第4話 私の不幸せな結婚 『美貌の御曹司』

 そんな良い話を父が断るわけもなく、中野家との縁談は勧められ、今日の帝国ホテルでの見合いに至る。

 

 ——まさか、二度目もここだなんて。


  馬車から降り、ネオ・ルネサンス様式の木骨煉瓦造3階建のホテルを見上げた。

 外に出たのも久し振りで、色んなものが眩しくて、思わず目を閉じた。

 いつもに増して着飾った両親と共に待ち合わせの談話室へと向かう。

 

「いいか、琴子、お前は一郎君と二人きりになっても、過去の結婚生活を赤裸々に話すんじゃないぞ」


 父が、睨むように私を振り返り、釘を刺した。

 

 前夫から受けていた暴力。

 心も身体も壊してしまった暗い日々。

 それは全て汚点であり、口外すれば桜小路家の名に傷がつく。

 

「わかっています」


 私は口を堅く引き結んで、中野家の面々と顔を合せた。



「お天気が良くて何よりでしたな」


  見合相手の父は、にこにこと愛想が良く、いかにも商売人といった感じだったが、結婚式でもないのに紋付き羽織袴の第一礼装で来るあたり、この縁談への熱意を感じさせた。

 

 母は早くに他界しているらしく、代わりに親戚のおばさんが来ていた。


 その二人の後ろに隠れるようにして、こちらを見ているのが、見合相手の中野一郎だ。


  仕立てのいい背広に白金の鎖を胸にさげ、あか抜けた印象だった。


「一郎、琴子さんにご挨拶なさい」


 父親に言われ、ゆっくりとした動作で私の前に現れた彼は、近くで見ると息を飲むほど美しい顔をしていた。


 吸付いてみたいほどのキメ細かな白い肌。

 それを際立たせる女性よりも艶やかな黒髪。

 神経質に切れ上った眉目びもくは、筆で描いたかのようにハッキリとし、誰をも惹き付ける力がある。


 おまけに西洋人のように鼻筋が通っており、美青年という言葉で表現するのが安易に思えるほど、類い稀な容姿だった。



――こんな美しい男性、見たことない。




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