第35話 二人の嫉妬 『目玉』

 “このまま” ——


 私は、一郎さんの顔を見つめたまま頷いた。


  気のせいではない。


 この前の “お試し” の時のようにな落ち着いた一郎さんとは少し違う。

呼吸が少し荒くなっている。


  ――欲情されている。


 そう思ったら、嬉しさとともに、いよいよなのだ、と不安も押し寄せた。

 何しろ、数えたことはないけれど、十六歳で嫁ぎ、はじめの一年こそは何度か身体を重ねていたけれど、それ以降何年も全くなかった故に、正直、自分に自信がなかった。


 蒲団に横になり、浴衣の紐をほどく。その動作も、この前のような不馴れさは感じず、するすると肌を露にされた。


「……大丈夫?」


 私が急に積極性を失ったからなのか、一郎さんが不安気な瞳で見下ろす。


 こんな表情も、なんて綺麗なんだろう。

ようやく形だけの夫婦から脱する夜が来たというのに、彼にこんな表情をさせてはいけない。


「は、い……」


 もう一度頷いて、一郎さんの首に両手を回す。

 柔らかな唇が重なり、閉じていた歯を割って彼の舌が自分のものと絡まった。


 このような接吻をすると、途端に一郎さんを ″男性″  だと思えてくる。


 勿論、性別的に男性なのだが、男色を疑ってしまうほど中性的な美しさを持っていらっしゃるから、どうしても女性に欲情する所がイメージできなかった。


 ますます息が荒くなった一郎さんの唇が、開かれた掛襟の間から、私の膨らみに触れた。


  始めは恐る恐る。

 けれど、次第に赤子が乳を欲しがるように激しく貪り始めた。


 今まで前夫にも感じなかった甘美に、思わず声を漏らしそうになる。


 いけない。


 隣には眠っている義弟がいる。


 声を我慢して、快楽に身体を委ねる。


 ……あ。

  照明。

 消して欲しい。


 今さらながら赤々とした部屋でこのような淫らな姿を見られることに恥じらいを覚えたその時、奥の方から視線を感じた。


  ――え……。


 何気に四畳部屋の方に顔を向けたら、襖が僅かだが開いていた。


 その隙間から、二つの目玉がこちらを覗いていたのだった。


「キャァァァっ!」


 と、かすれかすれの情けない悲鳴を上げて、咄嗟に近くの掛け蒲団をかぶる。


「どうした?」


 驚いた一郎さんが、私が指差した方を見る。


「………い、………今、あそこに人がっ……」


「人?」


 私から離れ、乱れていた浴衣を直しながら、僅かに開いた襖の所へ向かうも、


「……宗一、爆睡してるよ」


 何かと見間違ったんじゃないのか、それか宗一を気にしすぎだ、と言って少し呆れていた。


「……そう、ですよね、驚かせてしまって……」


 謝りながらも、確かに覗く目を見たんだけどな、とシュンとした。

 何より、


「なんか、萎えたな……」


 一郎さんを白けさせてしまったことが悔やまれた。


 ……あぁ。

  また、一つになり損ねてしまった。


「今夜はもう寝よう」


 そう言われて、私も浴衣を直して蒲団に入った。


 二人の夜はいくらでもある。

 そう思っていたいけど――……。


 隣に宗一さんがいる限り、二人の距離がこれ以上縮まることはないような気がしてきていた。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

(出戻りですが) 年下御曹司に愛されてます【全公開2/6〜】 こうつきみあ(光月海愛) @kakuyume251

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ