第12話 可愛い名前
放課後、というより訳あって夜。その訳というのが、
「いやあ、意外にレゾイア様がおとなしかったな」
「問題ナシでしたねえ、カチョルイ殿も満足そうでしたよ」
そう、レゾイア様がいい子にしてたから。要するに、好感度を下げるようなことを一切しなかった。ヒロインとの接触もなし。因縁の相手、カーシンや王子たちともなし。入学式に出て、パパッとご帰宅。私の出番なし。
「ところでこちらの方」
「はい、バレントと言います!」
「ここの衛兵兼偵察係だな。これから関わることも多いだろうから、仲良くな」
バレントくんはニッコニコで、私の手をとる。上下にぶんぶん振りながら、「ひええ、そっくりっすねえ」とか「めちゃくちゃキレイっすねえ」とか「可愛いなあ、可愛いなあ」とかもう、とにっかく褒めちぎる。こやつ、ハート泥棒ですよ。多分、無意識に人を落としてまわっていると思う。天然の人たらしかもしれない。
「そうだ。お姉さんのこと、何とお呼びしたらいいでしょうか」
レゾイア様、では紛らわしいですよねえ。彼は私を見て、こてんと首をかしげる。なあんだい、そのあざとさ! 私をトリコにしてどうするの! 緩む頬を押さえながら、イザクさんにSOSを送る。助けてよう、このままじゃ私、この子に貢いじゃうよう。
「S01番でいいだろ、カッコいいし」
「ええええええ、ダメですよ。もっと可愛くなきゃ、ね? こんなに美しいお姉さんなんですから」
はああもう、誰がこの子を育てたの? 彼のお母さまに、ぜひともお礼を言わせていただきたい。
「そうか。確かにそれもそうだな。ドクター・シシスも言っていたし」
おいおい、こんなところでもラブラブアピすな。
「じゃあ、決めていいぞ。S01番、お前は何て呼ばれたい?」
このとき、私の脳内にはゲームの画面が浮かんでいた。メッセージウィンドウに出る、『名前を入力してください』の文字。
「のえみで」
「ん?」
「の・え・みで!」
「ノエミ……」
ノエミールとも悩んだけど、ここは本名で。この日のことを、後に振り返って思う。私はまだ、私でいたかったんだと。大好きな乙女ゲームの世界に、ひょんなことから入り込んで。嬉しさもあった。興奮もした。非日常にワクワクもした。だけどまだ、完璧に染まっちゃうのは怖かった。だからイザクさんに変な名前だと言われても、譲らなかった。
「可愛いですねえ、のえみさん。とってもいいお名前だと思いますよ」
「まあ、そうだな。意外にいいかもしれん、のえみ」
変な名前と言ってしまったことを反省しているのか、急に手のひらをかえすイザクさん。優しい上司。気にしないで、と伝えるために私は微笑んでみせた。
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