第3話

 


 旧レヴァノン邸に着いたシャルロットは小綺麗な状態のまま保たれた自室に飛び込むとベッドの上で盛大なため息をついた。


「はああぁぁぁぁぁーー……疲れたぁぁぁぁ」


 顔合わせに来ない女嫌いの婚約者候補と真実の愛の呪い、もうおなかいっぱいだ。これ以上心労を増やさないで欲しい。


「お疲れですねお嬢様、先程同じように旦那様もソファでぐったりとしておられましたよ、ふふふ」

「ばぁや……」


 そこには旧レヴァノン邸の管理を任されているシャルロットの乳母であるミージュが暖かいココアを運んで来てくれた。


 シャルロットはココアを受け取るとゆっくり、コクリと口に含む。程よく甘いココアはほんのり暖かく体の内側をポカポカと温めてくれた。


「王都に来たのは久方ぶりですね。今回は何用でいらしたのですか?」

「婚約者候補のご両親と顔合わせに来たの……」

「まぁまぁ、婚約者候補様の」


 ミージュは驚いたように目を見開き『もうお嬢様もそのような年頃になられて』と感慨深く目元を濡らしていた。

 いやいや、それが全然喜ばしいことでは無いから……。


「いいえ、全く嬉しくないわ。だってそのお相手の方女性が嫌いらしいの……そんな方と幸せになんてなれるはずないわ」

「まぁ、そのような方とご婚約を結ぶのですか?旦那様や侯爵様も了承を?」

「えぇ、この婚約は王命によるものなの。簡単には断れないわ」


 シャルロットの漏らした溜息にミージュは眉を寄せて、ただポンとシャルロットの背中をゆっくりとさすった。


 そして、ミージュは優しい声色で『よろしいですかお嬢様』と語りかける。


「愛されるのを待ってはいけませんよ。愛されるには愛される為の努力が必要なのです」

「愛される為の、努力……?」


 反芻して呟くとミージュはコクリと頷いた。

 愛される為の努力とは何だろうか。シャルロットはミージュの言葉に耳を傾ける。


「愛されるためには一理に優しさだけではありません。容姿、所作、性格それら全てを見られて人は愛おしいと感じるのです」

「私は、何から頑張ればいいのかしら」


 普段、学院にも通わず同年代の子と触れ合わない為かシャルロットは自分がどの程度の基準を満たしているのかあまりよく分からなかった。

 ミージュ『そうですねぇ』と考え込む仕草をし、シャルロットに向き直る。


「お嬢様はまず、婚約者候補様とお話出来るようにしましょうか」

「そ、そうよね、そこからだわ」


 まずは相手と話が出来るようにならなくては会話が成り立たない。緊張で失態を犯しては恥を晒すだけとなってしまう。


 この後ミージュに付き合ってもらいながら、シャルロットは婚約者との会話を何度も予想しては繰り返し練習し、婚約者の返答すると予想される回答は全て丸暗記して応えるという努力を磨いたのであった。


 因みに、ミージュは途中から、努力のする方が逸れているような、と気づいたものの可愛いお嬢様が頑張っているのだから邪魔をしてはいけない、と微笑ましく練習に付き合ったのだった。

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