第20話 貴族の世界

ズボンおろし。スカートめくり。れっきとしたイジメ、もはや犯罪である。想像を絶する悪行に、擁護の言葉も出てこない。


「それはもちろん、罰を受けたんですよね?」

「いいや、受けていない。揉み消したんだ」


両家の力で。両家、というところに闇を感じる。ゴリッゴリの被害者であるルース王子のパパママも、揉み消すことに賛成した……。


「意外に多いんですよ、そういうことは」

「えっ」


驚く私に、ドクター・シシスが丁寧に説明してくれる。


「ルース王子って、みんなに愛されているように見えるでしょう?」


原作では、確かにそう見えた。こっちのルース王子はアレだけど、でも、困った私を助けようとしてくれた。一緒に忘れ物を取りに行こうって。優しいところは変わらない。きっと相手が誰であろうと、ああやって手を差し伸べられる人なんだ。


「貴族の社会は複雑です。

あんなステキな人でも、ワケの分からない理由で憎まれたり恨まれたり。悪い人たちが、私利私欲を満たすためだけに蹴落とそうと狙っていたりするんです」


お金持ちで、カッコよくて、賢くて。恵まれているなあ、いいなあって思うけど……。もちろん、いいことばかりじゃなくて。

何の悩みもなさそう、なんて。同じ人間なんだから、そんなことないのにね。

ルース王子にはルース王子、私には私の、どっちが不幸でどっちが深刻かなんて、決められない。生きている人間の、フツウの悩みがあるだけ。


「だから、これはルース王子のご両親の優しさでもあるんです」


失礼で、最低な想像をしていた。

小説や漫画、ゲームでよくある、家を守ることを第一に考える親。子どものことは二の次で……。


「ごめんなさい、私」

「あらあら」


うつむく私の横に、ドクター・シシスがやってくる。そばに膝をついて、私の顔をのぞきこむ。


「優しい子ですね、のえみさん。よーしよし、いい子ですよ」


頭をなでられる。


「身分や立場に囚われず、相手のことを考えられる。思いやれる。簡単なようで、とっても難しいんです」

「はい」

「それが自然にできるのえみさんなら、この先、たくさんの人を守れると思います」


心に真っ直ぐ届く、温かくて優しい言葉たち。こうして伝えられる人は、この世にどれくらいいるだろう。ドクター・シシスも優しい。とってもとっても素敵な人。

そう言いたかったけれど、言えなかった。


「あらあらあら、どうしましょう」

「あー、ドクター・シシスが泣かせた」

「泣かせてしまいましたわね」


シェズ&シェナが揶揄うと、彼女は焦ったように私の周りをおろおろ歩き回る。


「どうしましょ、私。イザク、ど、どど」

「落ち着け、大丈夫だから」


ああどうしよう。泣き止もうと思えば思うほど、なぜだか涙があふれてしまう。

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