303. 老執事はついてきたかったらしい
「クラウト様、少々お時間よろしいでしょうか」
「セバスチャン? 別に構わないけど」
ヴァイスの手伝いを終えた後、屋敷の中を歩いていたらセバスチャンに声を掛けられた。セバスチャンは、チラッと俺の後ろに視線を向ける。
「内密な話か?」
「どうしてもと言うほどではありませんが、できますれば」
「わかった。……そういうわけだから」
「了解よ」
「かしこまりました」
俺が皆まで言わずとも、ディステルとヘリオトロープが頷いて先に歩いて行く。うむ、さすがは仕事のデキる女性たち。見事じゃ。
セバスチャンは二人の後ろ姿を見送り……見えなくなった所で、感心したように「ほぅ」と息をついた。
「私が申し上げるのも僭越ですが、お二方とも雰囲気が変わられましたな」
「え、そう?」
「えぇ。ディステル様も、そしてヘリオトロープも。以前よりも、地に足がついたような印象を感じられます」
「へぇ……」
俺には全くわからないが、久しぶりに会うからこそ見える変化のような物があったのだろうか。
「これはいよいよ、クラウト様が――」
「え、何?」
「いえ、これ以上は無粋ですからな」
「はぁ」
何かわからないけど、重要な事を言おうとしなかったか? しかも、俺に関する事で。
うーん、何だろうこの感じ。気付かない間に、じわりじわりと網に囲まれてる魚のような――
「では、こちらの空き部屋でお話をしましょうか」
「あ、うん」
セバスチャンの呼びかけで我に返る。おっと、そんな事よりもセバスチャンの話を聞かねば。
空き部屋に入り、向かい合ってテーブルにつく。俺が目で促すと、セバスチャンはすぐに本題に入った。
「折り入ってお話をしたいのは、私の後継者の件です」
「あぁ、あの二人ね……えっと……ミギーとヒダーリだっけ?」
「リンクスとレヒトです」
「そう、それな」
リンクスとレヒトは、セバスチャンの後継者候補として補佐を務めている二人だ。現在は、セバスチャンが業務の一部を任せたりしている。
……いや、決して人の名前を覚えるのが苦手とかじゃないねん。ただ、あの二人とは接点が少ないだけやねん。
「で、後継者の件が何だって? もしかして、もう決めてしまったとか?」
「いえ、さすがにそれはまだです。一部の仕事は任せているとはいえ、まだ実践を積んでいるわけではありませんから」
「それもそうか」
「コホン、そこでご相談なのですが」
セバスチャンが一つ咳払いをし、居住まいを正した。
「二人には、ヴェルトハイムの本邸と王都邸をそれぞれ任せようと思いまして。クラウト様にはその許可をいただきたく」
「あぁ、それで判断しようって?」
「全てとは申しませんが、それなりに大きなウエイトを占める事にはなるかと」
「ふーん、いいんじゃないか。そもそも、その辺りはセバスチャンに丸投げしてたし。……あ、ちゃんとフォロー態勢は取れてるんだよな?」
「そこは抜かりなく。補佐には経験の豊富な者をつけますので」
「それなら……ん? となると、セバスチャンは何をするんだ? 監督官?」
「もちろん、クラウト様について参りますぞ」
「…………」
まさか、本当はそれが狙いじゃないだろうな? そう疑いたくなるほど、表情が活き活きとしてるんだけど。
俺がジト目で見つめていると、セバスチャンがハッとした後に慌てた様子で口を開いた。
「ど、どちらかをクラウト様につけると、公平性に疑問が出ますから。それに一国の主となられたクラウト様に、未熟な執事をつけるわけには参りません」
「それはそうかもしれないが……」
「補佐の者は二人をフォローするのが役目ですが、同時に働きや能力を評価する試験官としての役目もあります。私が
うん……とりあえず、そのダラダラと滝のように流れる汗をどうかした方が良いと思うな。ますます疑いが濃くなっていくぞ。
「……まぁ、いいや。セバスチャンがいてくれれば、心強いのは確かだし。その代わり、
「お任せください!」
表情を明るくしたセバスチャンが、自らの胸をドンと叩く。急に元気を取り戻したな、おい。
何はともあれ、順当に行けばセバスチャンの後継者がこれで決まるかもしれないのか……。彼ももうそれなりの年齢だから、いずれは現場を退く時が来る。寂しいけど、これは仕方のない事だ。
だから二人には、ぜひともセバスチャンの後継者候補として頑張ってもらいたい。期待しているぞ!
◇
――と思っていたのだが。
「ヘリオトロープさん、僕はセバスチャン様の立派な後継者となってみせます。だから……妻として、すぐ隣で支えて欲しい!」
「ヘリオトロープさん、俺は執事としてヴェルトハイムを……そして、男として貴女を護ってみせる! 結婚してくれ!」
「…………は?」
ヘリオトロープの前には、跪いて手を差し出す執事候補二人。普段はクールなヘリオトロープだが、さすがにこの状況は予想外だったらしくポカンとしている。
そして、それは当然俺にとっても予想外過ぎて――
「あ゛?」
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