話の途中だがワイバーンだ!
「ねぇこれどうする! どうしたらいい!」
「私に聞かないでよ!」
平原で男女の声が響いた。
男は軽装鎧、革の鎧に所々鉄板を仕込んだ鎧を着用している。
勿論ただの革鎧ではない。魔法を使って作り出した鎧であり防御能力は鉄を超えている。純粋な鉄の剣等では損傷せず、高位の魔法金属でなければ傷一つ付けられない魔法の鎧。
女は軽装だ。魔法使いらしさはなくミニスカートを着用しているお洒落を重視した格好。
ミニスカートである為に走り回るたびにスカートの中が見えてしまっている。見せパンなどではなく中にズボンを履いている。
勿論ただのスカートと服ではない。こちらも魔法で作り出した服であり物理的手段では一切ダメージを与えられない魔法が籠っている。
対し魔法そのものに対しては耐性が少々低いという欠点もあるが。
そんな、普通の者ならば傷つけられないモノを着た者が恥も承知で逃げ回っていた。
二人が逃げ出しているのには当然訳がある。
「ぎゃぎゃぎゃ!」
空の上から人間共を嘲笑うように鳴き声を出す。
蜥蜴の胴体に皮膜の付いた蝙蝠にも似た形の前足。鋭い爪を有し攻撃に特化した後ろ足。
棘の付いた尻尾を持ち、口には牙が生え、全身に生えている鱗が並大抵の攻撃を通さぬ怪物。
緑色の体をした空飛ぶ爬虫類がこの一団を襲っていた。
「魔法! 魔法どう!」
「無理よ! 射程圏外!」
男──ジャックは嘆く様に叫び問いかける。
女、カレンはジャックの問いかけに手の打ちようが無いと叫び返す。
ワイバーンは強力なモンスターだ。
そのランクはBであり、下手な町なら単独で滅ぼしうる程。
とはいってもそれはもしかしたらの可能性。冒険者が総力を持って対処すれば倒しうる程度の怪物に過ぎない。
ただそれは、町に居る冒険者が総力を挙げればの話。
今ここにいるのはCランクの冒険者パーティに過ぎない。
軽装戦士であるジャック。魔法士のカレン。そして既にワイバーンによって倒され地に付したエルフの弓使いのピリアと重装戦士のグレン。ジャックとカレンは倒れた二人から離れすぎないよう注意して倒れた二人の周囲をぐるぐる走り回っていた。
グレンの傍には大破した大楯が転がっておりグレンが決死の覚悟でワイバーンの攻撃を防ぎパーティを一度は守れたことを示している。
弓使いのピリアはグレンの後にすぐさまワイバーンに倒された。唯一エルフの弓だけが上空に居座るワイバーンに攻撃が届いたのだ。それを煩わしく思ったワイバーンがいの一番に狙うのは自明の理だった。
結果ここに居るのは近接攻撃しか出来ない戦士のジャックと遠距離攻撃は出来るが魔法は届いたところで遠すぎて威力が減衰し意味のない魔法士のカレンのみ。
「ちくしょう、あいつ俺たちを弄んでやがる……!」
今ジャックとカレンが生きているのはワイバーンが二人を弄んでいるからだ。
遠くから威力が減衰し真面なダメージには成らない炎のブレスを放ち、近づいても致命傷にならぬよう手加減し尻尾で攻撃する。
だから二人は生き残れているのだ。出なければ成す術の無い二人はとうに死んでいる。
(二人を置いて逃げれない……どうすれば……)
更に最悪なのは、ワイバーンの悪辣さ。
まだグレンとピリアが生きているのだ。時折呻き声を上げ生きていると主張する。
だから二人は逃げれない。二人を見捨てるなどと言う選択肢を取る事が出来ない。
二人は走って、走り続けて二人の近くに戻った時、声を聴いた。
「おい……俺を置いて逃げろ……」
声を出したのはグレンだ。ワイバーンが上空に滞空し舌なめずりする中、グレンが小さな声で呟いた。
「何言ってんだ、出来る訳ないだろ!」
仲間の言葉に強い言葉で反論する。
しかしながら心の何処かでそうすべきだという声さえも聞こえてくる。
どうするか。逃げ出す?仲間を置いて逃げてなるものか。だがここに居ても全員死ぬだけだ。心の声を無視しどうすればいいかだけを必死に考える。
膠着した状況にやって来たのは、第三勢力だった。
「は?」
ここは平原だ。視界を遮る物など何もない。
あえて言うならば遥か遠くに森が見えるぐらいであり、それ以外は本当に何もない。
だからこそ見える。何者かが歩いてい来るのが。
長身。平原にあれば嫌でも目に付く体の長さ。
エルフよりも背が高く、ジャックの見立てでは数字にすれば百七十五は超えていると判断出来る。
体格を隠す様なローブを纏っておりそのせいで性別はよくわからない。胸が出ていたりするわけではないので男の可能性が高いと辛うじて分かるだけ。
腰に差している長剣から戦士であるとわかるものの、体が細く戦士には向いていない体格に思える。
だがここは超常渦巻く異世界。外見など戦闘力を図る指針には成りはしない。幼女の姿で大剣を振り回す事さえ可能なのだから。
その女を──エディスを見たジャックは自分が狙われているというにも関わらず叫ぶ。
「あんた! ここは危険だ! 逃げた方がいい!」
そこまで叫んでからようやく、ジャックは遠くから近づいてくる者の顔を確認した。
いや、顔を見たというのは正確ではない。何故ならばやって来る者は仮面を付けて顔を隠していたのだから。
それを見てようやくジャックはやって来る者が何か気づいた。
仮面を付け、ローブで体を隠した長身の者。
そんなものジャックが知る限りでは一人しかいない。
同じCランク冒険者のエディス──それこそがやって来る者の正体。
だが、足りない。CランクではBランクのモンスターを相手にするには足りない、力が。
「其処のあなた! 逃げてください!」
ワイバーンのランクはBだ。Cランクの者が対処できるモンスターではない。
だからジャックとカレンは叫んだ。逃げてくれと。
大声を聞いてようやくエディスは気づき、顔を二人へと向ける。
「ぎゃぎゃぎゃ!」
そしてそれを見逃すワイバーンではない。
降下。遥か上空から地上へと翼をたたみ弾丸の如き速度で強襲する。
狙うは愚かにもやって来た新参者、長身の食いでがありそうな獲物──エディスだ。
危険だ。ジャックとカレンがそう認識する間も無くエディスが動く。
エディスはしゃがむように動き、足に力を溜める。
そして跳躍。
圧倒的脚力。人外の力を用いた暴挙。
地面にクレーターなどを残すことも無くいっそ不気味なまでに静かに空の上に跳び上がる。
空の上へ、ワイバーンと同じ高さまで跳び上がったエディスは腰の剣を抜く。
ワイバーンが口を開くことも、翼で斬り裂く選択肢を取る間もなく──一閃。
ある種芸術的な、舞踏的な刃の一線を用いてエディスはワイバーンの首を斬り落とした。
ワイバーンの強靭な鱗など知った事ではない鋭き剣とそれを振るう剣術。
一言で言えばワイバーン何ぞよりもエディスの方が圧倒的に強かったという、ただそれだけ。
ジャックとカレンは目の前の光景を信じられず阿呆の様に口を開けている。
そして、落下。
当然空の上に居るのだから重力に従い落ちていく。人は普通空を飛べない。
勿論飛ぼうと思えば
だが空を飛ぶ理由もないので重力に任せ、まだ収納されていないワイバーンの死体と同じように地面へと落ちていく。
空中でワイバーンの死体は解体され、光の粒子となってエディスの冒険者カードに収納された。
そして着地。
遥か空の上から落ちたというのに羽のような軽さで地面に降り立ち、エディスは周囲を見渡す。
(やっべ。やらかした)
内心、そんなことを考えながら。
エディスがここに居る理由は単純なモノだ。
依頼を受けてモンスターを退治し、直ぐに帰るのも嫌なのでブラブラ散歩してたと言うただそれだけの理由。
下を向いて歩いていたら森を抜け出ていて、森に戻るのも町に向かうのも嫌なので平野を歩いていたというだけ。
その先で空飛ぶモンスターを見かけて襲ってきたので返り討ちにしたというのがエディスの認識だ。
「すみません。横殴りになってしまいましたか?」
横殴りと言うのは他のパーティが狩っているモンスターを横から倒す事だ。
冒険者がモンスターを倒した場合最後に止めを刺した者の冒険者カードに収納されてしまう。
また依頼の達成処理にも冒険者カードで討伐したかの確認がされる。最後に止めを刺した者のカードに倒されたかどうか記載される。その為に横殴りは禁止事項となっている。
極端な話をすればモンスターに襲われて全滅しかかっている冒険者パーティを見かけても見捨てるのがこの世界の正しい冒険者の姿だ。
それを考えれば今のエディスは微妙な立ち位置だ。襲われたので返り討ちにしただけだが返り討ちにしたモンスターがこの一党が討伐依頼を受けた相手だった場合などでは面倒な事に成る。
「いえ、大丈夫です。俺たちも急に襲われたので……」
そういい、ジャックは軽く頭を下げ感謝の言葉を口にする。
「助けてくださりありがとうございました!」
「あ、ありがとうございございます!」
女──カレンもまた感謝した後直ぐに倒れたパーティメンバー、グレンたちに駆け寄りポーションを取り出しかけていく。
それを見たエディスは自分がする事は無さそうだと判断し、帰る事を選択する。
「倒したモンスターはどうしますか? あなた方に渡しましょうか」
「いえ、結構です。ワイバーンの素材は貴方の者で大丈夫です」
「わかりました……ほかに何か必要な事は……ないと思いますが……」
エディスは考える。他に何か話さないといけないことは無いか。
エディスとしては他の冒険者と不和を起こしたい訳ではない。嫌われるのなど真っ平御免だ。
お互い不干渉。好かれることも嫌われることも無いのが一番なのだとエディスは思っている。
「なら、お礼をしたいです。俺たちを助けてくださったことにたいし」
「──それは結構です。お礼など不要。私は冒険者としてなすべきことを成しただけなので」
エディスは軽く頭を下げ、続きを口にする。
「では私はこれで失礼します。それでは」
それだけ言うとエディスは振り返り、その場から立ち去った。
ぽかんと阿呆の様に口を開けるジャック達一同を背にして。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます