第一章
本の相手は
翌日。目が覚めて何となく本を開いたエディスは驚いた。
返事など来ないと思っていたのに来ていた。想定外の事態に顎が外れるほど驚愕する。
どうするか悩みに悩み、もういっそのことなかったことにでもしようかと思う程悩み始める。
「…………」
返事を書くか、書かずに売るか捨てるか。
だが今更売るのも捨てるのも忍びない。この向こう側にいる返事を書いてくれた誰かに悪い気がするのだ。
悩んだ結果、何となく返事を書く事にした。
所詮は本の向こうの何処かの誰か。顔も名前も性別もわからぬ存在。
ならばいちいち考えるのもめんどくさい。所詮どこかの誰かなのだから悩む方が馬鹿らしいと──エディスは返事を書き始めた。
少しづつ悩みながら書き、これで合っているのかと不安に感じたエディスは本を閉じ、落ちる様にベッドに寝転んだ。
──エディスがこの町。パウルにやって来てから合計で半年が過ぎた。
町に来て一月で伝言帳を拾ったので本を拾ってからなら五ヵ月になる。
その間、エディスの生活には些細な潤いがあった。
言うまでもなく、伝言帳の存在だ。
何処かの誰かとの会話はエディスにかつての故郷の──日本のSNSを彷彿とさせノスタルジーな気分にさせた。
だが名前も顔も知らない、わからない相手との他愛ない会話はエディスの心を癒した。
現実感が無い、本当にいるのかもわからない相手との会話はエディスが求めていたモノであり、気楽に会話できる相手となっていた。
会話するのは主に夜だ。会話の始まりはエディスからだったり本の向こうの相手だったりとまちまちだ。
その内容もくだらないもので、今日の天気だとかモンスターをどれだけ倒したとか、今日の食事だとか流行りの服だとか、他愛ない話に過ぎない。
それがエディスにはここちよかった。相手も自分をどうでもいい会話を出来る相手だと認識して貰えてるのが助かっていた。
機嫌よく、エディスは町を歩く。
これまでよりも足取りが軽い。散歩にでも行くような気軽さだ。
実際には宿に戻るだけなのだか。
これまでとは違う宿に向かい、店主と話して部屋を借りる。
勿論素泊まりだ。食事も風呂も無い。
部屋に入ったエディスはまずは着替える。仮面を外しローブを外し、
その後ベッドにダイブし再度
「は?」
其処に乗っていた一文はエディスを混乱させるのに充分だった。
"すまない。もうこれで会話する事は出来なく成る"
たった一文、それしか書いていない。
"どういうことですか"
思わず、エディスは居ても立っても居られず殴り書く様にそう書いてしまう。
だが待っても返事は来ない。何時もならば一分も経てば返事が書き始められるのに何も書かれない。
五分待っても、十分待っても返事は来ない。
「どうして?」
自分が何かしたのだろうか。相手を不快にさせる言動だったのだろうか。
不安に駆られ衝動的に物に当たりたくなる。だがここは借宿でありそんなこと出来るはずもない。──その気になれば壊した後に直すぐらいは出来るが。
「どうして?」
再度、同じ言葉が口から漏れ出る。
(もういいや)
伝言帳を放り投げ、エディスは自分に
■
エディスは揺れる感覚と共に目が覚めた。
はて、何かあったのかと目を開けると宿の天井が目に映る。
「お客さん、起きてください」
男の声──宿の店主の声でエディスは完全に目が覚めた。
がばっと勢いよく起きることで店主にぶつかりかけるものの紙一重で回避する。
店主と視線を合わせたエディスは自分がラフな格好──仮面を付けていない事を思い出し羞恥に襲われる。
仮面を付けていない、素顔のエディスの顔に店主は心奪われた。
流れる銀の髪には艶があり、ある種の色っぽさを醸し出している。
顔にはシミやニキビ等は無く太陽光に当たった事が無いかのような純白の肌。
肌に反し色つやも良く明るいピンクの唇。
碧眼の瞳は吸い込まれる用で透き通っている。
自分が素顔を晒している事二気づいたエディスは即座に
服は流石に着れない為寝るときの姿──シャツと短パンだけの恰好のまま。魔法効果のある仮面は着けるだけで顔にフィットし素顔を完全に隠す。
勿論視界も仮面を付けていない状態と同じままなのは魔法の仮面だからこそ。
放心している店主を見て罪悪感を抱き、エディスは頭を下げる。
「すみません。見苦しいものを見せて」
もし、エディスが人の視線に敏感ならば──いやそうでなくとも他人を観ようとしていれば店主の視線が露わになっている自身の胸や尻にいっている事に気づけだろう。
だがエディスは自分の体──というよりは容姿には無頓着であり、自分の様な醜い、異界の人間の体等みすぼらしいだけだと思い込んでいる。だから気づけないし気づかない。
「い、いや、いいんですよ、別にね」
だから、店主の明らかな下心の籠った声色に気づけず、嫌なものを見せてしまったとエディスは自己嫌悪する。
「もうこんな時間でしたか、すみません。追加料金払います」
窓の外から差し込む光から見て時刻は昼過ぎだとエディスは判断する。
エディスが払った料金は素泊まり分、朝までの値段だ。
昼まで居座られるのは店にとってはいい迷惑だ、とエディスは更に自己嫌悪する。
衝動に駆られて何で自分は
他者からの解呪魔法や干渉が無い限り相手を眠らせるという魔法だ。
効果時間は相手の魔法耐性と使用者の力量、そして込めた魔力量に依存する。一般的な魔法士が一般人にかければ一時間程度は通じる。
エディスともなると多少は相手に左右されるが十日は効果が続く。
その技量で自分にかけたとなると効果時間も相応に長くなる。恐らく一日は持つだろう。
効果時間こそ長いが抵抗されやすいうえ、外部からの干渉があれば即座に目が覚めるという欠点も持つ。
上位の魔法ならばそういった欠点など無いがエディスは習得していない。
「いえ、いえ。料金は結構。では、私はこれで」
何処かだらしない顔をしたまま店主は頭を下げ、部屋を後にする。
エディスは自分を心の内で罵倒しながら直ぐに着替えを完了させる。
<早や着替え>という魔法まで使い一瞬で衣服を何時もの冒険者スタイルに戻したエディスはそそくさと部屋を出る。
一階に降り、近くにいた店主に謝罪しエディスは宿の外に出る。
「……はぁ」
思わず、といった風にため息が漏れる。
だがため息をついたところで現実は変わらない。沈んだ心のままエディスは冒険者ギルドへと向かう。
足取りは重いが、エディスの長身と身体能力があれば移動速度は普段と変わらない。
ぼやぼやと考える暇もなくエディスは冒険者ギルドに到達する。
気乗りしないままに入れば、そこには数多くの冒険者達が居た。
テーブルに座りパーティと依頼を受けるかどうか相談する者。今後の先頭での立ち回りを相談する者。
中には仕事を探さずギルド併設の酒場で酒を頼み飲むだけの者すらいる。
そして何人かの視線がエディスに向けられる。
エディスが昼間にギルドを利用したことが無い、という訳ではない。利用頻度で言えば普通にある。
外から帰って来た時などは時間の関係上どうしても昼や夕方になる。
故に視線を向ける者達は"今日は何のモンスターのを持って来たのか"という奇異なる視線。
中には昨日モンスターを売って来たのを見ている者もいる為なんでこの時間に来たんだ、という視線も中にはあるが。
冒険者達が多少、一秒未満エディスを見て直ぐに視線を逸らす。
この町でのエディスの冒険者間での扱いは要注意人物だ。
半年も経つのに誰ともパーティを組まずたった一人ソロで戦い続けているのはもはや狂気の沙汰ともいえる。
冒険者の仕事は命の危機が日常茶飯事。それでも尚ソロで戦い続けられるのは圧倒的な──この町の冒険者では相手に成らない程に隔絶した実力があるからこそ。
故に誰も誘えないし誘わない。万が一仲間に成られたところでお互いに足を引っ張るだけだし、勧誘する事で相手がどう対応してくるかわからないから誰も誘わない。
エディスは視線を気にしながら、クエストボードへと向かう。
(仕方無いだろこんな人間でも仕事しないと食っていけないんだから)
自己弁護しながらエディスはクエストボードに到達し、依頼を確認する。
内容は朝の時よりは少ない。
ただ全体的に少ないというだけであり朝一の時と同じようにモンスター退治の依頼は常にある。
どの依頼を受けるか悩み、最終的にゴブリン退治の依頼だけを取る。
依頼書を片手に受付に向かう。
受付の人数も朝とは違う。カウンターの数が四つあり、その全部に人が居る。
適当に最も近い受付に行き依頼書を提出する。
「この依頼を受けたいのですが」
「……あ、はい。わかりました」
一拍おいてから受付嬢は依頼の受注処理を開始する。
それを見てエディスは自分の言動がおかしかっただろうか、あるいは服が変だろうかと考えだす。
考えてる間に処理は終わる。
「受注を受け付けます。お気をつけて」
滞りなく依頼を受け付け出来たエディスはギルドの外へと向かう。
今回受けた依頼は一つだ。理由としては人の居る中複数受けることで注目を浴びたくないのとそもそもとしてエディスにとって割のいい依頼が無かったから。
何時もの時間ならば吟味し適当に複数依頼を選べるが人の多い場所が苦手なエディスは依頼を選ぶ間他の冒険者に見られたくなくさっさと選んでしまった。
ギルドを出たエディスは町なかを進み、城門を抜けて外の森へと向かう。
心の内に反し歩く速度は妙に速かった。
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