第30話 レゾイア様の悪事

どう見ても爆弾にしか見えないそれに、思わず目を閉じた。数秒後、画面に広がるであろう惨状から目を背けるように。

セイフォンを伏せた私に、髪をセット中のドクター・シシスが声をかける。


「見ましたか?」


どうしてそんなに落ち着いていられるのか。人が、ルース王子が亡くなったというのに。親衛隊って、今までどんな修羅場を潜り抜けてきたの? 『死』に慣れているとしたら、よほどのこと……。

黙りこくる私に、彼女はフフッと笑いながら続ける。


「レゾイア様ったら、本当に……。フフッ、ルース王子は可哀想ですけど」


笑ってしまいました、と。そう聞いて、背筋が冷たくなる。彼女に身を預けている状況、実はものすごく危険なんじゃ。だって相手は、


「人の『死』を笑える人間!」


私がバッと離れたのを、ドクター・シシスが目を丸くして見つめる。


「待ってください!」

「誤解です、って? そんなわけ」

「まだ途中ですよ、髪。後ろが巻けてないんです!」

「そこ!?」


この期に及んで、そこ!?


「その髪で行かせたら、私が怒られてしまいます」

「髪なんて今はどうでもいいでしょう!」

「のえみさん、ダメです! 誰かっ」


ドクター・シシスの呼びかけに、すっ飛んでくるのはやっぱりこの方!


「何の騒ぎだ!」


額にしっとり汗をかいたイザクさんが、私とハニーに交互に視線を送る。

しごでき上司だと思ってました。常識もあっていい人だって。だけど、この親衛隊を束ねる長だ。冷徹な思考の持ち主かもしれない……。


「イザクさん、お尋ねしたいことがあります」

「なんだ。言ってみろ」

「人の『死』は面白いですか? 笑えますか?」

「は?」


きょとんとした顔で、イザクさんは目をぱちくりさせる。


「何を言っているんだ、のえみ。この状況は一体」

「私も分からないんです。急に立ち上がって」

「分からない? なら言わせていただきます」


大きく息を吸って、言い放つ。


「ルース王子が亡くなったことを笑えるような人たちと、一緒にいることはできません!」

「……え?」

「……は?」


別れの挨拶もそこそこに、2人に背を向ける。ここにはいられない。行く場所もあてもないけれど、ここはダメだ。


「待て待て待て待て待て!」

「のえみさん!」


前方に2人が立ちはだかる。


「誰が亡くなったって?」

「ルース王子ですよ。レゾイア様に手榴弾を投げられて」

「えっと、手榴弾ですか?」

「黒くて丸い、ドッカン爆発するやつです!」


私はセイフォンを持ってきて、例の動画を指差す。


「ほら!」


再生。あの場面に差し掛かかり、私はまた目を閉じる。


「おい、バカのえみ」

「突然の暴言!」

「吐きたくもなるわ。お前、ちゃーんと見てないだろ」


イザクさんがため息をつき、私のセイフォンを取り上げる。画面をこちらに向けて、ルース王子の最期の瞬間を流す。

レゾイア様が手榴弾を投げる。反射的に閉じそうになった目を、指で押さえて開ける。

画面が真っ暗になり、次に映し出されたのはルース王子の死体……ではなく。


「いやいや死体! 真っ黒こげに!」

「落ち着け! これは墨爆弾だ、墨で黒くなっているだけだ!」

「嘘!」

「本当!」


動いているだろ、と言われ、ルース王子に注目する。突然のことに立ち尽くしていた彼は、数秒後に座り込んだ。顔を覆って、身を縮こませる。肩を震わせて泣いているように見える。


「死体は泣かないぞ、のえみ」


その言葉に、今度は私が座り込む番だった。



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