第2話 こうして彼は物資を手に入れた

「艦内登録を開始。魔力波長の確認を開始」


 科学の進歩した世界だ。遺伝子レベルでの偽造を防ぐため、登録は偽装が不可能な魔力の波長による本人確認が必要だ。


『了解いたしました、登録を開始いたします……タケオ=ブルックリン中佐ご本人と確認。コードの入力を……登録が完了いたしました。特別に指示がなければ今後は艦長とお呼びいたします』

「ああ、そのままで問題ないよ」

『了解いたしました。艦長の魔力波長に合わせて艦内の魔導核の最適化を実施いたします。艦内を自由に移動していただいて構いませんが、作業完了までの十時間、艦から降りることができなくなります』

「了解。では初期設定の実施を」

『了解いたしました』


 形だけの試験を受けその場で資格を発行されたその日の午後、新品のランチを使って新型艦に移動。

 さっそく入艦して初期設定の実施をすることに。さて、どこに何が仕込まれているのかね? まあなんとなく予想はできるが。

 と、その前に。


「ピカピカのシートだ。ビニールを剥がすのが気持ちいい」


 管制室の艦長席を撫でる。天然かどうかは分からないが、革張りでとても質が良い代物である。

 剥がしたゴミはとりあえず空間庫にしまう。こうやってゴミが溜まっていくんだよなぁ。鹵獲品とか魔物の死体とかテロリストの死体とか武装とか。


「とりあえず艦内順守の確認だな。モニターに提示を」

『了解いたしました』


 改めて艦長席に着席。メインコンピューターはまだ初期設定の最中だからアンドロイド達も起動前である。アンドロイド達に変なプログラムが入り込む前に対処をしておきたい。

 艦内順守とは、艦内に設定されている独自ルールである。同じ人類とはいえ、生まれた惑星や育った星系が違えば常識も大きく変わってくる。それらをひとつにまとめるため、基本的なルールが戦闘艦には設定されている。

 そしてこの艦内順守は就任した艦長や上級将官がある程度自由に変更や追記が可能なのである。


「統合星歴1220年に発行されたエンゼルクラウンの艦内順守との相違点があればそれを表示してくれ。それと艦有特許のリストも表示を」

『了解いたしました。こちらになります』

「おおう、やっぱ出てくるわな」


 これ見よがしに書かれているのがファルム中将とランドルフ大佐? の個人名称、フラムレイ特別中尉ってのもいるな。こいつらの指揮命令権が艦長よりも上に設定されていやがる。

 あとは移動経路や空間跳躍記録の改ざんをするためだろうか、大将以上の権威をもつ人間でないとこちらにアクセスするには特殊な手続きと艦長の許可が必要……か。これはこのままのが何かと都合が良さそうだな。


「とはいえ名前だけでなく個人コードも分かったのは助かるな」


 統一宇宙軍は人数が億を超えるから、名前と階級だけだと被ってしまって誰だかまで分からないからな。とはいえこの艦で調べはしない。あとでクレドス准将のオフィスを借りるかファルム中将の端末でもくすねて調べることにしよう。


「指揮命令権に関しては削除して、あとでアンドロイド達に命令を聞くフリをするように命令をしておくか」


 これは順守に記載せずに、アンドロイド達に口頭で指示をしよう。命令ではなく一時的な指示ならば記録に残す必要もないしね。


「艦有特許は荷物の検閲に関しての待遇か。特器武装が可能だから特器倉庫もあるのんだが、いいのかこれは?」


 特殊兵器のことである。あまり出番はないが、というか出番が来てほしくない類の武装のことだ。宇宙ステーションそのものを破砕するような高威力の兵器や、惑星の重力場に干渉する兵器、空間そのものに作用する空間跳躍阻害用の兵器などだ。まあ基本的には大量破壊兵器や大量殺りく兵器である。

 そしてそんな兵器が搭載可能な戦艦が、荷物の検閲を拒否することができるようになっているとは驚きである。


「しかもすでにいくつか搭載されてる、とな」


 搬入済みのリストを見ると、グラビトンフレアとジャンパージャミングが搭載済みになっている。グラビトンフレアはできれば降ろしたいが……まあこれは准将に相談だな。たぶん断られるけど。


「こっちは……標準的な統一宇宙軍の装備だな。この辺りで基地の新造なんて話は聞かないが」


 来週に予定している運搬予定の荷物のリストを眺めると、そこには歩兵用の武器や装備に制服。食料品に嗜好品。資材に加工用の重機なんかもリストに入っている。それにエアカーや非常用のコンテナハウスなどの災害地用の援助コンテナまでさまざまだ。新造の基地の基本備品セット的なものに見えなくもない。

 届け先の宇宙ステーションは軍施設だが、別段新造の基地というわけではないのに。今更こんなものが何で必要なんだ?


「あと武器が歩兵用に偏ってるのが気になるな。テロの前兆……に見えなくもないが」


 もちろんこれだけの資材の運搬だ。武器が混じっていても違和感はない。ただし通常ならばここまで歩兵用の武器をまとめて運ぶなんてことはない。そもそも運搬先のステーションはどちらかといえば資源回収と補給基地の割合が強いステーションで、兵士が武器を持って戦闘するような環境ではない。

 それなのに兵站部からの正式な命令書も発行されている。電子処理によって管理されている命令書はどんな人間でも偽造することはできない。

 更に作戦部所属のファルム中将では備品管理部の命令書は発行できない。この命令書自体は正式な物だ。


「一体どこの誰の、どんな思惑が動いているのやら」


 ファルム中将と同格、もしくは上の人間の関与も関わっている可能性が考えられる。少なくとも将官であることは間違いないはずだ。とはいえこちらとしても有用なものもあるのですべての変更をはせずに、一部の改ざんに止めるつもりだ。

 それらの処理が終わる頃、新型艦の初期設定の一部が完了した。さて、アンドロイド達と顔合わせをすることにしますかね。

 最初の指示は貴賓室を含む客室やらの監視カメラのない部屋に秘密裏にカメラを設置させることかね。






「随分と大胆なことをなされる……反吐がでるな」

「……艦長、いかがなさいますか?」

「とりあえず待機だ。中将……が戻るはずだ、ほらな」

「あのタイミングで……偶然にしてはできすぎな気が」

「しっかり記録を取っておいてくれ。それとここからは例の聞いたフリを徹底するように。何か命令が来たら必ず念話をよこせ」

「「「 了解いたしました 」」」


 オペレーターアンドロイドチームの三人と共に崩壊していく宇宙ステーションを眺めながら、そこから抜け出してきたランチを視認。恐らくあそこにはファルム中将御一行が乗っているはずである。


「さて、お出迎えに行ってくる。他の脱出艇がいたら保護するように」


 ……十中八九いないだろうけど。

 いかんな、こんな心持で出迎えなんぞしたら表情でバレそうだ。手で顔を軽くほぐし、ひと息をつく。

 そんなことをしながら管制室からランチの受け入れ口に移動。出入り口で待機をしていると、モニター越しに中将達が顔を出した。


『ブルックリン中佐、いま戻った』

「ご無事で何よりです中将。入艦を許可いたします」

『うむ』


 短い返事と共に、ファルム中将がランチから降りてきた。


「まさかの不幸な事故だった」

「ええ、まったくです」

「本当に、心が痛みますね」


 そんなことを言いながら降りて来たのは中将とその取り巻き達である。おや、知らない顔が二人ほど増えているな。


「ブルックリン中佐、こちらがアレクセイ=ランドルフ大佐だ。奇跡的にも共に脱出することができたよ」

「兵站部のアレクセイ=ランドルフだ。中佐、世話になる」

「同じく兵站部のセルゲイ=フィルチェフ中尉であります」

「お二人ともご無事でなによりです。入艦を許可します」


 こいつがランドルフ大佐か。写真で見るよりも体できているな。工作員の一人ってところか?


「さっそくで悪いのだが、こんな事態だ。情報を共有したいのだが」


 そう言いつつもカメラにちらりと視線を向ける中将。はいはい、秘密のお話をしたいのですね。


「了解いたしました。ですが会議室ではお体が休まらないでしょう。閣下の部屋はそのままにしておりますのでそちらでお話をしませんか?」

「それは気が利くな。艦長の提案に賛成だ。全員構わないな?」

「はっ!」

「ではカートで」


 艦内は広いので移動には専用のカートを使う。馬鹿らしいことにこのカートにまで中将専用のVIP仕様がご用意されているのだから徹底されているな。

 それらに搭乗、とはいえオレと中尉は普通のカートで後ろに着いていく。


「さて、ではブルックリン中佐。まずこちらにサインを頼む」


 貴賓室に入ると、中将の秘書達がお酒やらおつまみの準備に入る。彼女達は秘書であって秘書ではないらしい。


「はい。これは、受け渡しの……了解です」


 オレが運搬していた大量の武器や備品の受け渡し完了の書類だ。受取先のサインはすでに知らない名前が書かれている。


「受け渡し完了、しておりましたね。処理が終わったと思ったらあの事故です。驚きですね」

「ああ、その通りだ。受け入れ手続きをやっているおかげで命拾いしたが」

「くっくっくっ、はーっはっはっはっ! 二人ともなかなかの役者っぷりだ。だけどここでは必要ないぞ?」


 オレと大佐との三文芝居が面白かったのか、声を上げて笑いだす中将。つられて大佐もニヤニヤとし始めた。

 や、盗聴器も隠しカメラも特盛ですよ?


「なるほど、では早めに倉庫の荷物を片付けておかないといけませんね」

「ほう、話には聞いていたが……あの量が入る空間庫の持ち主とは末恐ろしい」

「自分でも最大容量が分かっておりませんが。それと通常規格のコンテナサイズがほぼ最大でそれ以上のものは入り口を通らないですけど」

「その噂を聞いて君に声をかけたのだよ。とはいえ眉唾だったのだがな」

「常識はずれな自覚はありますからあまり吹聴してませんでしたしね。とはいえこうして中将のお力になれるであれば幸いです」

「ふん。見え透いたおべっかを……」

「いやあ、こうして実際に物を手に入れられるとなれば話は別ですよ。あ、嗜好品のリストはご覧になりましたか?」

「120年物の赤はダメだぞ? あれはこのために手配したんだからな」

「あー、ダメでしたかぁ。じゃあお返しします」


 オレは予め別口で用意しておいた赤ワインを空間庫からとりだしてテーブルに置いた。


「はっ! 抜け目のない男のようだな!」

「だが話の分かる男でもあるようだ。よし、乾杯はこいつを開けることにするか。おい、こいつを頼む」


 中将が秘書を呼んだので彼女にワインを渡す。うん、無駄に色っぽいおねえさんだな。


「そういえば、お荷物は最終的にどこにお届けすればよいので?」

「プライベートな惑星を開発中でな、そこができたらそこに運んでほしい。二年以内には基地が完成、惑星の環境自体も五年以内には調整が終わる予定だ」


 個人所有の惑星ですかな? しかもテラフォーミング中? 金持ちな権力者さんはスケールが違うなぁ。でもそのスケールの規模的にここにいる人間だけではこの物品の横領やら大量虐殺やらは画策できないはず。他にももっと色んな人間が関わっていそうだ。

 准将の指示に従うつもりではあるが、もっと調査が必要だな。


「了解です。それまでは自分の保管庫に隠しておきますね」

「うむ。倉庫内のモニターは初期エラーが起きている設定になっておるから問題なかろう」


 そういえばそんな状態で艦を運用するつもりだったらしいね。とっくに直してるけど。


「了解しました。ところで中将、そのプライベートな惑星の基地には護衛艦が必要ではありませんかね?」

「ふははは! 私よりも惑星を使う頻度が多くなりそうだな! 働き次第では領地も用意してやるぞ!」

「ちなみに基地司令は自分だからな?」

「僕が副指令の予定っす」

「了解、では乾杯が終わったら倉庫に向かいます。モニターは早めに直しておきたいのです。とはいえまたエラーが起きるかもしれませんけどね。それとステーションの事故調査の報告書も用意しないといけませんから……大佐、すみませんがこまごまとした処理には付き合ってもらいますよ?」

「頼むぞ大佐」

「了解です中将。何、どんと命令をしてくれればいいさ。艦内では艦長である中佐の命令権の方が上だからね」


 んなことは欠片も思ってねーだろうが。


「よし、準備が完了したようだな。乾杯と行こうか!」

「「「 はっ 」」」


 高いワインが高いグラスに注がれる。中将自らのお酌だ。随分とご機嫌らしい。


「乾杯は、そうだな。作戦の成功に」

「「「 作戦の成功に! 」」」


 とんだ作戦もあったもんだ。

 ここからこんな悪事に三度ほど付き合わされることに。さすがに今回のような大量虐殺には加担したくないし実施もさせたくはなかったのでその辺の調整に苦労をする羽目に。

 横のつながりも含めてファルム中将と、その関係者の洗い出しを始める。軍ではなく関連企業も含めての調査になったのでかなり時間がかかってしまった。

 最終的に積み上げに積み上げた証拠でファルム中将とその派閥の関連の軍上層部の人間が軒並み失脚&処刑。彼の直属の部下達や秘書達も何らかの処分を受けたのであった。

 オレは准将からの命令で中将の懐に飛び込んだ潜入捜査員として処理されたので失脚には巻き込まれずにすんだ。

 ……とはいえ中将が隠した兵器や備品、それに財産の一部が見つからないし所在が不明となっているらしい。その辺の調査不足や中将の権威によって与えられた階級とのことで中佐から降格。少佐へなってしまった。艦長職から降ろされなかったのは軍の恩情か、それとも准将のさしがねか。

 はてさて、彼の残した遺品はどこの空間庫にしまわれてるんだろーね?





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