第14話 私の決意 『添田の嫌味と波乱の予感』

「おはようございます。奥様。お顔が赤いですが、熱でもあられるんじゃないですか?」


 店の手前で添田さんに出くわした。


「おはようございます。熱などありません。ご心配おかけして申し訳ありません」


 つゆほども心配していないだろう秘書に軽く頭を下げる。

 私の事を “つまらない嫁” と言ったり、男を紹介するとからかったり、この方が一郎さんの秘書でなければ無視するところだ。


「今日も忘れものをお届けですか? 口実つけて一郎くんを連れ回して拘束しないで欲しいんですがね、昨日みたいに」


 添田さんの嫌味に、また顔がカッと熱くなる。


「昨日は連れ回したわけではありません! それに、今日は一郎さんが店の仕事を覚えて貰っていいと仰ってくださったから出向いているんです」


 私がムキになって言うと、メガネの奥の目がスッと細まった。


「貴女にいったい何ができると言うんです?」


「!」


 あざけるように顎を上げて、冷めた眼で私を見据える。


「形だけの妻でいれば恥はかかない。貴女のためだ。屋敷でおとなしく茶でも飲んでいたらいい」


 あまりの屈辱に唇の端が震えて、咄嗟に言葉が出なかった。


 ……この人、なんなの?

 どうして私に敵意剝き出しなの?

 そんなに私のことが気に入らないの?

 

 そこへ、


「あ、添田さん、専務が探してましたよ。お客様のお出迎えに行って欲しいそうです」


 女性店員が彼を呼びに現れ、「わかりました」と立ち去って行ったのでホッとした。


「おはようございます。奥様。今日から業務内容を奥様に伝授するように、と専務に仰せつかっております」


 昨日、躓いた自分を支えてくれた彼女は、一郎さんに、「千代さん」と呼ばれていた。


「ありがとう。では、千代さん、宜しくお願いします」


 朝から心乱す事ばかりだったが、気持ちを切り替えて店に赴いた。


 今日は、海外から重要な来客があるとのことで、一郎さんと男性従業員は商談席を仕切り板で囲ったり、辞書や珈琲を用意したり、準備に勤しんでいた。

 通訳は添田さんがするらしい。


 それ以外は予定された来店はないらしく、千代さんはゆったりとした口調で説明してくれている。


「宝飾部門での一番の売れ筋商品は、婚約指輪と結婚指輪です」


「やはりそうなのですね」


「それらを何故、左薬指にはめるかご存知ですか?」



 千代さんの視線が、式当日に贈られた私の結婚指輪に注がれる。


「いいえ……」


「古代より、女性の左手の薬指と心臓は1本の血管で繋がっていると考えられていました。そこから命に一番近い指として、愛を育むためにはめるようになったと言われています」


 愛を育む……。


 私は、思わず自分の白金の指輪を眺めた。


 ただのお飾りだと思っていたのに、そんな意味があるなんて——



「売り子の私達は、なるべく洋装であった方が商品をオススメしやすいかと思います。和装小物も、和装でないと売れない、ということもありませんので」


 さりげなく、千代さんが私に洋装をすすめたので、明日からはそうしようと決めた。

 でも。

 持っている一張羅のスーツは、実家の母の見立てなのであまりお洒落なモノではない。


 後で銀座にでも行ってみようかしら、などと思っていたら、入口に車が止まった。


 添田さんが迎えに行っていた、外国のお客様だった。


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