第4話 推しの身代わり

私を蚊帳の外に、2人の話し合いは続く。イザクと呼ばれた男性は眉間のしわをもみながら、反対の手でドクター・シシスの右手をにぎにぎしている。微笑ましいを通り越して腹が立ってきた。ラブラブなのはよろしいこって。ただ、優先順位を間違えないでいただきたい。何としてでも邪魔したい。いじわるな気持ちがむくむくとわきあがってきて、こらえるのに必死だった。両隣のお仲間も同じ思いをしているとみて、勝手に親近感を覚えてごまかす。どれくらいの時が経ったか。ようやく2人の会話に決着がついたみたいだ。イザクさんは私の前に来ると、じっと目を見つめて尋ねた。


「S01番、どこまで覚えている? ここがどこかは分かるか」


首を振る。『Sweet Happy Destiny』の世界、で通るハズもないし。


「ここはレゾイア様のお屋敷、その地下だ。俺たち親衛隊の拠点だな」

「親衛隊……」

「そうだ。そしてお前は、」


イザクさんが次の言葉を発しようとしたとき、にわかに外が騒がしくなった。ドカドカと誰かの足音がする。


「カーシンか」

「うっそ、カーシン!」


光の速さで口を押さえる。やってしまったやってしまったやってしまった。でもでもでもでも仕方ないよ。レゾイア様の次に好きなキャラなんだもん。それはもう興奮するに決まっている。例えるならそう……、ごめんパッと思いつかない! とにかく身だしなみを整えなくちゃ。イザクさんたちが気をとられている隙に、私は洗面台の前まで移動する。いよいよ、この世界の私とご対面だ。一体どんな……。


「え」


言葉を失った。鏡の向こうに映る私はまぎれもなく、悪役令嬢レゾイア様その人だった。驚きのあまり、へなへなとその場に座り込む。どういうこと? 助けを求めるようにイザクさんを見るも、彼は外のことで頭がいっぱいのようだ。こちらには目もくれない。代わりに気づいてくれたのは、お仲間の2人。呆然とする私にこくんとうなずいてみせる。意図は分からないけど、なぜか安心できた。もう一度立ち上がって、鏡をのぞき込む。腰まで伸びた艶やかな黒髪。毛先にかかったウェーブがステキ。何度も見た推しのご尊顔、美しい紫色の瞳が不安げに揺れている。どこからどう見てもレゾイア様だ。目元のほくろの位置も、ぽってりとした唇も。エルフみたいにとんがった耳もだ。違うところを探す方が難しい。ナルシストさながらに鏡の中の自分に夢中になっていると、いつの間にかイザクさんが後ろに立っていた。何も言わずに、私にフードをかぶせる。視界が遮られるほど目深に。と、そのとき。ガラガラと音を立ててドアが開いた。


「あんのムカつく女はどこだ! さっさと出しやがれ!」


開口一番、そう叫ぶと鼻息荒く中に入ってきた。一目推しが見たくて、ほんの少しだけフードをずらす。が、隣にいたイザクさんにバレて直される。顔を見ることは叶わないようだ。せめて声だけでも心に刻んでおこうと、全神経を耳に集中させる。


「カーシン、随分なご挨拶じゃないか」

「フン、いいから質問に答えろ。あの女はどこだ?」

「あの女?」

「とぼけるな、レゾイアサマだよ。アンタらの主だ」


カーシンのセリフに、なんだか懐かしい気持ちになった。こういうイベント、山ほどあったなあ。レゾイア様がカーシンにいたずらを仕掛ける回。反応が面白いからって理由だけで、いつもやられてたっけ。自室に魔物を放たれたり、お気に入りのシャツを奇抜な色で染められたり。食後のデザートを勝手に平らげる回なんて、腹筋崩壊するほどに笑わせていただいた。カーシンいいよ、いいキャラしてるよアナタ。微笑ましい、というのもおかしいけれど、そんな気持ちでやりとりを聞いていると、スッと自然にイザクさんが私の前に立った。だけど、カーシンは目ざとい。


「……どけよ」

「それは無理だ。今のお前は興奮状態で、何をするか分からないからな」

「何もしないって。ただ、そいつのフードの下が気になるだけだ」

「できない相談だな。とにかく帰れ。レゾイア様はここにはいない」


押し問答が続く。どけ、どかない。見せろ、見せない。言葉だけの争いはついに、押したり引っ張ったりに変わる。どんどんヒートアップしていく。流石に止めた方がいいんじゃ……。ちらりとドクター・シシスを見ると、彼女はおろおろするばかり。どうしよう。


「あ、あの」

「S01番、動くな」

「でも」

「大丈夫だ。コイツの扱いは慣れてる」


全然大丈夫じゃなさそうだし、慣れている人の対応じゃない。河原で殴り合う親友くらい、手加減なし。大人ぶっているけど、やっていることは子どもカーシンと何ら変わらない。とても見ていられず、私は2人の間に割り込んだ。両手をバッと広げた拍子にフードが脱げる。カーシンの目に怒りの炎が見えた。


「やっぱいるじゃねえか、レゾイアサマ! 部下になりすまして逃げようなんて、本当に卑怯だな!」

「カーシンやめろ」

「今日という今日は言わせてもらうぞ。毎度オレにちょっかいかけやがって」

「今回は何されたの?」


静観していたドクター・シシスが遠慮がちに問う。と、カーシンは口を開いたり閉じたりパクパク動かす。


「言えないのか」

「……別に、大したことじゃねえし。話しても面白くねえだろうし」


歯切れが悪い。


「パンツを派手な柄物に変えられたか」

「はっ? ちげえよ、そんなんじゃねえよ。いつも一緒に寝てるぬいぐるみ、ギイくんの腹に顔描かれたとか、そんな」

「そうなのね、可哀想に。私がきれいきれいしてあげよっか?」

「え、いいのか! できるのか!」


ドクター・シシスの肩をがくがく揺さぶりながら、カーシンは無邪気に喜んでいる。可愛い。私の熱い視線に気づいたのか、彼は慌ててドクター・シシスから、というより私たち全員から離れた。ごほん、と大袈裟に咳払いすると、私に鋭い視線を向けた。


「とにかく、もう二度とするなよ。絶対だぞ、レゾイアサマ!」


カーシンが去ると、イザクは深いため息をついた。


「話の途中だったが、まあ、アイツの言葉から察しはついただろう」


私の目をまっすぐ見つめ、彼は告げた。私の、この世界での立ち位置を。


「……お前は、我らがレゾイア様の身代わり令嬢なんだ。そのそっくりな容姿を買われてな」

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