5日目3 固い決意

『18時になりました。本日の討伐ポイント交換タイムを開始します』



 相変わらず唐突なアナウンスと共に、俺の脳内には例の巨大なカタログが出現する。


 …うーん、今日のところは怪物どもの侵攻を撃退できたからいいものの、今まさに激戦の最中にこの割り込みを受けるのは危ないのではなかろうか?


 なにしろ、18時になるや否や確認も承諾も一切無く強制的に脳のリソースを奪われるわけで…おっと、それは後にして買い物を済ませなくては。


 『討伐ポイント交換タイム』は5分間しかないので、文句を言うのは後にして乃愛のあが事前に作ってくれた買い物リストに従い次々と品目を購入していく。



 リストの中には乃愛のあが前日に自分のカタログを見ながら品番を控えてくれた物もあるのだが、大部分は今日の昼間に乃愛のあが思いついた生鮮食品なので、これは俺自身が検索しながら品目を指定しなくてはならない。


 えーとえーと、鮭とあるのはまさか一本丸ごとではなくて切り身だろうし、カボチャは…これは丸ごともあり得るな、どっちだろうか…?


 ええい、面倒だから丸ごとカボチャとカットカボチャの両方買ってしまえ。


 それからそれから…





 …よし、なんとか時間内に買い物リストをクリアできたぞ。


 もしかすると乃愛のあの意図と違う物もあるかも知れんが、その場合は妻に頼まれた買い物を上手くできなくて呆れられる世のお父さんたちに倣(なら)って、甘んじて叱責を受け入れよう。



 などと微妙に意識の低いことを考えつつ、俺は残りの討伐ポイントに意識を向ける。




─────────────────────

甍部誠一いらかべせいいち

討伐Lv30 

討伐ポイント 1955Pt


《コモンスキル》

棒術1

射撃9

操縦1


《レアスキル》

修理3

DIY3


《ユニークスキル》

タレット19

自動オートモード

┗タイプBタレット

直接照準ダイレクトサイト

掲示板39

┗分析AI

─────────────────────

 


 うーん、凄まじいポイントの増え方だ。


 なにしろ『ホブゴブリン』は一匹あたり5ptの獲得であった上に、あの短時間で200匹近く押し寄せてきたので…それだけで1000pt、およそ100万円相当の収入になったわけか。


 いや、こんなの生鮮食品や日用品を購入するだけで使い切れる訳がないぞ…?


 こりゃあ、乃愛のあにはもっと値が張る物で、討伐ポイントを消費できるような品目を探すように言っておこう。



 余り時間を使って俺自身もカタログをパラパラと眺めてみたが、これはやはりカタログの仕様上なにか目的を持って見ないと意味がないな。


 なんの目的意識もなくページをめくっても、本日購入した品目の細部違い…つまり産地の異なる鮭が細かく何ページも続くだけである。


 

 …例えば、武器はどうなんだ?


 そう意識した瞬間にカタログのページが大きくめくれて、剣やら槍やらクロスボウやらといったファンタジー全開の品目が並ぶページが表示される。


 うーん、なぜ微妙にローテク武器ばかりなのか…いや、そうか。


 これはスキルとして現れる内容に対応しているのではないか?


 思えば、俺の『棒術』や乃愛のあの『斧術』などはまだギリギリ現代社会でも調達可能な武器に対応するスキルだが、これが『剣術』だの『槍術』だのと言われれば、たまたま刀剣類の美術品店を営んでいない限りは、ここで調達することになるんだろう。



 …なるほど、熊野市庁舎に立て籠もっている警察官は『剣術』で怪物を撃退しているようだが、俺はまたてっきり押収品か何かで模造刀が警察署にあったのかと想像していたぞ。


 たぶん、彼らはここにある最安値で5ptほどのファンタジー剣を購入したに違いあるまい。



 ふーむ、そうとなれば武器の補充にも難儀していることだろうし、今日の撃退で拠点の周りに大量に散らばった怪物どもの武器を届けてやりたい気もしてくるな…


 もちろん、武器を届けるどころか拾いに出ることすら、するつもりは無いのだが。


 …と、交換タイム終了か。











 本日の『討伐ポイント交換タイム』が終了し脳内のカタログが消え去ると、テーブルの上には俺が購入した品々が並んでいる。


 さあ、これから乃愛のあの検品と冷蔵庫収納が始まるので、俺の買い物に不手際があったならば逍遥と怒られようではないか(泰然自若)



 …などと俺が謎の覚悟を決めていると、乃愛のあは意外な事を言い出したのである。



「はい、これ頑張った誠一せーいちにご褒美! お店じゃないからラッピングしてないけど…」



 そう言いながら、乃愛のあは小さな紙袋

俺に手渡してきた。



「あ、ありがとう…」



 突然のことに驚いて、俺はかろうじて礼を言うのがやっとだった。



 …そうか、すっかり忘れていたが乃愛のあにも毎日少しずつ討伐ポイントが支給されているわけで、それを貯めて俺にプレゼントを購入してくれたのか。



 もちろん、とても嬉しい…のだが。


 俺は乃愛のあから紙袋を受け取りながら、内心で激しく反省していた。



 …心がけがれきった俺は、乃愛のあの「ご褒美」をえっちなものだとばかり思い込んでいた。


 …いやそれどころか、たった今乃愛のあがこの紙袋を「ご褒美」だと言った時に、嬉しさよりも先にえっちな事ではなかったと落胆があった事実に、その余りにもけがれた心のありように我ながら愕然としてしまったのだ。


 …これほど思いのこもった素晴らしいプレゼントをもらったと言うのに、だ。


 …恥ずかしい。心の底から自分が恥ずかしい。



「…ねえ、開けてみて」



 乃愛のあかされて、俺は紙袋から中身を取り出す。



 …ともかく、反省は明日に活かしながら今は乃愛のあのプレゼントに心から感謝をして、その後は夜まで自分自身を見つめ直す瞑想の時間に…



 …



 ……




 ………ん?









 …『ラブラブ恋人たちラバーズ モイストジェルタイプ うすうす密着0.01mm イケメン彼氏のLサイズ 12個入り』…?









 こ、こ、こ、これはどういう!?



「どういうって…え、まさか誠一せーいち付けないつもり!? ダメダメダメ! それはまだダメだかんね! ちゃんと付けてくださーい!」



 い、いやそういう意味じゃなくてですね!?


 これがそもそもどういう…


 …


 …


 まだ!??


 そ、そ、そ、そ、それはどういう!!?!? (大混乱)



 俺が一人で思考暴走している間に、乃愛のあは何かに気づいたような表情で口元に手を当て眉を曇らせる。



「…あ、やっぱLだと入んないかな…? アタシもXLがいいと思ったんだけど…可愛いのはLまでしかなくって。…ゴメンね?」



 いやいやいや! 乃愛のあが謝る必要は無いんだぞ!

 大丈夫!大丈夫!たぶんゴムラバーだから多少伸びると思うし…て、そうじゃなくて!!


 俺はラバーがどうとかラテックスがどうとかの話をしてるんじゃなくて…!!!










 落ち着こうではないか(泰然自若)



 なにを今さら、ことここにいたって慌てふためく必要があると言うのか…プレッパーは常に冷静でなければならないのだ。



 …なにより、男たるもの常在戦場である。


 急に刀を抜かれたので闘えませんでした、などと言う武士があるだろうか?


 急にボールが来たので蹴れませんでした、などと言うサッカー選手があるだろうか?




「…ありがとう乃愛のあ。一枚一枚大切に使わせてもらう」


「…うん。恥ずかしいから、次からは誠一せーいちが買ってね…?」



 そう言ってプイッと振り返り台所に向かう乃愛のあを見送った俺は、ベッドの枕棚を開いて箱の中身の12枚を一つ一つ丁寧に収めていく。



 …今の俺の心境について、ここでアレコレと述べるつもりはないのだが…ともかく、これだけは以前にも増して固く心に決めたことがある。



 それは、乃愛のあだけは何があっても俺がまもって見せる、ということだ。



 他に何か大言壮語をするつもりもないのだが、しかしこれだけは、俺の全身全霊をかけて成し遂げてみせる。


 俺はそう、心に誓うのであった。











 …それと。



 大変申し訳ないのだが…今夜の出来事については、これだけは俺と乃愛のあ二人だけの思い出にさせて欲しい。



 本当にすまないが、どうかみんな許してくれ。

 

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