第10話 入学準備③

制服の合わせが終わり、教科書の確認やら四角い端末(スマホみたいなやつ)の設定やらが終わり、私とドクター・シシスは医務室まで戻ってきた。中にはイザクさんが1人。入ってきた私たちに気づくと、心ここにあらずといった感じで「お帰り」と一言。こちらも「ただいま」をお返しする。


「準備は万端か?」

「はい。流石のカチョルイ様でした。制服もピッタリですし、連絡用端末のカバーもこの通り」


カバー? そういえば見てなかった。ドクター・シシスの手元をのぞき込むと、紫の薔薇が一面に描かれたド派手なカバーが目に入る。もう少しシンプルなものが良かったな。用意してくれたのはありがたいんだけど……。うん、黙っておこう。


「……派手だな」

「ですよね! 派手っすよね!」

「お、おう。急になんだ」


黙っておくんじゃなかったの、私?


「気に入らないなら買い替える? 私、町で見てきてあげるわ」

「あ、いえいえ! お手間かけさせるほどではありません」


連絡用端末(後で聞いたらセイフォンと言うらしい。セイはこれを作った会社の名前だそう)を受け取り、黒装束のポケットにしまう。ポケット、さっき見つけたの。コレのほこりをはらってるときにね。


「後は特にないですかね。私たちがすることは」

「そうだな。ドクター・シシス、ありがとう。持ち場に戻っていいぞ」


2人は熱い抱擁をかわす。もう隠す気ないじゃんね。永遠にも感じる時間が経ち、身体が離れるとイザクさんは何もなかったような顔で本題に入る。内心ウハウハなんだろうな。ミニイザクさんがいっぱいいて、アハハハハウフフフフって飛び回ってる様子が浮かぶ。


「さてと」


ドクター・シシスの姿を見送って、イザクさんは私に向き直る。


「S01番、お前にこれからあれこれ叩き込むぞ。今夜は眠れないと思え」

「ゲッ」

「ゲッじゃない。そんな汚い言葉、レゾイア様は言わない」


強火オタだ。


「記憶がないからといって手加減はしないぞ。さっさとセイフォンを出せ」


セイフォン……。あ、アレのことか。ポケットから取り出すと、イザクさんにぶんどられた。やだもう手荒なんだから。


「よし、俺手製の資料を送った。見ろ、1ページ目からだ」


真っ白い画面をスワイプすると、目次が出てきた。


「『第一章 おバカでも分かる! リコゼット学園の全て』……?」

「そうだ。音読しろ、俺がいいと言うまでだ」


スパルタ教官、イザクさんに睨まれながら、一言一句間違えないように読み上げる。


「リコゼット学園。ウエッジフィル王国が誇る、エリート中のエリートが通う学園。厳しい試験を潜り抜けた者だけが入学を許される。今年度入試、トップ通過者はアリアネル・ディーラ」


ヒロインのことね。


「2位は我らがレゾイア・アーシェナル様。その点差、わずか2点。わずか、とは言っても負けは負け。我らがレゾイア様はそうおっしゃって、自室にこもって勉学に励む。努力家である」


そこから後は、レゾイア様の素晴らしさについて、長々と記されている。リコゼット学園について触れたのは冒頭のみ。これじゃおバカでも天才でも分からない。最後まで読んでも何が何だか。まとめると、賢い子たちが通う学園だってこと。入試トップだった子(今回はアリアネル)が新入生代表挨拶をしなければならないこと。その2つの情報だけが理解できた。


「いいんだよ、通っているうちに分かるんだから」


ならどうして、こんな資料なんか作ったの……。


「どうせお前の活動時間は放課後からだ。昼間のことなんか気にしなくていい」

「えっ」

「何を驚いてるんだ。そりゃそうだろ、レゾイア様は1人だけなんだから」


本人と鉢合わせたり、あるいはその現場に誰かが居合わせたら大問題。イザクさんの言いたいことは分かるけど、ちょっと残念。お昼のイベントは何も楽しめないってことだもん。ドキドキ席替えとか、友だちとランチとか、好きピとランデブー(古い?)とか。仕方ないんだけどさ!


「とにかく、お前は自分の仕事をしろ。みんなに優しく、いい行いだけをするんだ。無事にレゾイア様の好感度を上げられたあかつきには、褒美が待ってるぞ。逆に失敗しようものなら、本物のレゾイア様もろとも死ぬ運命が待っているかもしれん」


死。突然の物騒ワードに目が点になる。


「処刑だよ処刑。良くても追放とかな。そうなりゃ地下の連中も何らかのバツを受けるだろうな」


出会ったばかりのみんなの顔が浮かぶ。イザクさんもドクター・シシスも、それにシェズ&シェナも。私のせいで痛い目にあうかもしれないなんて。考えたくもなくて、頭を振る。怖い想像を振り払うように。


「安心しろ。何もかもお前に背負わせるつもりはない。俺たちみんなで生き残るんだよ」


サポートは任せろ、とイザクさんが笑う。それだけで肩の荷が軽くなる。代わりに背中に突き刺さる視線。ドクター・シシスだねコレは。嫉妬の女神に殺されてはたまったもんじゃない。私はくるりと振り返って、彼女に必死にアピールする。くらえ、『彼は上司。いい人だけど、私のタイプじゃないよビーム』。コレはコレでイザクさんに失礼な気もするけど。ドクター・シシスに伝わったところで(よく伝わったなあ)、再度イザクさんと向き合う。


「明日はいよいよ入学式だ。何も起こらないだろうが、覚悟だけは決めてきてくれ。それじゃ解散」

「はい!」


新しい生活への期待と不安。どちらも同じだけあるけど、自分に与えられた役目を全うしよう。

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