第3話:状況を把握しないと始まりません
「さて、と。現在の状況を確認しないといけないわね」
フィナシェは寮の自室で今の状況、そしてこれからどうするべきかを考えていた。
今の状況を放置していたら、コンテルはエリシアとの婚約を破棄してユリーティアを新しい婚約者にするだろう。
エリシアの言っていることは正論ではあるのだが、それが必ず相手に届くとは限らない。むしろ、ユリーティアのような甘言の方が耳障りが良く感じてしまうのは当然のことだ。
そして、どういうわけかユリーティアはフィナシェ、というよりはランカート家を目の仇にしている節がある。
コンテルが王になったら、ユリーティアが王妃だ。そうなれば、ユリーティアがその権力を存分に使ってランカート家を取り潰しに来るのが目に見えていた。
問題は、どうしてユリーティアがランカート家を目の仇にしているのか全く理解できない点だ。もっとも、それがわかったところでどうにかなるとも思えないし、根本的な問題が解決するわけでもない。
「男爵家で、この学園に通うだけのお金を捻出するだけでも大変だった。だから、見た目は質素でも実際は金回りの良いランカート家が許せない、ということかしら。それを言うなら、わたしが学園に通うためのお金、お抱えの商人から融通してもらったんだけどね」
フィナシェはそこでふっと息を吐いた。
「フィナシェ、お前もそろそろ十五歳になるな」
少し前、父親のユヴァハにそう声をかけられた。
「はい、お父様。ですが、それが何か」
「私は学がなかったから、いらぬ苦労をしてきている。ソフィアがその分を補ってくれるから助かってはいるが、お前には同じ苦労をしてもらいたくないと思っている」
「それで、わたしにどうしろと」
フィナシェはユヴァハが何を言いたいのかわからずに、そう言った。
「お前を王都のエウ学園に通わせたいと考えているのだが、如何せん我が家にはそれだけの金がない。どうしたものかと」
「いえ、無理に王都に通わなくても、他でも十分に学べると思いますが」
「そうは言うがな……」
ユヴァハは言葉を濁らせていた。
それは、そうでしょう。お父様、あなたは気前よくお金をばら撒き過ぎですから。
真剣に悩んでいるユヴァハを見て、フィナシェはそう思わずにはいられなかった。
「それでしたら、あなた。カーナイ商会の方にお願いしたらどうかしら」
悩んでいるユヴァハに、隣にいるソフィアが提案する。
「だが、あちらも商売でやっているからな。そう簡単に頷いてくれるかどうか」
「私があなたに嫁いで、こうして子供も生まれて随分経ちますけど。あなたはご自分のことは本当によくわかっていないのですね」
ソフィアは仕方ないな、というように笑みを浮かべていた。
「それは、どういう意味だ?」
「深い意味はありませんよ。あなたは、あなたのままでいてくださいね。私が好きになったあなたのままで。まあ、大丈夫だと思いますよ。私が保証しますから」
ソフィアにそう言い切られて、ユヴァハはカーナイ商会に相談することになった。
ソフィアが言ったように、ユヴァハが驚くほど快く資金を融通してくれたらしい。
しかもそれだけではなく、領地内の他商会が「どうしてうちに声をかけてくれなかった」と騒ぎになったとかならないとか。
結局、援助を申し出た商会全部に少しずつ出してもらう、という形に落ち着いたようだった。
「多分、このお金を返すと言っても受け取ってくれないでしょうね」
ユヴァハは借りたつもりでいるが、商会の人間は貸したつもりは毛頭ないだろう。
「フィナシェ、いいかしら」
ドアをノックする音が聞こえたので、フィナシェは思考を中断する。
わざわざ自分の所を尋ねてくるような相手には一人しか心当たりはないから、フィナシェはさして警戒することもなくドアを開けた。
「どうしたの、サニア。わざわざ訪ねてくるなんて」
予想通り、ノックをしてきたのはサニアだった。だが、サニアがこうして部屋を訪れることは珍しいことだった。
「ちょっと、話したいことがあって。入れてくれる」
「嫌って言っても聞かないでしょう」
「わかってるじゃない」
少し軽口を叩き合ってから、フィナシェはサニアを部屋に招き入れた。
「それで、どんな用件かしら」
フィナシェは自分のベッドに腰掛けると、サニアには椅子に座るよう促した。
「ユリーティア様のこと、どう思うかしら」
サニアは椅子に座ると、前置きもなく切り出した。
「どうって……別にわたしがどうこう言えることでもないわ。もっとも、皇太子殿下がエリシア様でなくあちらを選ぶのなら、思うところはあるけれど」
さすがに公の場でこんなことは言えないが、今は二人しかいない。サニアのことを信頼していることもあって、フィナシェは本音を隠さなかった。
「あら、あなたも同じ意見なのね。エリシア様は王妃に相応しい方だと思うけれど、あちらの方はね……まあ、あの方のことは良くわからないから、決めつけるのは早計でしょうけど」
意外にも、サニアもフィナシェと同じ見解だった。
ただ、サニアはフィナシェと違ってユリーティアの本性を知らないから、エリシアに比べると劣る、という程度の認識だろう。
「わざわざ、そんなことを聞くために来たの」
「もし、エリシア様が婚約を破棄されるようなことになったら、あたしも身の振り方を考えようかなって」
「さすがに、そこまで皇太子殿下が愚かだと思いたくはないわね」
フィナシェは口ではそう言ったものの、内心ではその可能性が高いと思っている。
だから今後のことをどうしようかと色々思案していたのだが、これといって良い考えが思い当たらなかった。
何より、ユリーティアがこちらを目の仇にしているのなら大っぴらに動くことができない。
積極的に他の生徒と交流をしていたのならともかく、フィナシェは徹底的に目立たないように過ごしていた。
そんなフィナシェが急に社交的になったら、ユリーティアでなくてもおかしいと思うだろう。
「そういえば、近々ダンスパーティーがあるわね。あなた、入学式の時と同じように最初だけ出て帰るつもりじゃないでしょうね」
「そういえば、そんなものもあったわね。面倒だわ」
フィナシェは大きく息を吐いた。
入学式の時も交流会のようなものがあったのだが、大半の生徒が本音を口にしていない状況に嫌気がさして、見つからないように抜け出していた。
外で休んでいるところにサニアから声をかけられたのが、二人の出会いだった。
「いくら面倒だからって、ある程度他の貴族と顔を繋いでおくのは悪くないわ。あなたのご両親もそれが目的であなたをここに通わせているのでしょう」
「……そう、ね。なら、お父様とお母様の期待に応えないといけないわね」
フィナシェは少し考えてから、そう答えた。
最初は適当な理由をつけて辞退するつもりだったが、これは表立って動ける数少ない機会だと思い直していた。
「なら、着ていくドレスも準備しないとね。あなた、ちゃんとしたドレスは持っているのかしら」
サニアに言われて、フィナシェはあっというような表情になってしまう。
「ああ、やっぱりね」
そんなフィナシェを見て、サニアは呆れたように言った。
「でも、あなたが教えてくれて助かったわ、ありがとう」
「今から準備して間に合うの?」
「ランカート領は王都の隣よ、お父様にお願いすれば何とか間に合うと思うわ」
「そう言えば、そうだったわね。本当、どうして子爵領が王都の隣にあるのか。これは本当に謎よね」
サニアが言うように、本来なら子爵家の領土が王都の隣にあるのは妙な話だ。それだけではなく、元々ランカート家は男爵位だったところを今の領地に移る際に格上げされている。
「わたしも詳しいことは知らないけど、何かしら複雑な事情が絡んでいるのは間違いなさそうね」
フィナシェはおおよそのことは知っているのだが、わざわざ口外することでもないし、そもそも信じられるかどうかも怪しいような話だ。
だから、敢えて知らないふりをすることにした。
「あら、当事者も知らないのならお手上げね」
サニアは口元に手を当てると、意味ありげな笑みを浮かべる。
「まあいいわ。それじゃ、あたしは行くわ。今度のパーティー、楽しみね」
そして立ち上がると、軽く会釈して部屋を出ていった。
「思わぬところから、糸口を掴めそうね」
学園主催のパーティーであれば、フィナシェが参加していても特に問題はない。
入学式の時は敢えて目立たないように地味なドレスを着ていたが、今回はある程度目を引くような物を用意しないといけない。
自分から積極的に声をかけるわけにいかいから、どうにかして相手の方から声をかけさせる必要があった。
それもただ目立つだけではなく、ある程度相手を選別できるような物を、だ。
「さて、お父様に手紙を書くとしましょうか」
フィナシェは机に着くと、実家の父親に向けて手紙を書き始めた。
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