第10話 私の旦那様 『侮辱』

 率直に聞かれ、私の顔はみるみる紅くなった。

 これでは、まるで私が夫である一郎さんに片思いしているみたい。


「そんなに恥ずかしがることもないかと。夫の過去が気にならない妻はいないでしょう。たとえ政略結婚であったとしても」


  添田さんが嫌な笑いを浮かべる。


 ―― ″政略結婚″ 。


 前の結婚の時もそう新聞が書き立てた。


 私の父が貴族院の選挙資金を欲し、中野家が伯爵家の人脈や知名度と引き換えに援助をしたとなればその言葉は正しい。


 でも……。

 形だけ、と決めておきながら、あの方の類い稀な容姿と柔かな笑顔に惹かれているのは確かだ。

おまけに、すぐに態度に出てしまうから、女中や秘書に気が付かれても当たり前だ。

 開き直った私は、


「では、お尋ねします」


 周りに聞こえぬよう、小声で訊いた。


「何故、一郎さんは女性が苦手なのでしょう。そして、何故、結婚相手に歳上を望まれたのでしょう?」


「……驚きましたねぇ。一郎くんは女性が苦手だって奥様に話したんですか」


 添田さんが、また指で眼鏡の縁を上げる。


「はい、見合の時に」


 私が頷くと、何故か添田さんは急につまらなそうな顔をした。


「まぁ、若く初々しい令嬢を嫁に貰えば、それなりに男として応えなくては、と思ってしまうところを、年上の離婚歴ある方なら多少ぞんざいに扱っても平気だろう、と考えたんでしょう。何せ、彼は女は抱けないし」


――……やっぱり。


男性の方がお好きなのだ、と解釈したけれど、間違っていなかったようだ。

だけど。

その嗜好は生まれ持ったものだろうか?

それとも、どこかの過程で……――


「そうなってしまうような、何か心の痛手を一郎さんは抱えていらっしゃるんでしょうか?」


「……痛手、ね」


 添田さんは商談をする一郎さんを見て言った。


「彼に奥様のような壮絶な体験はないですよ。ただ、あの美貌と色香だ。一郎くん本人は何とも思ってなくても、見ている者をその気にさせる。だから疲弊したんでしょうね」


 ……なるほど。

 女性に迫られ過ぎて、苦手になったってことね。

 納得できるようで、誰かに想われたことがない私にはわからない心情だ。

 でも、苦手な女性相手に、あのような真摯な態度で商談をするのだから、一郎さんは立派だと思う。


「さっきから僕の嫌味には全く反応しないし、奥様は本当に一郎くんしか見えてないんですね」


「え」


 一郎さんから添田さんに視線を移すと、どこか憮然とした態度でこう言った。


「……つまらない女性を嫁に迎えたものだ」



 ――え!?


 一瞬、聞き間違いかと思った。

 つまらない嫁って、それあなたが言う台詞じゃないでしょ? おまけに、


「二十三歳、まだ女盛りだ。一郎くんも奥様の火遊びは黙認すると言ってたし、仰ってくれればいつでも夜のお相手ご紹介いたしますよ」


 とんでもないことを小声で言い残し、添田さんはもう一組の客の所へ行ってしまった。


「夜の相手って……」


 ……なに、あの人。

 失礼にもほどがある。

 思わぬ侮辱に、自然と私の顔は熱くなっていた。






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