第2話 私の不幸せな結婚 『一度目の結婚からの出戻り』

 それでも、美しい自然と心優しい里親家族のもとで育てられた私は、無垢な心のまま、いつか優しい男性の元へ嫁ぎ、あたたかい家庭を築いていくものだと信じていた。


 幸せを感じられるなら嫁ぎ先は、同じ華族でも平民でも、農家でも構わなかった。



 それから数年後。

 一度、桜小路家に戻された私は、一代で炭坑業で成り上がった富豪の長男と見合いをすることになった。


――まだ学生の身であるのに。




いくら妾の子供とはいえ、戸籍上は正式な桜小路家の娘、華族令のもと、父の命令は絶対であり、私は一度目の望まぬ結婚をした。


 相手は一回り以上歳上の厳つい男だった。

 見合いの時に何て無愛想な人だろうと思ったが、相手の両親が、


「一見、ぶっきらぼうだけど情熱的な所もあるのよ」

 と、擁護していたし、結婚してみれば愛情も湧くかもしれないと、淡い希望を胸に嫁いだのだ。

 でも、その期待は見事に裏切られた。


 見た目だけ大人の夫は、家業に従事することは少なく遊んでばかり。

 おまけに乱暴者で使用人に手をあげる所を何度も見た。

 気に入らない事があると、女であっても殴るのだ。


「なんだ、その目は?」


 女中に手をあげる夫に非難の目を向けると、鼻血が出るほど殴られた。

 体だけではない。言葉でもたいそう私を傷つけた。


「売られた没落華族の妾腹めかけばらが偉そうにするな!」


 自分が、父の妾の子だとハッキリ知らされたのは、里親の所から戻された後だった。

 正妻である人が、自分の母親でないと知ったショックは大きく、桜小路の家に自分の居場所はないと思い悩み、それも結婚を決意する要因となったのだ。


 それを、他人の口から、ましてや愛情などなくとも夫である男から浴びせられ、自尊心なるものが急激に嵩を減らしていった。

 どんなに困窮しようとも華族であるという誇りは持っていたからだ。

 それを、炭鉱を当てた成金の道楽息子に削ぎ落され、私の心は小さくなった。


 いつでも夫にビクビクとし、食事も喉を通らない。

 体はやせ衰え、もともとふくよかな女性を好んでいた夫は、夜も私には手を出さなくなった。



「琴子奥様は、お子ができない体らしいよ」


 そんな噂が、結婚して一年、二年過ぎた頃から使用人達の間でも流れ始める。


 舅や姑、親族からも ″役立たず ″ と烙印を押され、心を病んだ私が離婚に至ったのは、二十歳に届かない時だった。


 出戻って、二年。

 私は、実家の離れで引きこもった生活を強いられた。会うのはごくたまに両親と嫁に出た姉。外との接点は無く、家にあった本や辞書を読み耽る毎日。


 そんな私に逢いにきてくれたのが、里親家族の梅吉だった。



「あんなに血色良くて健康的だったのに、まるで死人じゃないか」








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