第7話 執事長
「どうぞ」
緊張の色が滲む声だ。イザクさんは微動だにせず、扉の方をじっと見ている。私はロッカーに開いた小さな穴から、外の様子をうかがう。
「失礼いたします」
現れたのは、それはもう気品あふるる初老の男性。執事長カチョルイだ。ゲーム内でもよく出てきて、ファンからは『チュートリアルじいや』の愛称で親しまれている。ファンアートも多かったよね、あの頬染めたのとかモノクル眼鏡外したのとか。生誕祭では『おめでとじいや』、『人生について色々教えて』がトレンド入りしたくらいの人気があった。名前が変わってるって? これは『Sweet Happy Destiny』のシナリオを担当した華頂ルイーゼさんが由来。華頂ルイーゼ、略してカチョルイ。ほわあ、ゲームで見た以上の色気。手袋、くいくい直すのが癖なんだよね。知ってます知ってます。
「執事長、珍しいですね。こんな地下まで」
「アナタに少し聞きたいことがありましてね。イザク様、例の件はどうなっていますか」
「例の件というと、レゾイア様の」
「ええ、もちろん。身代わりの準備はできているんでしょうか」
カチョルイさん、物腰丁寧で穏やかな口調なのに怖い。迫力があるっていうか、そりゃまあ学園に通う全執事たちの教育を担当しているくらいだもんね。中にはカーシンみたいな厄介者もいるし。あのスチル、いいよね。こう首根っこつかまれたカーシンがさ、足バタバタさせてるの。ちょっとずり落ちた手袋が良い。良かった。脳内オタク仲間と会話しながらも、視線はイザクさんとカチョルイさんに。聞き耳もしっかりたててあるのでご安心を。
「……準備は」
言い淀むイザクさん。もちろん、カチョルイさんは見逃さない。
「何か問題でも?」
鋭い指摘。そして多分、問題があることに気づいている。気づいていてなお、その態度。つまり、イザクさんの答えは1つに絞られる。
「……まさか、問題ありません。全て順調に進んでいます」
「それはそれは何より。事は一刻を争いますから。……こちらから言うまでもないとは思いますが」
一刻を争う。カチョルイさんの性格からして、大袈裟に何かを言うことはない。余程のことが起きている? あのほんわか乙女ゲームの世界で? チョロくてぬるいと、ゲーム雑誌で酷評されたこともあるくらいなのに。やっぱりまるっきり全部同じ世界ではなさそう。不安の影がまた忍び寄る。
「では明日から。計画通りに」
「はい」
「必要なものはこちらで手配してあります。制服や教科書などは身代わりの部屋に運んでおきましたので、後ほどご確認を」
「ありがとうございます」
カチョルイさんはお礼の言葉を聞くと、優雅に頭を下げて帰っていった。恐ろしかったのは、彼が扉に手をかけたとき。なかなか開けないなあと思っていると、
こう言ったのだ。
「隠れているお嬢様にも、よろしくお伝えください」
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