機出ております、半数がこちらに向かってきます」

「たどり着けたら受け入れてやれ。こっちから迎えに行くのは無理だ」


 イカは体当たりしかしてこないが、数が多ければそれだけで脅威だ。


「バリアを解除しなければなりませんが」

「分かっている! だが友軍を見捨てるわけにはいかないだろ」


 救える味方は救うべきだ。


「……コーラルリーダー、脱出艇三機の破壊を確認。残り七」

「くそっ! 脱出艇の援護だ。そちらに向かっているイカとイルカの駆除を最優先! 抜けた穴をコーラル12番に埋めてもらえ!」


 できれば迎えに行ってやりたかった。とはいえ自分の艦の位置取りを変えれば他の艦にも影響がでる。実際基地艦でもあるコーラルリーダーの抜けた穴はかなり大きい。


「最初の脱出艇到着まであと四十秒です」

「二十秒前でバリアの解除。そこから最後の脱出艇の回収まではバリアが展開できなくなるぞ! 弾幕を厚くしろ!」

「了解いたしました」


 そうこうしているうちに脱出艇が到着。再びバリアを展開して一息つく。そうこうしていると脱出艇の責任者がモニターに顔をだしてきた。


「こちらコーラル52番の艦長タケオ=ブルックリン少佐です。そちらで一番階級が上なのはどなたですか?」

『ジュンペイ=サカタ准将である。ブルックリン少佐、世話をかける』

「ご無事で何よりですサカタ准将。とはいえそのまま脱出艇で待機をお願いします。当艦もいつ落とされるか分かりません。戦局が打開されるか撤退指示がでるまではこのまま戦闘を続行しなければなりませんので」

『いや、それには及ばない。これ以上の戦線の維持は困難だ。今すぐ撤退したまえ』

「そうしたいのはやまやまなのですがね。遅滞戦闘の命令書はオーランド大将からの命令でして、サカタ准将のご命令を聞くことはできないんですよ」


 色々と上層部ににらまれてしまっているオレだ。ここでこれみよがしに命令違反をおこなったらどんな処分をされるか分かったものではない。

 引くも地獄進むも地獄の状況だ。まあいよいよの時には命令を違反してでも退避はするつもりだが、それなりの言い訳が必要になる。


『作戦中枢のコーラル基地艦が落ちた段階ですでに戦局は決まっておろう!』

「自分もそう思うのですがね、どうやらコーラル基地艦の後釜が到着したようです」


 でかい空間跳躍反応がさっきからでていたが、それが姿を現した。


「二十キロメートル級の基地艦……人類の切り札のご登場ですね」

『むう、まさかカグヤが前線に出張るとは』


 巨大な戦艦、基地艦と呼ばれる双胴艦だ。全長約二十キロメートルで運用できる戦艦は百を超える人類最高戦力である。


『カグヤよりコーラルチームへ、現状の戦局状況から新たな戦闘プランを用意した。確認次第担当宙域に展開し迎撃作業を継続したまえ。コールサインは現状維持だ』

「一方的な通信だな。コーラル基地艦が落ちていることにも言及なしだし。なるほど、カグヤの護衛艦隊に加われと。これよりコーラル52は遅滞戦から護衛戦に移行。お、少し下がれるな」


 この位置取りは運がいい。辿り着ければだが。


『大丈夫なのかね?』

「カグヤの攻撃力次第ですかね? クジラに通用すると思いますか?」


 少なくとも出現したらその太陽系が丸ごと滅ぼされるような相手だ。人類の攻撃でまともにダメージを与えられるとは到底思えないが。


『重力波砲かリミッターを解除した核攻撃のどちらかだろうな。ダメージくらい与えてもらいたいものだが』

「両方かもしれませんよ? 相手の大きさが大きさですからね。お送りはできませんが、カグヤに移られるのであれば発艦許可を出しますが?」

『……命からがら逃げてきたクルー達にまた宇宙空間に出ろとは言えぬな』


 ああ、そういえばそうか。そりゃ不安になるわな。


「了解しました。では申し訳ありませんが待機でお願いいたします」

『うむ』

「すべての脱出艇に現状の状況をアナウンスします。何か大きな変化がございましたら、報告いたしますね」


 准将との通信を終わらせると今度艦内アナウンスの番だ。


「コーラル基地艦より来られた皆様、こちらは三キロメートル級試験艦『アムールアドニス』、コールサインコーラル52の艦長タケオ=ブルックリン中佐です。現状戦闘が継続されておりますが、二十キロメートル級の基地艦『カグヤ』が現着をしコーラル基地艦に代わり指揮をとっております。状況が落ち着き次第カグヤへとお送りいたしますので、それまではそちらの脱出艇で待機をお願いいたし」


 モニターしていたイルカ達が一斉に目を光らせた!? なんかヤバいぞ!?


「電磁シールド及び魔導シールドを最大展開! 対ショック体制! 身を小さくしろ! 脱出艇は火を落とすな!」


 座っていたシートの手すりを思いっきりつかむ。外部モニターが光に包まれたと思ったら、艦体に強い衝撃が走った。






「……無事か、被害状況確認!」

「確認します、バリアにより攻撃はすべて押さえました。艦体部に問題なし」

「確認します、コーラル基地艦からの脱出艇を固定していたアームが一部破損しております。アームから外れた脱出艇が横の脱出艇にぶつかって事故が発生した模様」


 まじか! そっちは早めに対処しないとまずいな。


「……こちらブルックリン中佐だ。そちらの被害状況を確認したい」

『は! 目に見えた怪我をしたものはおりません』

『こちらも同様です! ですが脱出艇が』


 怪我人はなし、その言葉を聞いて一息つく。アムールアドニスが落ちたら再び彼らは宇宙に出る必要があるから、シートにしっかりと体を固定していたようだ。


「把握している。とりあえず怪我人が出ていなくて何よりだ。そちらの二つの脱出艇のクルーは他の脱出艇に移動、そのあと念のため検診を受けてくれ。移動のための着艦を許可します。移動が終わったらぶつかった脱出艇は外に放出しますので荷物は残さないように。ドローンを向かわせますので荷物は連中に任せてください」

『了解しました』

『お心遣い感謝します』

「ええ、急ぎでお願いしますね」

『ブルックリン中佐、大丈夫かね?』

「准将、今は艦内状況の確認中です。先ほどの敵からの攻撃で外の状況も把握できておりませんし……状況確認を行いますのでしばらくお待ちを」


 とはいえモニター上では状況は分かっている。

 こちらを攻撃していたイカごとイルカ達が一斉攻撃を仕掛けてきたのだ。具体的にどういった攻撃だったのかは分からないが、とりあえずバリアで防げたので良かった。

 だが赤がこちらに視線を送ってきている。航行システムに問題か。通信を一度切る。


「先ほどの攻撃によりバリアに負荷がかなりかかりました、艦体を守るためとはいえ過剰出力となったようでメインエンジンの出力が30%まで低下しております」

「魔導エンジンの方はどうだ?」

「そちらは魔導核の交換作業を急がせております。ですが移動にエネルギーを使うとなると、魔導バリアの展開ができなくなります」

「メインエンジンの出力の代わりにするんじゃあそうなっちまうか」

「メインエンジンの出力再生は現状不可能です。大がかりな交換作業が必要になります」


 流石にメインエンジンの予備なんて持ってないからなぁ。


「そうか。とりあえず魔導バリアを展開して周辺状況の確認を」


 三年落ちとはいえ試験艦、しかも『あの』中将殿が自分のためにと(軍の)資金をこれでもかとつぎ込んで開発されたアムールアドニスでさえこれだけダメージを受けたのだ。

 旧型の、しかも小回りも効かない五キロメートル級や部分的にしかバリアが張れない基地艦の生存は絶望的だろうな。


「あー、こっちにだいぶ向かってきてるな」

「脱出艇ですね……幸いイカもいませんしイルカも攻撃活動を停止しているみたいなので大体回収できそうです」

「……これより救援活動を行う。その後撤退……と行きたいが、どうにも逃げ場がないな」


 先ほどのカグヤからの命令で位置を変更中に攻撃を受けたのだ。バリアのおかげで艦自体は無事だが、だいぶ位置が流されてしまっている。

 しかも後方に押し込まれたのでなく、側面に。

 クジラの正面から抜け出せはしたが、大量のイカとイルカが周りを漂っている。こんなにいたのかよ。


「脱出艇を順次回収します」

「了解、それと各責任者を一人ずつ呼び出してくれ。現状を伝えて知恵を借りたい」


 単操艦とはいえ三キロメートル級の戦艦だ。脱出艇程度の大きさの物なら百来ようが回収できるサイズである。とはいえ過去一の積載量になったが。

 脱出艇をすべて回収、再び魔導バリアのみを展開してそれ以外のエネルギーを極力落とす。宙海獣に効くかは分からないが、とりあえず息をひそめることにした。

 そして脱出艇の面々の責任者の皆様、総勢15名がモニターに顔をだしている。サカタ准将が一番階級が高いな。


「さて、命からがら逃げてきた皆さん。残念ですが現状当艦は危機に瀕しています。艦メインエンジンが先ほどの攻撃で中破、出力がでず空間跳躍航行が行えませんし、通常航行も本来の速度の半分程度しか出せません。まあ宇宙空間ですから直線だけならそれでもそれなりの速度になりますがね。そして我々の敵である『宇宙イカ』と『宇宙イルカ』と『宇宙クジラ』の配置がこちらです。空間跳躍が行えず、移動もイカに追いつかれる速度しかだせません。魔導バリアで亀のように縮こまって移動できないこともないですが、攻撃を食らい続ければいずれ魔導エンジンも限界がくるでしょうね」

『『『 !!!! 』』』


 各モニターの責任者の皆様から表情が消えたり、恐怖におののいた表情に変わったりした。現状を把握したようだな。


「ついでに言うと当艦以外で無事な味方艦は把握できておりません。カグヤも落ちたようですし」


 なんならカグヤから脱出してきた人、一番人数が多いぜ。


「……正直詰んでいる状況です。どなたでも、どんな意見でも構いません。現状を打破できるような何か、生き残る道筋がないか、諦める以外の選択肢を持っておられる方はおりますでしょうか?」


 オレの脳みそではここから生き残れる道筋が考え付かない。こうなったら人の意見を取り入れるしかないだろう。


『……元コーラル33だ。この船の兵装を知っておきたい』

「なるほど、そうですね。レッド、兵装データの転送を」

「了解いたしました」


 すべての救助艇にこちらの兵装と現状で出せる出力などのスペックを転送させた、全員がモニターに釘付けになっている。状況把握ができている人たちばかりで心強い。

 とはいえほぼ全員の表情が死んでいるな。データを読み込めば読み込むほど絶望的な状況なのが分かってしまうからだろう。


『正直、お手上げとしか言いようがないな』

『脱出艇のみで宙域を漂っていたほうが、見逃してもらえるかもしれないな』

『確かに』

『十メートル程度の小型艇だからな。イカの目にも留まりにくいだろう』

「……ご希望がございましたら発艦許可をすぐにでもお出しいたしますが? その後の救助のあてはございませんが」

『『『 そこなんだよなぁ 』』』


 真面目にやってください。


『ぁのう、ちょっとよろしいでしょうかぁ?』

「はい、自分ですか?」

『はぁい、この艦は『あの』アムールアドニスなんですよねぇ?』


 ずいぶんと間延びした話し方をする人だな。いや、この人は軍人ではないのか?


「あの、がどのことを指すのかは知りませんが、確かに当艦はアムールアドニスです」

『じゃあぁ、ありますよねぇ? 特器倉庫がぁ。まだ積んでたりぃしてません? グラビトンフレアを』

「……よくご存じですね」

『いやはやぁ、やっぱりねぇ。そちらのぉ艦のぉ、一部の設計を担当したのがボクでしてぇねぇ、武装なんかにも関わってぇいたり。あ、ボクはぁ、ES連合社より出向しているウォンと申すものでしてぇ。Drウォンなんて呼ばれてたりするんでぇす』

「Drウォン、グラビトンフレアは単独では強力な兵器ですが、四方を囲まれている現状では役に立ちませんよ」

『確かに、敵の防壁に穴を開けられはするだろうが』

『船足が遅くてイカやらイルカやらに追いつかれて落とされるだろうな』


 流石みなさん、分かっていらっしゃる。


「とのことです」

『いやぁ、いやいや、そんなことはぁ承知ですよぉ』


 そこまで言ったウォンの雰囲気が一変する。


『グラビトンフレアは重力場を乱して惑星や衛星を破壊する強力な兵器ですがね、こいつが作用するのは物質にではなく、重力場。つまり空間に作用する兵器ってことなんですよ。そこに空間跳躍のための魔導エネルギーをぶつければ空間自体に大きな亀裂が入る。つまり大規模な時空震が発生するわけです』

『それを意図的に起こすと? は? 本気で言ってるのか?』

『危険すぎる!』

『時空震だぞ!?』

『そうです! 時空震を! 意図的に! 大規模なやつをね! 宙海獣の連中が宇宙空間でどのような生活をしているかは分かりませんが! 時空震に巻き込まれればどのような結果になるか! 軍人の皆さんは良くご存じでしょう!』


 っ!? エルブラッド時空震事件!


『運が良ければ我らは別空間に転移、そして……宙海獣の連中も巻き込める、というわけだ』

『その通りです! クジラはあのサイズですからね! 時空震には確実に巻き込めます! 皆さん! 歴史に名を遺すチャンスですよ!』


現在、過去、未来……いつの時代の、どの時空の宙域にでるかは不明だけどな。


『しかし、空間跳躍は行えないのではないのかね?』

『空間跳躍を行う最低速が出せないだけであって跳躍を行うための魔導エネルギーは魔導核に封入されていますよ? ですよね、ブルックリン艦長』

「……ええ、それはもちろん」


 艦自体の速度を上げて艦首主砲部から跳躍エネルギーを進行方向に放出、空間に穴を開けてそこに突入をして目的まで跳ぶのが空間跳躍の仕組みだ。

 今回は宙域にグラビティフレアを放出、そこに跳躍エネルギーをぶつけて時空震を起こすというものだ。


『……ブルックリン少佐。このままでは我々は全滅だ。どうせ死ぬのであれば、せめてクジラを道連れに死にましょう。そして万が一生き残れたら、盛大に笑おうではないか』

「准将」

『アムールアドニスに身を寄せている以上、艦長である君が最高責任者だ。むろんそれは把握している。それでも良ければ、私が皆に命令をするが?』

「……いえ、私の仕事を取らないでいただきたい。Drウォン、あなたの着艦を許可します。こちらのメインコンピューターと共に最も巨大な時空震を起こすにはどうすればいいか計算をしてください」

『了解しました!』

「希望があれば脱出艇の発艦の許可を行います。今のうちに脱出すれば時空震の外に逃げられるかもしれません。もちろん規模によっては時空震に巻き込まれるかもしれませんが、少なくとも当艦にいるよりは安全でしょう」

『了解した。クルーの意見を確認する。こちらに残る希望者がいたら受け入れてもらえるか?』

「その場合は他の脱出艇に移動してもらう形になります。当艦が落ちた場合には逃げていただきたいですから」

『……もし我々が生き残ったら、アムールアドニスの名を世に広めることを約束しよう』

「作戦立案はDrウォンですからね。ES連合社の天才の名前も残してあげて下さい」

『起こすのは天災だがな……くだらないことを言った。すぐにクルー達に確認作業を行う』

「船内で問題が起きてもいやなので、クルー達に強制はしないようにお願いします」

『分かっているさ、ではな』

「はい」


 Drウォンは管制室に到着すると、すぐに計算を開始した。


「クジラを倒す計算ではなく、オレ達が時空震に巻き込まれても、死なない計算をするように頼めますか?」

「おや、軍人さんなのに意外だねぇ」

「死にたくないのもありますが、艦とクルーを守るのが艦長の務めですので」

「……安心してください。ボクも死にたくないですからね」


 初めからその気だったようだ。

 計算、というがDrウォンはうちのレッドとルージュのサポートの元に時空震シミュレーターなるものを作り上げていた。この人やっぱ天才なんだろうな。

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