第5話 身代わりのお仕事

身代わり令嬢。あまりいい気がしない言葉だ。勝手なイメージだけど、暗殺されたり政略結婚させられたり……。推しの役に立てるとはいえ、ちょっと怯む。


「何を不安そうな、そうか記憶がないからか」


イザクさんは私をソファーに座らせると、一杯の水を持ってきた。こういうときの水って、本当にすごい。一口飲んだだけで、心にほんの少しだけど余裕ができる。コップを置いて前を向くと、イザクさんが色々と話して聞かせてくれた。


「まず、お前のことだけどな。元々、孤児院にいたんだよ」

「孤児院に……」

「そうだ。で、俺らレゾイア親衛隊が引き取った。理由は話した通り」


レゾイア様に似ていたから。背格好も顔もコピーしたみたいに瓜二つ。


「お前の他にも候補はいたが」


そう言うと、イザクさんが私の背後を指差す。お仲間の2人がフードをとり、その顔があらわになる。言っちゃなんだけど……。


「惜しい、だろ?」


失礼を承知で言わせてもらうと、本当にそう。惜しい。パッと見、似てはいる。似てはいるんだけど、やっぱり違う。鼻の位置がちょっとズレていたり、右目の下の涙ボクロがなかったり。そっくりだけど、レゾイア様ご本人の横に並んだら一目瞭然だ。


「というわけで、お前に白羽の矢が立ったというわけだ。突然記憶がなくなったのは予想外だが、だからといって今から別の身代わりを探す時間もない」

「資金も、ね」


ドクター・シシスが付け加える。時間よりもそっちの理由の方が大きそうだ。


「記憶を戻すための手伝いはする。協力は惜しまない。俺たち親衛隊は、家族みたいなもんだからな」


イザクさんは片頬だけを上げて、フッと笑う。悪役の笑みって感じだ。ニヒル……。レゾイア様も、よくこんな表情のスチルを用意されてたっけ。主人に似るんだなあ。ぼんやりそんなことを考えながら、私は無意識に身体を動かしていた。向かった先は鏡の前。改めて自分の顔を見る。推しの顔だ。推しの顔がくっついている……! じわじわと喜び? 嬉しさ? が込み上げてきて、涙がちょちょぎれそう。今抱いている感情を的確に表す言葉、オタク大国の日本でも見つからない。誰か考えてください。


「幸せそうだな、S01番。そんなにレゾイア様の役に立てるのが嬉しいか」


イザクさんに聞かれ、無言でコクコクうなずく。とっても光栄ですとも、ええ!


「良かった。記憶はなくとも、やはりお前は逸材だ」


でへへ、褒められちゃった。イザクさんっていい上司感がすごい。飴と鞭、使いこなしてそう。知らないけど。なんだかやる気が出てきて、えいえいおーと拳を振り上げる。この世界に来たときはどうしようかと思ったけど、上手くやっていけそうだ。アットホームな職場、いいね最高! あとは仕事内容かなあ、残業とか休日とか給料とかもどうなってるか聞いておかないと。


「それで、私は何をしたらいいんでしょうか」

「何をって簡単だよ。大したことじゃない」

「具体的には?」

「暗殺者の始末だな」

「え」


あ、終わった。チーン。


「嘘だよ」


そういう冗談いらないです。面白くないです。


「暗殺者の始末は後ろの2人の仕事、シェズとシェナ」

「惜しい組ですね」

「失礼だな、おい」


イザクさん、めちゃくちゃツッコんでくれる。好き。


「治療や悩み相談を受けるのはドクター・シシスの仕事」

「よろしくね」

「親衛隊の仲間は他にもいるが、おいおい説明する。それじゃ、お前の仕事について話そう」


イザクさんが右手をスッと上げると、私の背後からドラムロール(口でドゥルルル言う簡易なの)が聞こえてきた。えっと、シェズ&シェナはどういうキャラなのかな? 今まで出会った人たちの中で、1番つかめない。2人ばかり気になって、イザクさんがまるで空気のようになったところで、彼が机を2、3度叩く。


「もういいもういい。早く、『デンッ』くれ」

「デンッ」

「デンッ」

「そろえろ、そろえろ。いやいい、いいや」


イザクさんは呆れ顔で、片手をひらひら動かす。シェズ&シェナが静かになると、イザクさんの独壇場だ。


「じゃあ改めて。S01番、お前の仕事を発表しよう」


ごくり。唾を飲み込む音が、やけにはっきり聞こえた。


「身代わりとしての仕事、それは……『ギャップ萌えを狙うこと』だ!」

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