第16話 帰還

逃走。

呼び止めるルース王子の声を無視して、一目散に玄関へ。皆さん、コレが火事場の馬鹿力ですよ。学園内のマップを把握できていないのに、ちゃんと玄関まで移動できた。しかも、この暗闇の中で!


走って、走って、走って。門まで戻ってきた頃には、もう一歩も動けないくらい疲れ切っていた。その場に座り込むと、耳元でザザッザザッと音がした。ああ、イヤフォン。そんなものもつけてたっけ……。今更、思い出す。


「あ、あ、テステス。のえみさん! のえみさん聞こえますか!」


焦ったような、鬼気迫った様子のバレントくん。今の今まで通信が途絶えてたんだもんね。気持ちは分かる。荒い息を整えてから、


「バレントくん、聞こえてます。こちらは無事です」


ゆっくりはっきり答えると、イヤフォン越しでも分かるくらい喜んでくれる。見える見える、あの太陽みたいな笑顔が。


「良かったあ、本当に。イザクさん、のえみさん無事です」

「お、おわ、そうかそうか、そうか、そうか……」


聞いたことない叫びの後に、「そうか」を何度も繰り返す。その声音から、どれだけ私の身を案じてくれていたのか分かる。


「それで、どこにいるんだ? 何があったんだ?」

「ご自身で聞いてくださいよ。ほら、コレお貸ししますから」


ガサガサ、ザザザッと音がした後に、イザクさんの声が近くなる。


「のえみ、聞こえるか。俺だ俺、俺だよ」


オレオレ詐欺みたい。


「……のえみ? のえみ!」

「あ、聞こえてます! えっと、門まで戻ってきました」

「そうか。迎えをよこすから動くなよ。……悪いがバレント」

「お任せください。のえみさん、少々お待ちくださいね!」


お待ちくださいね、の「ち」あたりから声が遠くなる。イザクさんの「転ぶなよ」の言葉も聞こえていたかどうか。


「もう2、3分で着くだろう。一旦、通信を切るぞ」

「はい。ありがとうございました」

「礼はいらない。むしろ謝らせてほしいくらいだ」


心細かっただろう、と優しく問われ、鼻の奥がツンと痛くなる。心細かった。本当に。そういう言葉は相手を責めるみたいで言えなかったけど、でも。


「……心細かったです」


どうしてか、言えた。


「そうだよな。すまなかった」


イザクさんは言うと、その後もたわいない話を続けてくれた。バレントくんのバカデカボイスが聞こえてくるまで。


「のえみさーーーーーん! のえみさーーーーーーーん!」

「来たな。今度こそ切るぞ。家に戻るまで気を抜くな、いいな?」

「分かりました。また後ほど」


通信が切れると同時に、バレントくんが私に飛びつく。もう何十年ぶりってくらい久しぶりに、人に抱きしめられた気がする。


「迎えに来てくれて、ありがとう」

「いーえ、どういたしまして」


私の鼻先にぐりぐりと頭を押しつける。ふさふさの髪の毛がくすぐったい。陽だまりの匂いがする。安心したら、眠くなってきた。


「帰りましょ。ドクター・シシスが美味しいご飯を用意して待ってますから」

「うん、行こ」


バレントくんと手を繋いで、私はようやく帰路についた。

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