第3話 私の不幸せな結婚 『二度目の縁談』
「死人なんて大袈裟だわ」
やっとの思いで笑って、すっかり大人の男になった梅吉を見る。
相変わらず優しい眼差しだったが、憐れみの情も溢れていて、私は思わず目をそらした。
「身体だけではない。性格も前はとても明るかったのに」
「世間知らずの子供だったから」
畳であぐらをかいていた梅吉が、持ってきた自家製の漬物を眺めて言った。
自分の畑でとれた野菜をそのまま売るだけではなく、加工して店に卸したり、と商人としても成功しているらしい。
「こんな離れの湿っぽい部屋で年中過ごしては気も病むのは仕方ない。離婚の話も二年も経てば世間は忘れている。そろそろ、ここから出てはどうか?」
梅吉の言うことはもっともだ。
華族の娘が、平民の富豪に嫁いで離縁したなどと世間を騒がしても、人は他に話題があればすぐに忘れてしまう。
人目など気にせずに出歩けばいいものを、私も、桜小路家の者も、恥をかきたくなくてひっそりと生きることが正しいと思い込んでいるのだ。
でも。
「私が次に家を出るのは、再婚する時だとお父上は仰ってたわ」
桜小路家は華族であっても、資産運用を失敗してから困窮を極め、それは骨董品や土地を売ってもしのげるものでもなく、華やかさを求める戦争財閥や成金と婚姻関係を結び、生涯援助をしてもらうしか道は残されていなかった。
「そうだろうな。華族の娘である以上、富豪に嫁ぐ運命は変えられまい。琴子の姉のように裕福な子爵の所へ嫁げれば話は別だが」
梅吉は、腕を組んだまま続ける。
「そこで、おまえに良い縁談を持ってきたんだ」
「……え?」
私はうつむき加減だった顔を上げた。
「俺の母方の遠縁にあたる、中野商店の息子が落ち着いた嫁を貰いたがっている」
「中野商店?」
「今は、中野貴金属店に改名したかな。琴子も名前くらい聞いたことあるだろう?」
知っているのは本当に名前だけだったが、私は小さく頷いた。
両替商として起業していた中野貴金属店(中野貴金属工業)が、国内で初めて廃電球から白金(プラチナ)を精練し、白金線加工に成功した会社だと言うのを新聞で読んだことがある。
それがどんなに凄いことなのか、女の私には分からないが、商店を株式会社に組織変更したのだから、さぞかし大成したのだろう。
「そんな所が、私のような出戻りを迎えてくださるわけないわ」
「向こうの家が望んでるんだよ。華族の娘で聡明な歳上の女性を、と。離婚歴など気にしない、と言っている」
「……本当に?」 「あぁ」
梅吉の言葉を聞いて、目の前が明るくなった気がした。
「琴子が前向きに考えてくれるなら、伯爵にも早速話をしてみよう」
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