第2話 アミの手袋
おばあちゃんは編み物の達人だとアミは思っている。アミのおばあちゃんは、アミの隣の家に住んでいて、百円ショップで買ってきたアクリルの毛糸をかぎ針一本で編み上げ、花の形のアクリルたわしをあっという間に作ってしまう。アミはおばあちゃんが大好きだったから、もっと見せてほしくって、おばあちゃんにせがんだ。もっといろんなものがみてみたいよ、おばあちゃん。
そうしたらおばあちゃんは張り切って、百円ショップで大量に毛糸を買い込んできて、 編み棒を操って、お姉ちゃんのセーターと、アミの手袋とマフラーを三ヶ月で作ってくれた。ちょうど寒くなってきた頃に、おばあちゃんは満面の笑みを浮かべてそれをアミとお姉ちゃんに見せてくれた。だけど――
「いらない、こんなダサいセーター今時誰も着ないよ」
花の女子高校生、お姉ちゃんは冷たい言葉をひとつ放ってあとは知らないフリをした。おばあちゃんは目に見えてしょんぼりしてしまった。
アミは慌てて、お姉ちゃんの分のセーターを抱き寄せて、「あたし、これ着て学校行く!」と言い張った。サイズもぶかぶか、首回りはゆるゆるで、腕の長さだってお姉ちゃんにあわせてあるから丈が余ってしまうけれど、それでもアミは着るといいはった。なぜってアミは、おばあちゃんのことと、おばあちゃんの作る編み物が好きだったからだ。アミは着ている服の上から、お姉ちゃんサイズのセーターを着ておばあちゃんに見せた。ちょっとだけ、チュニックというか、ワンピースのようにも見えたけれど、アミはちっとも気にしなかった。
「ほら、ちょっと大きいけど、あたしでも着れるよ、ね、明日着ていってもいい」
「アミは優しい子ね」
おばあちゃんはさめざめ泣きながら、アミの頭を何度も撫でた。アミはマフラーと手袋を身につけ、そのアクリルの、ちょっとゴワゴワして、ちくちくした肌触りを「大好きだもん」と思った。
アミは小学三年生だ。もうすぐ四年生になる。お姉ちゃんは高校二年生で、来年ジュケンセーというものになるらしい。そのことで、お姉ちゃんはお父さんやお母さんとケンアクな雰囲気になることが多い。ジュケンセーというのは難しいことなのだ、とアミは思う。
アミが朝、廊下で学校へ行こうとしていると、同じく出てきたお姉ちゃんと会った。お姉ちゃんはアミの格好をみるやいなや、げ、とアミをまじまじ見詰めた。
「なに?」
「……マジでそのサイケ柄のセーター着てくつもりなの?」
「さいけがらじゃないし! おばあちゃんのセーターだし」
「やっすい緑色とやっすいオレンジ色のしましまセーターがサイケ柄じゃなかったら何だって言うの。百均でももうちょっと選びようがあったでしょ。しかもアクリルじゃん。首ちくちくするよ、アミ」
お姉ちゃんは、冷たい。もうアミのことを見もしない。ごてごてに飾り付けられたスマホのカバーに隠れて、お姉ちゃんの表情は全く見えない。
「えぐいから、アミ。やめときな、がちで」
「お、お姉ちゃんのばか!」
「はいはーい、どうせ馬鹿ですよー」
こんなふうに、姉妹間で「ばか!」って言うことも少なくない。でもアミは、おねえちゃんはばかだ、と本気で思った。心の底から思った。
アミはおばあちゃんの作ってくれた手袋とマフラーとセーターを全て身につけて出かけた。そうしたら、いつもよりみんなと目があう。目があってしまう。しかもみんな、ちょっと気まずそうに目をそらす。どうしてだろう、とアミが思っていると、後ろから白い息を吐きながら走ってきたいたずら坊主の田中が、「うわ、きっしょ!」と叫んだ。田中の取り巻きをしている二人が、さらに追いかけてきて「きしょ! きしょ!」と叫ぶので、アミは声を張り上げた。
「なんでそんなこというの!」
「だってオマエきしょい色してんもん!」
負けずに言い返してくる男子三人組。アミはあまりのことに涙をこらえていた。
「おばあちゃんが作ってくれたんだからきしょいわけない!」
アミは三人を振り払うように通学路をずかずかと歩いて行った。誰がどんな目でアミを見ようと、もうどうでもよかった。これはおばあちゃんの作ってくれたセーターなんだから。
だけど、教室に入ってもアミのセーターを褒めてくれる人は一人もいなかった。それどうしたの? と訊かれることはあったけれど、みんな、それ以上何も言わなかった。「きばつだね」と一人だけ言ったのは、サトシくんだけだった。サトシくんは補助の先生で、頭が良いので、いろんな言葉を知っている。
「きばつって?」
「ユニークってこと」
「ユニークって?」
「ちょっと変わってるってこと」
アミはやっぱり落ち込んだ。でもサトシくんは、アミのマフラーと手袋をみて、「いいじゃん」と言った。
「そっちのマフラーは色がおちついているから、すてきにみえるよ。手袋はカラフルでいっそおしゃれだね」
「そう? そうかな? えへへ、そうかな」
「おばあちゃんの手作りだっけ?」
「うん、うん」
アミは何度も頷いた。サトシくんはアミを見下ろして「アミちゃんはおばあちゃんのことが好きだね」と言った。
その日はまだ雪も降らないから、十一月にしては少しあたたかで、アミは帰り道、脱いだコートのポケットのそれぞれに手袋を詰め込み、それを小脇に抱えて下校した。真っ白な秋田犬が男の人とトコトコ歩いているのを見たあと、そらの向こう側に山があって、山に雪が被っているのを見た。「そろそろ雪が降るかもね」とお母さんが言っていたことを思い出した。でもきょうは、暖かい。アミはコートをぎゅっと抱きしめて、ぶかぶかのセーターの袖をまくりあげた。
おばあちゃんの手袋の、左手をなくしてしまったことに気づいたのは、家に帰って、おやつを食べて、宿題をやって、夕ご飯を食べた後だったから、アミはびっくりして、部屋のあちこちをひっくり返して探した。
「ない、ない、どこに……」
「さっきからバタバタしてどうしたの、ぜんぜん集中できないんだけど」
隣の部屋のジュケンセーが顔を出す。アミは半泣きで目をこすった。お姉ちゃんは迷惑そうな顔をしてアミを見下ろしていたけれど、それどころじゃない!
「おばあちゃんの手袋が片方なくなっちゃった!」
「……最後に見たのはいつ?」
「覚えてないよう……うえ、うえええ」
アミは泣き出した。
「おばあちゃんの手袋なのに、サトシくんに褒めてもらったのに」
「思い出せ。いつ最後に外したか」
お姉ちゃんはいつになく真剣な顔つきでアミのそばにしゃがみ込んだ。足を開いたヤンキー座り。
「え、えっと、……通学路で、あつくて外して、コートのポケットにつめて……」
「外に落としたかな」
お姉ちゃんが言った。アミはにわかに、心配になった。何度もコートのポケットをまさぐって、
「落としてたらどうしよう……」
「あんな手作り感満載の手袋、落ちてたら拾って交番でしょ」
お姉ちゃんはすっくと立ち上がった。そしてアミが脱いだおばあちゃんのセーターを寝間着の上から着ると、ストレッチをするように腕を伸ばした。
「ど、どうしたのお姉ちゃん」
「決まってんじゃん、通学路見に行くんだよ」
「えっ? いまから?」
おねえちゃんはにやっと笑った。
「部活辞めてから、走り足りないと思ってたとこだったんだ、へへ」
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