304. ペン回しを練習するのは思春期のサガ

 あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!


 セバスチャンの後継者を決めるために、候補の二人にヴェルトハイムの本邸と王都邸を任せる事になった。


 後継者云々については伝えずに、屋敷の管理を任せると言ったら――何故かヘリオトロープがプロポーズされたんだ。


 な……何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何が始まったのかわからなかった……。


 ――で、あれから少し経って。


「……つまりあれか。俺らが公国に戻ったら次の機会がいつになるかわからないから、今しかないと思ったと」

「は、はい、そのようです」

「へー」


 キン。


 後継者候補からの尋も……もとい、聞き取りを終えたセバスチャンが顔を青くしながら頷いた。ハハハ、ただ質問してるだけなのにどうしたんだい?


 カチン。


「で、何? あいつらってヘリオトロープに惚れてたん?」

「……どうやらそのようです。私も今日初めて知りましたが」

「ほー」


 キン。


 まぁ、考えてみれば不思議な事ではない。俺が言うのも何だが、ヘリオトロープはゲームのヒロインプリメリアたちにも引けを取らないほどの超絶美人だ。


 それにメイドとしても優秀だし、物腰も上品。性格は少し癖があるかもしれないが、彼女の女性としての魅力を損なうものではないだろう。


 貴族や商人から愛人にと誘われた事もあるらしいし、色んな男から求婚されたとて何を疑問に思う必要があろうか。


 カチン。


「あの、クラウト様……そのように刀を抜き差しされるのは、少々物騒な気がするのですが」 

「ただの暇つぶしだから気にするな」

「は、はぁ……」


 あれだよ、授業中にペンを回したり意味もなくノックしたりするようなものだよ。ペンが刀になっただけで、大した違いはない。


「……クラウト様がお望みになるなら、二人にはよく言って聞かせますが」

「別に悪い事はしてないだろう、何をよく言って聞かせるって言うんだ。……まぁ、ああいう事はプライベートでやれとは思うけどな」


 ヴェルトハイム家の使用人に恋愛禁止のルールなどはない。個人の惚れた腫れたに口を出すのは、いくら何でも野暮という物だろう。


 ……それはヘリオトロープに対してもそうだ。幼い頃から苦労をかけてきたからこそ、彼女には幸せになって欲しい。


 もし彼女があの二人のどちらかを選ぶと言うのならば……選ぶのなら……選ぶ……。


「あ、お腹痛くなってきた」


 誰かラッパのマークの薬持ってないかなぁ。


          ◇


「ご主人様、ここにいたのですか」

「おひょい!?」

「……何ですか、今のは」

「……忘れてくれ」


 ウカツ……考え事をしていたせいで、人の気配に気付かなかった。ヘリオトロープに後ろから声を掛けられ、自分でも驚くほどの奇声を発してしまう。


「何だか久しぶりな気がしますね。このに来るのは」

「俺も最近は来られてなかったからなぁ。以前は毎日必ず来てたんだけど」


 ヘリオトロープが懐かしそうに周囲を眺めながら、ゆっくりと温室へ入ってくる。


 ここはヴェルトハイム本邸の裏手にある温室。俺が不在の間も誰かが管理を続けていたのだろう、中は荒れる事なく綺麗に保たれていた。


「何かこちらに用事があったのでしょうか?」

「うんにゃ別に。ただ何となく落ち着ける場所を探してたら、ここに来てただけ。あれだ、フラワーセラピーって奴かな」

「フラワー……?」

「ごめん、何でもない」


 そういう心理療法みたいな概念は発達してないわな。ヘリオトロープは首を傾げていたが、ふと何かに気付いたような表情を見せた。


「落ち着ける場所を探してたと言いましたが、私がいない間に何かあったのでしょうか?」

「いや、そういうのじゃないよ」

「……嘘ではなさそうですね」


 いや、そんなアッサリと主の嘘を暴こうとするんじゃないよ。


 あぁ、ちなみに本当に嘘は言ってない。の話ではないからな。


「ですが、いつもより顔色がキモ……優れないようです。少し休んだ方が良いのでは?」

「おい、いま普通に悪口を言いかけただろ」

「気のせいです」


 ツンとお澄まし顔の美人クールメイド。顔色がキモいって何だ、俺はコロボリーヒキガエルモドキか。


「……ヘリオトロープはいつも通りだな」

「? どういう事でしょうか」

「いや、何でもない。……うん、ヘリオトロープが言う通り少し休もうかな」

「……本当にどうされたのですか? やはり、いつもよりも覇気を感じません」


 そう言いながら、ヘリオトロープがその整った顔を近付けてくる。息遣いさえ感じられるほどの距離に、段々と落ち着かなくなってきた。


 こ、これは何だかヤバ――


「せいっ!」

「アイヤー!?」


 その瞬間、いきなり天地がひっくり返った。あまりにもあんまりな不意打ちに、俺は成す術もなく地面に叩きつけられ……る事なく、何やら柔らかい物に頭を乗せられた。


「えっと……これは何じゃろかい?」

「専属メイドの細やかな心遣いというものです。どうやら本当に体調が良くなさそうなので」


 俺の視線の先には、温室の天井とヘリオトロープの顔が見える。察するに、俺は今ヘリオトロープに膝枕をされているらしい。


 よほど酷い顔をしていたのだろうか、心配してくれる気持ちは嬉しい。だが――


「さっき、俺をぶん投げたよな?」

「記憶にございません」


 政治家のようなセリフを吐いて、そっぽを向くヘリオトロープ。おいこら、せめて俺の目を見て言いやがれ!


 それからしばらくの間……膝枕をされたまま不毛な問答を続けていた。

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