神を招いた家 -松久一家殺害事件について-
灰野 千景
テキストファイル: 独白_2024_11_18.text
テキストファイル: 独白_2024_11_18.text
「これを読んでいる人へ。引き返すなら今だ。あの家は、あなたを逃がさない。」
今から書くこの物語は、全て私自身が体験した実際の出来事を元にした話だ。思えば、最初の発端があの家族の夢だと気づけたならば、私はこの事件に踏み込まずにその場から立ち去れば良かったと後悔している。
きっと私が言ったところで誰も信じないと思うし、これが現実だとは信じられないと思う。私だって、今こうしてテキストに書いているが、これが自分の体験した現実の話だと実感するのが難しい。
今はまだ、本格的に実行に移す前に、せめて私がマトモなうちに書き残しておく。
これを知ったあなたが同じ道を辿らないことを願っている。私には、もう手遅れだが。
───
記録1: 2024_11_18.text
最終更新日: 2024/11/18 22:39
ここ最近、ずっと奇妙な夢を見ている気がする。普段だったら、夢なんて繰り返し見ることはないし、ましてや内容を覚えていることもほとんどない。だけど、この夢だけは何度も何度も見る。少なくとも二週間、いや、ひょっとしたらもう一ヶ月近く、毎晩同じ夢を見ている気がする。
その夢の中で、見知らぬ六人家族がテーブルを囲んで夕食を食べている。名前も知らない三世代ひと家族が、楽しげに談笑しながら、明るい部屋で夕食をとる姿を、私は外からじっと眺めている。はじめは「ホームシックか何かかな」と思った。一人暮らしが長くなって、家族が恋しくなったのだろうと。
だけど、この夢は一度や二度では終わらなかった。次第に毎晩、同じ家族が同じ部屋で、そして、夢の中の自分の位置が少しずつ変わっていることに気づいた。そして二週間前くらいになると、気づけば私は六人家族の「七人目の家族」として、食卓に当たり前のように座っていた。彼らも私を当然のように受け入れ、まるでずっと一緒にいた家族であるかのように振る舞っている。
夢のはずなのに、いつの間にかそれが「当たり前」に思えてくる。けれども、目が覚めると私は一人暮らしのままで……。
私がこの家族に興味を持ち始めたのは、七人目の家族として日常に溶け込むようになったころからだった。気づけば、知らないはずの家族の名前がはっきりと頭の中に残っていた。この家族は「
夢の中では私は松久家の長男として、ごく自然に生活をしている。そして毎日同じような会話、兄弟のやり取りが繰り返されていく。けれども、その平凡なやり取りがなぜか心地よく、「このまま夢が覚めなければいいのに」とすら思ってしまうことがあった。
だが、そんな風に思った瞬間だ。突然、家族全員がまるでスイッチを入れられたかのように無表情になり、全員が一斉にこちらを見つめていることに気づく。私は息を飲み、何も言えないまま彼らを見返した。
その不気味な瞬間に、はっとして目が覚める。飛び起きると、心臓がバクバクと鼓動を打っていた。なぜ、そんな顔をするのか
── 家族が私を無言で見つめるあの顔が頭から離れなくなっていく。夢を見ること自体が、次第に恐ろしくなり始めていた。
───
記録2: 2024_11_19.text
最終更新日:2024/11/19 23:10
今夜の夢はさらに異様なものになっていた。松久家の家族は、昨日と同じように何もないテーブルを囲み、手を組んでいた。
しかし、夢の中での私は、なぜか「これが当たり前」と感じながらも、どこか恐ろしいものに引き込まれているような感覚が消えなかった。目だけを動かして壁の方を見ると、昨日見た祭壇のテーブルが妙に近づいているように見えた。あの太陽と炎の紋章は、相変わらず「こちらを見つめている」ようで、視線を感じるだけで身震いがした。
「今日もお祈りをちゃんとしなさい」と、また父親の徹が静かに言った。家族全員が私を無言で見つめている。なぜか彼らの目は異様に黒く、深く沈み込んでいるように見えた。
私は「何かがおかしい」と思いながらも、夢の中での自分が強制されるかのように、自然に言葉を発していた。
「……天の光、すべてを清め給え」
気づけば、自分も含めて全員が揃った声でそう呟いていた。私の意識が現実に戻りつつあるのを感じた時、テーブルの下に「何かが蠢く」影がちらりと見えた。思わず目を凝らすと、影はゆっくりと形を成し、まるで「誰かが這い寄ってくる」ように感じられた。
怖くて一瞬息を止めたが、その時、家族が一斉に私を見つめた。父の徹が、目を伏せたまま私に向かって言った。「大丈夫だよ。今日は一緒に、楽園への扉が開かれる日だ。」
その言葉を聞いた瞬間、全員の顔が無表情に変わり、私は視線の逃げ場を失った。
「このままじゃまずい!今度こそこの家族に取り込まれるかもしれない!」
そんな強い焦りが私の体を貫き、吹き出す冷たい汗が全身をびっしょりと濡らしていた。いつもならこの時点で目が覚めるはずなのに、まるで体が何かに固定されたかのように動かない。目の前の家族が「明らかに異常」だと察した途端、頭の中で警鐘が激しく鳴り響いた。家族全員がゆっくりと立ち上がり、私に向かって手を伸ばしてくる。その手に掴まったら「戻れない」と直感し、私は必死に体をよじって逃れようとするが、体が縛り付けられたように動かない。
「早く、早くここから覚めてくれ!」と叫ぶと、拘束がふっと緩んだ。次の瞬間、私は布団から飛び起きていた。
荒い息とともに心臓がドッドッドッと激しく打ち鳴らされている。私はそっと手を胸に当て、この一人だけの部屋が「現実」だと自分に言い聞かせる。顔も背中も、手にも汗が滲んでいた。夢の中の人たちが私を現実から引き摺り込んでくるような錯覚が消えない。
「……あんなのが、夢?」
さっきの出来事が夢とは思えず、何もかも現実のように感じる中、ふと一つの言葉だけが頭に残っていた。
「……天の光、すべてを清め給え…」
夢の中で呟いたはずの言葉だが、どこかで聞いたような気がする。私は枕元のスマートフォンを手に取り、無意識に検索エンジンを開いた。だが、その言葉の意味を知ることはできなかったものの、あの奇妙な家族のやりとりに関係がありそうな「天道教」という新興宗教の名前が結果に出てきたのだった。
その言葉を見た瞬間、鳥肌が立った。
「
私は震える指で、さらに「天道教」について検索を続けた。画面に映し出されたのは、ある宗教のシンボルで、太陽の中に目が描かれている異様な紋章だった。夢の中で見た、あの祭壇のシンボルと全く同じものだった。
「これは……どうして、現実に存在するんだ?」
自分が見た夢が、ただの幻想ではないのかもしれないという恐怖が、私の心を冷たく締め付けていく。
さらに調べていくと、天道教が関わる不気味な事件の情報が次々と表示された。「信者が集団失踪」「謎の集団自殺事件」……そのどれもが過去に松久家と関わりがあったかのように思えてくる。
私は思わずスマホを持つ手を強く握りしめた。画面には信者の家族が残した「遺書」の一部が掲載されていて、その文面にはこう記されていた。
「……天の光、すべてを清め給え。私たちは楽園への扉が開かれる日を待っています。」
心臓が凍りついた。私が夢の中で呟いた言葉と同じ内容だった。胸が締め付けられるような恐怖に、私はその場に座り込んだ。夢の中で家族と唱えていた「お祈り」が、この現実の教団と結びついていることに気づいてしまったのだ。
しかし、そんな不可解な夢の恐怖よりも、現実に戻ってこれた安堵感から、私はふと一つの疑問に突き当たった。
「──だとしても、どうして毎日こんな夢を見ることになったんだ?もしかして、夢を通じてあの家族が私に何かを訴えようとしているのか?」
そんな考えが頭をよぎりながら、私は検索エンジンに表示されている「天道教」の検索結果をじっと見つめていた。あの夢の家族──松久家が、何か異様な宗教と関わっているのかもしれないという疑念が離れない。
私は「天道教」に続いて「松久家」と文字を打ち込んでみた。指先が少し震えていたが、検索を押すと数件の結果がヒットし、画面の上位には「松久一家殺害事件」という見出しが表示された。
その文字を見た瞬間、心臓が凍りついた。
夢から覚めるときのように、全身から冷たい汗がぶわっと噴き出し、震える手で検索上位に表示されているWikipediaのページを開いた。
ページには、「松久秀喜」「松久寿恵」「松久徹」「松久あかり」「松久暁」「松久遊星」──夢で知っている家族の名前が記されていた。まるで夢の中での出来事が、現実にまで滲み出しているような感覚が体を襲う。
「 「松久一家殺害事件」とは、1999年に発生した一家心中事件で、松久家の家族が不可解な儀式の末に命を絶ったものだった。事件後には「天道教」との関わりが示唆されているが、詳しい情報は不明とされている。」と簡単な説明が続いている。
私はページを見つめたまま、震える手でスマートフォンを置いた。この夢の出来事が、現実と繋がっている──その事実が私を深い恐怖へと突き落とした。
私は思わずかぶりを振り、「これが現実だとしても、自分とは全く関係ない。」と自分に言い聞かせた。ただ、何かしらの動画で見たものが頭に残っているだけで、それが夢となって現れただけかもしれない。そうだ、きっとそうに違いない──そう自分に言い聞かせると、少しだけ心が落ち着く気がした。
今日はアルバイトもある。こんな不可解なことは忘れてしまおう。私は気持ちを切り替え、身支度を済ませることにした。
それでも、どうしても気になってしまう。私はこの夢を見始めてから、何かがあるのではないかと思い、昨日から夢の内容を記録に残し始めていた。こんな体験を記録しておく自分が、逆にあの夢に引き込まれているのではないか、そんな不安も少し残っている。でも、もしかしたら、この内容はいずれどこかで公にするべきなのかもしれない……。
近いうちに、また何かが分かれば、ここに載せようと思う。
神を招いた家 -松久一家殺害事件について- 灰野 千景 @yakumo_kiyashiki
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