第4話:その気はなかったのに大物が釣れてしまいました
「……これは、お母様の手配かしら」
届けられたドレスを見て、フィナシェは思わず声を上げてしまう。
あまり目立ちたくないから地味めなドレスを、と頼んでいた。そして、その注文通りにデザイン自体は目立たないドレスだった。
だが、使われている生地は高級なものだったし、それを仕立て上げたのは一流の職人。
見る人が見れば、ただの地味なドレスではなく一級品だとわかるだろう。
そして、ドレスに添えられた赤色の宝石があしらわれたペンダント。
「こんな物まで」
フィナシェはペンダントを手に取ると、窓際に立って日の光を当てた。
すると、まるで魔法でも使ったのように宝石が緑色に輝き出した。
「まさか、とは思ったけど……これ、少し前にランカート領で発見された希少な石じゃないの。宣伝でもしろ、ってことかしら」
フィナシェの記憶が間違っていなければ、入学前にランカート領の鉱山から新しい宝石が発見された、と少し騒ぎになっていた。
しかも、日の光に当てた時と室内の光に当てた時で異なる色に見えるという。
新しい宝石ということは、それまでの加工技術は全く通用しない。こうしてペンダント等に加工するのはかなり先の話だと思っていただけに、改めてランカート領の職人達の技術の高さには驚かされるばかりだった。
「まあ、いいわ」
フィナシェは着替えを済ませると、ペンダントを首にかける。
「行きましょうか」
あまり気乗りはしないとはいえ、今はそんなことを言っていられない状況だ。
覚悟を決めて会場へと足を進めるのだった。
「予想はしていたけど、やっぱり酷いわね」
フィナシェは会場の様子を眺めて、小さく息を吐いた。
軽く聞こえてくる会話を聞いているだけでも気分が悪くなりそうになる。
「サニアは……何だかんだで、他の生徒と顔を繋いでいるのね」
いつもはフィナシェの側にいるサニアだったが、他の生徒と談笑していた。
フィナシェに対しては裏表を見せないサニアでも、他の生徒と接する時はさすがにある程度の裏というか、本音と建前を使い分けていた。
まあ、当然よね。
それに対して幻滅してしまうほど、フィナシェは子供でも夢見がちでもない。むしろ、誰に対しても裏表がなかったら逆に怪しく思ってしまう。
「それにしても、あの方は空気を読めない方なのかしら。それとも……」
フィナシェはユリーティアの方に目をやった。
相変わらずというか、コンテルと楽しそうに話をしている。それでもある程度の節度はわきまえているのか、必要以上にベタベタするような素振りは見せなかった。
特に問題を起こしているわけでもないので、エリシアはさして問題視していないのか全く気に留めてもいない。
これで初めてフィナシェと会った時のようにベタベタしていたら、さすがにエリシアも無視できないところだろうが。
会場内でもかなり目立つような派手なドレスを着ている上に、遠目からははっきりわからないがダイヤのネックレスまでしているようだった。
彼女の家の経済状況が苦しい、という言葉が事実なら相当無理をしているのは容易に察せられた。
コンテルがプレゼントでもしたのなら話は違ってくるが、いくら皇太子といえどもそこまで自由に金を使えるかまではわからない。
「あら、随分と地味な恰好ですこと」
不意に声をかけられて、フィナシェはそちらを向いた。
ユリーティアと同じくらい派手なドレスを着て、宝石で飾り立てている。
有力な貴族の家の娘なのか、数人の取り巻きを連れていた。
「豪奢なドレスは、わたしには不釣り合いですので」
誰だかわからなかったこともあって、フィナシェは当たり障りのない返事をする。
それ以前に、学園の生徒の顔などほとんど覚えていなかったが。
「ご自分の立場をわきまえているようですわね、あちらの方とは違って」
その返事に満足したのか、女生徒はユリーティアの方に一瞬だけ視線をやってからそう言った。
言動は気に入らないけど、利用はできそうね。
その様子を見て、フィナシェは大体の状況を理解していた。
この女生徒はユリーティアが気に入らない。だが、自分が直接手を下すわけにもいかないから、思い通りになる手駒を探している、そんなところだろう。
それに、フィナシェのドレスの真価に気付けない程度なら、適当にあしらいつつ利用するのも比較的容易にできそうだった。
「本当にそうね、立場をわきまえられない人は嫌ですわ」
「全く、皇太子殿下に気に入られているからって」
取り巻きが女生徒の機嫌を取るかのように、口々にまくし立てた。
「それで、わたしに何かご用でしょうか」
「わたくしのお願いを聞いてもらえるかしら」
女生徒は図々しくそう言い切った。まるでそれがさも当然といったような態度で、こういうことに慣れているのがわかる。
「お願い、ですか。初対面のわたしに少し図々しいのでは」
ここで素直に頷いても良かったが、フィナシェは敢えてそんなことを言う。ここでどう出てくるかで相手の器量を見極めるつもりだった。
「なっ……あなた、わたくしが誰だかわかっていらして」
断られると思っていなかったのか、女生徒の目が吊り上がった。
「申し訳ありません。わたしは世間に疎いものですから」
それでもフィナシェは一切表情を崩さなかった。ここまで高圧的に出てくるなら、かなり高い身分だとは推測できる。そして、それを利用して好き勝手やってきたこともだ。
「わたくしは、アワト侯爵家のリミィですわ。全く、貴族社会で生きていてわたくしのことも知らないなんて」
リミィは大袈裟に溜息をついて見せた。
「ランカート子爵家のフィナシェと申します、お見知りおきを」
フィナシェは恭しく一礼する。
「当然、わたくしのお願いを聞いてくれますわよね」
フィナシェが子爵家の人間だとわかったせいか、リミィは更に高圧的になっていた。
「内容を伺わないと、何とも言えないところです」
「あれをどうにかしたいと思っていますの、協力してくださるかしら」
リミィはユリーティアの方に視線をやると、そう言った。
「確か、あの方の家柄は男爵だったかと。あなたがその気になれば、どうにでもなるのでは」
「それが簡単にできれば苦労しませんわ」
フィナシェがそう聞くと、リミィは苦虫を噛み潰したような表情になっていた。
「それで、わたしに何をしろと」
「あの女をこの学園から追い出そうと思いますの。ですので、徹底的に嫌がらせをして追い詰めるつもりですわ」
「それを、わたしにやって欲しい、と」
典型的だな、と思いつつフィナシェは淡々としていた。このようなことは珍しいことではないだろうし、自分の手を汚したくないというのもいかにもだった。
「話が早くて助かりますわ。それで、もちろん協力して下さいますわよね」
「協力するのは構いませんが。当然、わたしにも見返りがあるということでいいのでしょうか」
「見返り、ですって?」
フィナシェがそう言うと、リミィの表情が一変した。
あ、そういうタイプなのね。ちょっと見誤ったかしら。
侯爵家という高位の貴族であるから、無条件で従う相手よりは交渉してくるような相手の方が信頼できると考えていると思っていた。
だが、格下の相手は無条件で自分に従うべきという高慢なタイプだった。
「あなた、わたくしと交渉しようというのですか。子爵家の分際で」
リミィはフィナシェに詰め寄った。
「何か問題でもあったかな」
どうしたものかとフィナシェが悩んでいると、背後から穏やかな声が聞こえた。
「あっ……」
その姿を見て、リミィは言葉を失ってしまう。
フィナシェが振り返ると、穏やかな表情を浮かべた男生徒が立っていた。
どことなく、コンテルに似ているような雰囲気もあった。
「せっかくのパーティーだからね。何があったかは聞かないけど、揉め事は良くないと思うよ」
「……失礼します」
リミィは頭を下げると、そそくさとその場を後にした。
取り巻きも慌ててそれを追いかける。
「災難だったね、君も。彼女はあまり良くない噂もあるから、それを知っている生徒は関わらないようにしているとも聞くけど」
男生徒は穏やかな表情を崩さなかった。
「そうでしたか」
リミィが慌てて引き下がったことからも、この男生徒が只者でないことはわかる。
「それにしても、君のドレスの真価も見抜けないなんて節穴も良いところだね」
「!?」
フィナシェは驚いて男生徒の顔を見てしまう。
「おや、そんなにおかしなことを言ったかな。でも、その様子からすると君もドレスの価値はわかっているようだね」
「あなたは……」
フィナシェはドレスの真価を見抜ける生徒がいるとは思っていなかった。だから、余計にこの男生徒のことが気になってしまう。
「ああ、名乗っていなかったか。僕はアサラ。一応、この国の第二皇子ということになっているかな」
アサラはなんてこともない、というように名乗った。
ここまでの大物が釣れるなんて、聞いてないわよ。
想定外の事態に、フィナシェはただ唖然としてしまっていた。
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