第12話 私の旦那様 『不思議なひと』

「……ごめん、ペラペラと。仕事の話になったら、止まらなくて」


 私が黙り込み、一郎さんが済まなそうな顔をする。


「いいえ。宝飾のこと全然知らなくて、他にも教えて頂けると嬉しいです」



 華族であっても、それほど裕福ではなかった桜小路家は、お洒落の最先端など取り入れる余裕もなかった。


「そう、じゃあ、工場を出たら、デザイナーの所へ行ってみる?」


「……デザイナー?」


「うん。うちは加工の下地と同様にデザインの開発にも力を入れてるんだ。僕が通ってた高等工業専門学校の先輩で西洋のアール・ヌーヴォー式を取り入れた優美な和装宝飾のデザインをする人がいてね――」



 また饒舌になった一郎さんと工場を出る。


 道中、彼が隣で話す声を、とても心地よいと思った。


 ――つくづく、私の旦那様は不思議な人。


 形だけの妻で、興味もないし、御披露目も面倒くさいけれど、仕事の事だけは熱心に教えてくれようとする。


 それだけ家業に情熱を注いでおられるのだ。

何もない私からすれば、それだけで羨ましくなる。


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