プロローグ 5


 一週間ぶりにエディスは町に戻った。

 この一週間の間で、一度だけエディスは伝言帳に返事を書いた。

 それ以来見ても居ない。興味がないというのもあるがモンスター退治に明け暮れて忘れていたというのが正しい。


 早朝。朝の十時ごろに町に戻ったエディスは久ぶりの町の大地を歩く。

 エディスが町で活動するのは週に二日。モンスターの換金と依頼の受注時、そして宿に泊まる為だけにエディスは町で活動する。

 当然町に戻ったのだからそれらをする。今のエディスの目的地は冒険者ギルドだ。

 冒険者ギルドは町の門から比較的近い位置に存在する。たどり着いたエディスはギルドの隣の建物に入っていく。


 外見上はギルドの四分の一程度、ごく普通の一軒家程度のサイズだ。こちらは作りがしっかりとしており物理的な頑丈さは勿論魔法防壁さえ張られている。

 こちらはモンスターの素材を受け付ける場所だ。モンスター素材の保存や管理の為に大きくなった建物だ。

 建物に反し入口は小さい。ごく普通の一軒家の扉だ。エディスは無造作に扉を開け中に入る。


(いつ来ても広いなここ)


 外見に反し中は非常に広い。

 これもまた魔法で拡張した結果だ。

 使われている魔法は分類上は下位に位置する<空間拡張>フィールド・エクステンションだ。

 この魔法は名の通り空間を拡張する魔法であり禁位魔法扱いされている。

 理由は当然こんなもの密売やら密造等の犯罪行為がし放題になる魔法だからだ。

 使用するには魔法士ギルドに登録した上で使用申請書類を提出後多額の金銭を払った後にその国のトップ、最終的には王の許可が出てようやく使用が許される魔法だ。

 更には月一の頻度で国から監査官がやって来て違法行為をしていないかの確認までされる。余談だが冒険者ギルドカードも<空間拡張>フィールド・エクステンションと似た魔法が使われている。

 流石に個人単位で使っている魔法まで調べつくす事は出来ないがそれでもギルドカードに込められている魔法と同じ効果を持つ<資材空間>ポケットスペース等を取得した者は魔法士ギルドへ登録する事を法律で決められている。

 モンスターの素材を保存、利用するための場所として場所等幾らあっても足りない。故の魔法による拡張だ。


 入って来たエディスに颯爽と近づいてくる者がいる。


 貫録のある男だ。右目に入っている縦の傷は見る者に威圧感を与える。

 スキンヘッド。剃っているのか無くなったのかわからないが元の顔つきと合わせると暴力的な雰囲気が強くなる。

 身長は百七十八センチ程度とエディスに迫る程。

 恰好はこの場に居る者達──解体作業や加工作業を行っている者達と変わらぬエプロン姿。


「よぉ。やっと来たな。今日は何を持ってきたんだ?」


 多少馴れ馴れしく話しかけてくる男──ディックはにやにやと笑みを浮かべながら問いかける。

 ディックはこのモンスター素材加工所のトップだ。それほどの人間がきやすく話しかけるなよ、とエディスは内心思いながら対応する。


「持ってきたのはこちらになります」


 きわめて普通に、相手がきやすく話しかけているとしても普通に事務的に対応するようエディスは気を付ける。

 冒険者カードを操作し、素材一覧を空中に投影する。

 これも冒険者カードを持つ能力の一つである投影だ。


「ほー、これまた随分と倒したな」


 エディスが倒したモンスターの一覧を見てディックは感嘆の声を上げる。

 こっちに来てくれ、と指示を出され大人しくエディスは着いて行った。








 ■


 それからしばらくして、ようやくエディスは解放された。

 毎度のことだがモンスター素材の売買には時間がかかる。

 単に倒したモンスターを売るだけでは済まない。何処でどれだけ倒したかも聞かれるのだ。

 むやみやたらにモンスターを倒し生態系を大きく崩すようなことがあってはいけない。その為にモンスターを何処で倒したのか、数まで把握する必要がある。

 数だけならば素材の数でわかるが何処で倒したのかは本人に聞かないとわからないのだ。

 更にエディスが持ってきた素材の数もまた問題。生態系に影響を及ぼす程ではないがCランクソロとして相応しい数であり買取の査定にも時間がかかる。


 得た金額は七十万G。これは庶民の給料三ヵ月半分になる。

 平均的な平民の日給が一万ゴールドである為一週間、七日間働いたことで得た金額は単純計算で十倍にもなる。

 冒険者はモンスターと戦う職業であり、それには当然危険手当も入ってる。そこに依頼達成による報酬とモンスター報酬が合わさればこの金額にもなる。

 冒険者の平均を言ううならば一日一万Gから二万Gだ。それを考えればエディスの収入はとんでもない事に成る。

 だがエディスにとってはまだ足りない。

 単純計算ならば後五百日、一年と少しで目標である五千万Gに到達する。

 しかし現実がそんなに簡単ではない。一週間で五十万の日もあるし少ないと二十万の日だってある。逆に多い日もあるが。

 その為に依頼を受けてモンスターを、と思うが過度なモンスター退治や依頼の受注は問題を起こす。その為に平均的な依頼しか受けれない。

 そもそもの話一度で十近い依頼を受注するのすら半分グレーなのだ。それを一週間纏めて処理しているので現状問題になっていないだけで。


 解放されたエディスはモンスター解体所から出て、宿へと向かう。


 時刻は十時を過ぎている。人通りも多くなる時間帯だ。

 奇異の目を受けながらエディスは歩いて行き、宿に辿り着く。


 宿は前回泊ったのと同じ宿、木造建築のよくある建物に過ぎない。

 宿に若干屈んで入ったエディスは宿の店主である男性に視線を向ける。

 壮年の男だ。年齢は三十代半ばといったところだろう。ふくよかな体系をしていること以外は特筆する事も無い。


 カウンターで暇そうに本を読んでいた宿屋の店主にエディスは近づくと店主も気づき視線をエディスに向ける。


「宿ですね。何泊しますか?」

「……一泊でお願いします」


 何か言う前に言われた事に驚きながらエディスは対応する。


「食事はどうしましょうか?」

「いりません」

「わかりました。こちらが部屋の鍵になります」


 店主が渡したのはよくある鍵だ。キーホルダー代わりに部屋の番号が着いているだけの鍵。


「ありがとうございます」


 軽く頭を下げ、エディスは部屋に向かう。

 渡された部屋番号は二階にある為にカウンター隣の階段を上る。

 この宿は三階建てであり、部屋一つもそこそこ広い。

 二階に上がったエディスは鍵を見て部屋番号を確認し、部屋に入る。


 部屋の中も質素だ。

 ベッドに机、クローゼットという質素な部屋。少なくともCランク冒険者には相応しくない宿だ。


 何時もならすぐにベッドにダイブするところだが、今日は違う。


 魔法を唱え、本を取り出す。

 使う魔法は<資材空間>ポケットスペースであり、取り出したのは伝言帳。


 本を手に椅子に座り、開く。


 何を書こうか。どう書こうか。しばし悩んだ後にエディスは書き込んでいく。

 そして書いた後に自分は何をやっているんだ、と羞恥に襲われ本を閉じ、ベッドにダイブし眠りに落ちた。



 "うお! 返事が来た"


 直ぐに返信が来ていることに気づかぬまま。








――――

あとがき

毎日投稿は本日までです。次回からは二週間に一話から二話の更新に成ります。

金曜日に更新いたします。

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