第9話 入学準備②

薄暗い廊下を進む。あの崩れた階段をすぎて、更に奥へ。


「こっちにはみんなのお部屋があるのよ。あなたのも、シェズシェナのも、私のも」

「イザクさんのも?」

「もちろん。……何よもう、ニヤニヤしちゃって」


ドクター・シシス、恋する乙女そのもの。からかいがいがあるなあ。私がこの『Sweet Happy Destiny』のファンディスクを作るなら、裏の主人公には彼女を選びたい。でもそうすると、恋愛対象はイザクさんだけになっちゃうな。また『チョロすぎ』って言われちゃうか。


「到着! ここがあなたのお部屋よ」


突き当りにあったその部屋には、可愛さの欠片もない金属プレートがかけられている。『No.S01』、まぎれもなく私のことだ。こんな感じじゃ、中も期待できないな。がっくり。


「さ、入りましょ」


私の心中なんてお構いなしに、ドクター・シシスが扉を開ける。ギギギギとイヤな音を立てて、さあ本邦初公開。仮にもレゾイア様の身代わりの、ステキなステキなお部屋がこちら!


「…………」


扉、閉めていただいてもよろしいかしら。そっ閉じ。


「失礼しました」

「あ、ちょっと!」


ドクター・シシスだけを部屋に残し、私は廊下に戻る。部屋の中を見た後だと、廊下の方がまだマシだということに気がつく。あそこにかけられたランタン、よく見ると可愛い形してる。あ、あの壁の傷もいい味してる。かたや私の部屋なんて。こんなことでゲンナリするのもアレだけど、でもそれくらい酷いの。可愛さのかの字もないし、一言で表すなら『牢獄』。まさにそう。


「はああああ、帰りたい」


大きなため息をついてから、仕方なしに部屋の中へ戻る。ドクター・シシスは憐れむような目をして、そっと私を抱きしめた。


「大丈夫よ、そのうち家具が届くから。ちょっぴり殺風景だもんね」


ちょっぴり? いやいや、ちょっぴりどころじゃない。無造作に積まれた段ボールの他に、心躍るものが何1つない。ベッドも机もソファーも、ぬいぐるみやら置物やらも。部屋の隅っこに、地味な色のブランケットがぽつんと置かれているだけ。若いおなごが生活しているとはとても思えない部屋だ。


「天蓋付きベッド……、アンティークランプ……、もふもふのきゃわいいぬいぐるみ……、フリルたっぷりの遮光カーテン……、ホワイトのドレッサー、色とりどりの宝石がはめこまれた全身用の鏡……」

「わ、分かった。準備する、準備するから。ね!」


よしよし頭をなでられて、少しだけ元気回復。切にお願いします、ドクター・シシス。せめて天蓋付きベッドだけでも。欲を言えば可愛いルームウェアとセットで。彼女がしっかりメモをとるのを見届けてから、私は積まれた段ボールの山に近寄る。1番上にあるのが制服やカバンの入ったものらしい。黒のマジックでそう書かれている。


「早速、着てみましょうか」


テープをべりべり剥がすと、透明の袋に包まれた制服が姿を現す。可愛い。ヒロインのアリアネルとは対照的に、カラスのように真っ黒なワンピース。裾についた控えめなフリルがお上品。ブラウスの袖と靴下には薔薇の紋章。レゾイア様とその親族、関係者しか身に着けることのできない代物。最推しの概念コーデはしたことがあっても、丸っと同じ格好になるのは初めてだ。ワクワクドキドキが止まらない。震える手でゆっくりと着替えていく。


「ど、どうでしょう」

「とってもお似合いよ! 大きさも丁度いいみたいね」


胸の前で手を組んで、ドクター・シシスが小躍りする。可愛いなあ、おい。


「ほーら、カバンも持ってみて。きゃあ、可愛いっ!」


……めちゃくちゃ気持ちいい。

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