3日目2 キャンプ飯

サバイバル3日目 10:30




 コンコン…パカン!


 乃愛のあが手斧を振るって刃に食い込んだ薪ごと台座に数度叩きつけると、乾いた音がして薪が真っ二つに分かれる。



「あっ、やっぱり! レベル上がったよ〜」



 …ええ(困惑)


 『斧術』のレベリングはそれでいいのかよ。




 今俺の眼前、居室空間の一角にあるエクササイズスペースでは、おっぱいキャンパーギャルが薪割りに励んでいるところだ。


 このスペースはいずれトレーニングマシンを増設するつもりで空けていたのだが、そこに土台となる大き目の丸太を置き、その上で乃愛のあがスコンスコンと焚き木を量産しているところである。



 うーむ、乃愛のあの感覚を信じて昨日の討伐ポイント交換タイムにキャンプ用の薪を購入してみたんだが、本当にこれだけで『斧術』のレベルが上がるとはな。


 俺はてっきり戦闘でしかレベルアップしないと思い込んでいたが、これならばわざわざ危険な地上に出ていかなくとも、拠点に籠もったまま乃愛のあもレベリングできそうである。



 コンコンパカン! コンコンパカン!



 …うんまあ、地下の生活空間にいながらにして、視界の端に薪割りギャルが映り続けることには多少の違和感を覚えるが…


 エクササイズスペースは分厚いラバーマットを敷き詰めてあるから床も傷つかないし、薪割りもエクササイズの一種と考えれば、まあ問題はないか。


 たしかボクシング漫画か何かで、薪割り筋力トレーニングというのを見たことある気がするしな(適当)


 


「ふぅ〜。いっぱい割ってスッキリしたぁ〜! 運動しないと太っちゃうし、ちょうどいいかも?」


 俺の拠点に籠もって以来初めてのキャンプムーブでストレスが解消されたのか、乃愛のあも上機嫌で焚き木を拾い集めて、ストーブの前扉を開いて数本を中に詰めていく。



 …えーと、これも説明が必要か。


 いま俺の目の前には、長さ50cmほどの金属円筒を横に倒して脚を生やしたような、いわゆるキャンプ用ミニストーブが設置されている。


 もちろんこれは乃愛のあの持ち物で、バイクのリアに積み込まれていたキャンプ道具ギアの一つである。


 俺にキャンプギアの知識はないのだが…なんでもこのストーブはノルウェー製だかなんだかの人気のモデルで、テントの中から煙突を外に伸ばして使用するそうだ。



 うーん、ギャルの見かけによらない料理上手で俺を驚かせた乃愛のあであるが、キャンプ方面もこりゃギャル味に反してずいぶん本格的というか…いや、そりゃそうか。


 なにしろ女一人でバイクを走らせてソロキャンプをすると言うんだから、そりゃあガチ勢に決まっている。



「煙が漏れないか試してみるね〜」



 俺が感心している間にも、ギャルキャンパーは手際よくナイフで焚き木の一つをササラ状に削り、なんだかよく分からんクリスマスツリーのミニチュアみたいな物を作成していた。


「これはね〜、フェザースティックって言ってぇ、空気が通って火が着きやすいんだよ〜」


 はぇ〜、自作の着火材という訳か。


 ギャルから学ぶ本格キャンプ講座(おっぱいオプション付き)、現在開催中です。



 ちなみに、この拠点にはLPガスを使用した内燃発電機を使用するための煙突口が備えられており、居室と外部とを隔てる前室に一つ…これは現に発電機が接続されているが、コレに加えて前室が汚染されて使用不能になる場合に備えて居室側にも予備の煙突口がもう一つある。


 現在はその予備の煙突口に乃愛のあのストーブの煙突を差し込み、少しサイズが合わない分は不燃布を詰め込んで隙間を埋めてみたぞ。


 …まあ、これで乃愛のあのキャンプ欲が解消されて、地下生活のストレスが少しでも解消されるならいいか。



 などと算段する俺をよそに、乃愛のあはこれまた手際よく火をおこしてストーブの中に運んでいた。



「これこれ〜、この感じが落ち着くんだよね〜」



 やがてパチパチと音を立てながら焚き木全体に火が回り始めると、乃愛のあはストーブの前扉についた吸気口のスリットを狭めて炎を安定させていく。



 …ふむ、乃愛のあの言う通り、耐熱ガラスの向こうでユラユラと揺らめくオレンジ色の炎を眺めていると、不思議な心地よさがあるな。


 炎そのものにある種のリラックス作用があるというか…これは過酷な生存競争に生きた我々人類の遠い記憶なのだろうか。


 俺みたいなアウトドア趣味の対極にあるような人間にも、こうした回路が備わっていることは面白い。



 こうして焚き火を囲むことで体温保護欲求を充足させ、食料の毒素を滅して安全を確保し、そして危険な野獣が潜む暗がりを照らす…


 今日の生存を喜び明日を期す…そうした、祖先たちの原始的プリミティブな営みを追体験しているかのようで……


 …


 …こりゃあ


 ……世のキャンパーたちが焚き火系ギアにこだわる気持ちも、今ならば………













『正午になりました。サバイバル3日目を開始します』

 



 …ふがっ!?





 突然脳内に鳴り響いたアナウンスで俺は飛び起きる。


 いつの間に眠っていたんだ…! 正午のアナウンスは何があるか分からんので特に警戒するつもりでいたと言うのに。



『生存者全員に討伐レベル+1ptの生存ボーナスを配布します』



「はへ…? 寝ちゃってたね…」



 乃愛のあも俺の肩に頭を載せて眠り込んでいたらしく、目をこすりながら状況を確認していた。


 ええい、うっかり寝落ちしてしまった事はこの際仕方ない…!


 アナウンスの内容を聞き逃しては一大事だから、今はともかく集中しよう。




『これまでに欠番となったスキルの再配分を行います』




 …欠番?


 それはつまり…スキル保持者の中にすでに犠牲者がいると言うことか…?


 その分を、また新たに獲得した者があるらしいな。



 …



 それだけを告げて、本日正午の脳内アナウンスは終了のようであった。




 …ふぅ〜、状況に大きな変化はないようだな。


 今回は油断してしまったが、次は気をつけなくては。




「せっかく火を起こしたから、お昼はキャンプ飯にしようね〜」



 乃愛のあの様子はと見ると、いつの間にか取り出したスキレットをストーブの上に載せ、油を引いて野菜やキノコを熱し始めている。


 …うーん、物に動じないと言うべきかなんと言うべきか。



 さっきはマイペースで緊張感の薄い乃愛のあの調子につい巻き込まれて油断し寝落ちしてしまったが…いや、待てよ。



 俺は乃愛のあが調理に使用しているストーブの炎に注視する。


 その揺らめきを視界に収めた途端、再び俺の脳裡には急速に安らぎが広がって…つい今しがたの動揺があっという間に平静化されていくのが分かる。



 …これ絶対スキルだろ。


 そういえば乃愛のあが保有する『キャンプ』のスキル。


 これは俺の『修理』や『DIY』と同列のカテゴリにあるレアスキルなのだから、単にキャンプが上手くできるだけの補助的スキルではなく、何らかの超常的性能を持っていてもおかしくはないのだ。



 さしずめ、強力な精神安定効果というところだろうか?


 …いやこの短時間で身体的にも妙に好調になっているので、こりゃ人体に対する総合的な治癒ヒーリング効果があるのかも知れん。


 ふむ…害のある物では無さそうだが、これもいずれちゃんと検証していこう。



 

「できたよ〜、アツアツで食べよ!」



 俺のスキル考察の間にも乃愛のあのキャンプ飯作りは進んでいて、ストーブのサイドフラップに移されたスキレットの中には野菜とキノコと鮭の切り身を味噌バター炒めにした料理が湯気を上げていた。


 うーん、相変わらず美味そうだ。



 …いや、美味うまっ。


 

 味噌バターで包み焼きされたような鮭の切り身を一欠ひとかけ口に運ぶと、キャンプ風の濃い味付けとホクホクとした鮭の旨味がマッチしていて、こりゃ本当に美味い。


 普段の乃愛のあの料理も十分美味いのだが、これはまた格別というか…『料理』と『キャンプ』のダブルスキル効果が乗っているんじゃないのか?



「んん〜、美味しい! …ねえねえ、お酒に合いそうじゃない…?」



 そう言って乃愛のあは上目遣いでコチラを見てくるが、合いそうも何もお前が意図的にそういう味付けにしたんじゃないのか…?(疑念)


 …まあ、実際合いそうではあるな。



「まだ昼間だからな、一本だけだぞ」


「ガチぃ!? やったぁ〜!」



 俺が許可するとパタパタと冷蔵庫に駆けていった乃愛のあは、すぐに500ml缶ビール2本を手に戻ってきた。


 昼間からロング缶て、それも一本ではあるけどさ…(呆れ)




 カシュッ!  グビッ…グビッ……




「…ぷはっ! おいし〜い!」




 …こんなのうまいに決まってるだろ! いい加減にしろ!(半ギレ)



 口の中に残る味噌バターの濃い後味が、爽やかに苦いビールの喉越しで押し流されて…!


 それでまた次の味噌バターの一口が新鮮ビビッドに旨くて…!


 こんな旨い酒のアテを作る同居人がいたら、ビール腹中年コースまっしぐらになるだろうが…!!(全ギレ)


 


 その後は、上機嫌で酒が進む乃愛のあと一緒にスキレットの料理に箸を伸ばしながら、キレ気味にビールをあおる俺もなし崩しに2本目のビール缶を開けていたのだった。


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